医学界新聞

レジデントのための「医療の質」向上委員会

「有効な医療」とは何だろう?

連載 小西竜太

2015.03.09 週刊医学界新聞(レジデント号):第3116号より

 第3回と第4回は,「有効性」についてお話ししたいと思います。

 皆さんが普段,行っている診断方法や治療は全て有効なものでしょうか?「有効でない医療をわざわざ行うわけがない」と思うかもしれません。しかし,臨床現場には「効果が少ない」「効果がない」,それどころか「有害である」医療行為が日常的に紛れ込んでいます。また,どんなに皆さんが最新の論文のエビデンスを知っていようと,ガイドラインを読み込んでいようと,有効な医療のみを明確に選別し,実践することは簡単ではありません。

 例えば臨床研修中,救急外来でこんな経験をしたことはありませんか?

・どう見てもウイルス性上気道炎の患者にせがまれ,抗菌薬を投与して帰宅させた
・「BPPV(良性発作性頭位めまい症)の患者にはメイロン®が有効」と上級医から教えられた
・頭部打撲患者が搬送されたら,全例で頭部CTを撮っている

 あるいは,その投薬や検査の意味を考えもせず,診療マニュアルや院内の暗黙のルールに従ってはいないでしょうか。

 IOMは有効な医療について,こう定義しています。「医療サービスにより恩恵を受けられる人には医学知識に基づいた医療を提供し,恩恵とならないと思われる人にはそのようなサービスを提供しない」。

 「医学知識に基づいた医療」とは,基礎研究や臨床研究で科学的有効性が証明されたエビデンスを個々の患者に適用すること,そして集団に対しても同様のプロセスを経て実践すること,つまりEBM(Evidence Based Medicine)のことです。

 一般的に,Systematic ReviewやMeta-analysis,ランダム化比較試験(RCT)で証明されたエビデンスは「エビデンスレベル」が高く,より信頼に足るとされます。しかしそれらを臨床現場で実際に活用するには,研究のデザイン等も含めた総合的な判断が必要になります。その際用いるのが「Critical Appraisal(論文の批判的吟味)」の手法です。この手法を使えるようになれば,RCTだけでなく,コホート研究や疫学研究のエビデンスも適切に取り入れられるようになるでしょう。将来どの診療科をめざすにせよ,EBMに関する知識と手法は身につける必要があります。本紙にも過去の記事や連載1-3)がありますので,参考にしてみてください。

 ただし,EBMにも限界はあります。例えばさまざまな合併症を抱えた患者,85歳以上の高齢者といった集団を対象にした研究デザインは多くありません。つまり臨床現場で遭遇する問題全てに,価値のあるデータや結果が存在するわけではありません。そうした限界を認識した上で,有効な医療のためにどのようにエビデンスを利用していくかは,臨床環境,医師個人の臨床センスや経験,患者との関係性や価値観に依拠します。また,有効性がまだ証明されていない診療の場合には,リスクとベネフィットを明らかにした上で,患者と医師が共同して意思決定を行うことも必要になります。

 2003年に『New England Journal of Medicine』誌に発表された論文では,成人に対し,ガイドライン等で推奨されている医療(予防,スクリーニング,急性期治療,慢性期治療)の54.9%しか実践されていなかったと報告しています4)。小児に対しても,46.5%しか実践されていませんでした5)。別の論文では,臨床研究で証明されたエビデンスが臨床現場に普及するまでに平均17年を要していることが明らかになっています6)。例えば,約20年前に有効性が証明されている「急性心筋梗塞後のβ遮断薬投与」についても,いまだ約60%の病院でしか使用されておらず,病院間での使用率の差も大きいものでした。これらは米国のデータですが,日本国内でも同様の状況でしょう。

 どうして,有効性があると考えられている医療が,現場では行われていないのでしょうか? 有効な方法が現場の医師に普及していない,たとえ普及していても,間違った解釈がされている,心理的抵抗などから医師の行動変容が難しい,などの理由が考えられます。また,臨床研究で有効性が示されたエビデンスに基づく診療行為全てが,国内で保険収載されているわけではありません。出来高払い制度や包括払い制度といった診療報酬の仕組みも,有効な医療行為の選択に影響を与えることがあります。

 ここで,Choosing Wiselyキャンペーン7)を紹介します。これは米国内科専門医認定機構財団が発起人となり,米国にある63の専門医学会(2014年現在)に働き掛けて実施しているもので,日常的に行われてきた検査や治療を,(1)エビデンスに基づいているか,(2)既に行われた検査や手術の繰り返しでないか,(3)有害ではないか,(4)本当に必要か,という4つの観点で見直し,有効性,あるいは費用対効果の低い医療サービスを提供しないよう,勧告していこうというものです。各学会が“Top Five List”として少なくとも5つの項目を挙げます。例えば米国消化器病学会は「大腸がんのリスクが低い患者が内視鏡検査で異常がなければ,10年間は再検査の必要はない」ことを推奨。米国小児科学会は「咳止めや風邪薬を4歳未満の呼吸器疾患の小児に処方しない」ことを推奨しています。

 この活動の背景には,これまで当たり前に行われてきた医療行為の中に,過剰なものが少なくないという実情があります。手厚い医療は疾病の早期発見・早期治癒につながることもありますが,医療費の高騰,医原性合併症の増加,早期に発見された介入不要な疾病に対する新たな過剰医療,といった負の側面も否定できません。

 過剰医療の背景には,医療訴訟に備えたDefensive medicine(防衛医療)の実施,医師の診療パターンや経済的インセンティブ,患者側の過度な希望や要求などさまざまな要因があり,行動変容を達成するのは容易ではありません。しかし,既にカナダ,英国,オランダなど欧米の先進国で,こうした学会ぐるみでの変容を促す取り組みが進んでおり,今後は日本でも同様の流れが生まれることが期待されます。

 現代は,医学研究のエビデンスや国内外のベストプラクティスに関する情報が全世界から瞬時に入手できる時代である一方,自らの診療の質やアウトカムを厳しく問われる時代でもあります。海外にはCochrane LibraryやBMJ Clinical Evidence,UpToDate®やDyna Med™など,最新のエビデンスの現場への普及を助けるリソースがあり,日本でも「Minds医療情報サービス」が国内の診療ガイドラインをWeb上に収載しています。「臨床指標」や「医療の質」といった概念も国内で浸透し始め,DPCデータを利用し診療の質を測る研究も多くなされています。今後は診療報酬の範囲内でも,より有効な医療を選択することへのインセンティブが設けられると考えられます。

 研修医の皆さんが,所属する医療機関において有効性の高い医療を実践するには,臨床知識・技術やEBMといったクリニカルスキルの向上は必要最低条件です。さらに質改善やマネジメント手法といったノンクリニカルスキルを獲得できれば,将来どの診療科に進んでも,自分自身はもちろん,チームや組織にとっても重要な武器の一つになるでしょう。

 次回は実際のケースを用いて,どうやって有効な医療を現場で進めていくかを検討します。

▶ 有効な医療とは,「医学知識に基づいて,必要な人に行われる医療」である

▶ さまざまな理由で,有効な医療が現場で行われていない

▶ 今後は日本でも,より有効な医療を選択するための取り組みが進むと考えられる


1)[座談会]EBMを研修医の武器に――論文を携えてベッドサイドへ出よう! 週刊医学界新聞第3063号,2014.
2)植田真一郎.[連載]論文解釈のピットフォール. 週刊医学界新聞第2825-2928号.2009-11(全26回).
3)谷口俊文.[連載]レジデントのためのEvidence Based Clinical Practice. 週刊医学界新聞第2813-2907号.2009-10(全24回).
4)McGlynn EA, et al. The quality of health care delivered to adults in the United States. NEJM. 2003 ; 348(26) : 2635-45.[PMID : 12826639]
5)Mangione-Smith R, et al. The quality of ambulatory care delivered to children in the United States. NEJM. 2007 ; 357(15) : 1515-23.[PMID : 17928599]
6)Balas EA, et al. Managing Clinical Knowledge for Health Care Improvement. In: Bemmel J, McCray AT, eds. Yearbook of Medical Informatics 2000:Patient-Centered Systems. Schattauer Verlagsgesellschaft mbH ; 2000. pp 65-70.
7)Choosing Wisely

関東労災病院救急総合診療科副部長・経営戦略室長

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