医学界新聞

レジデントのための「医療の質」向上委員会

医療過誤は,誰のせいで起こる?

連載 反田篤志

2015.02.09 週刊医学界新聞(レジデント号):第3112号より

 内科ローテート中,一睡もせず迎えた当直明けの朝。糖尿病のある高齢の女性患者が,肺炎と軽度の急性腎不全で入院してきた。

 普段はメトホルミンで血糖値がコントロールされているが,入院時の血糖値は280 mg/dL。メトホルミンを中止し,インスリンのスライディングスケールをオーダーし,抗菌薬と点滴を含めた他の入院オーダーも入力した。オーダリングシステムと紙カルテが併存しているため,薬の指示は紙カルテにも書き込まなくてはならない。それを終え,指示棒も出しておいた。

 他病棟で回診をしていると,担当の看護師からPHSに「今の血糖値が高いのでインスリンを打ちたいが,オーダーがない」と連絡があった。スライディングスケールは食前の指示なので,今のインスリン量の追加指示を出してほしいとのこと。足早に戻り,紙カルテ上に「インスリンR4Units SQ」と指示を走り書きし,回診に戻った。

 1時間後,慌てた様子の看護師からPHSに「患者さんが床に倒れていて,意識がない」と連絡が入った。急いで病室に戻ると,患者は顔と腕に擦り傷があり,完全に意識不明。血糖値は測定不能なほど低値だった。50%糖液静注を何度か繰り返し,やっと軽度混濁まで意識は回復した。

 担当看護師に聞くと,新人看護師に指示してインスリンを打たせたとのこと。新人看護師は「指示通り40 単位打った」と言う。上級医が指示書きを確認すると,「Unit」の「U」が「0」に見え,確かに「40」と読める。

 頭部CTは正常だったが,患者はまだ少し混乱した様子。左足を痛がるのでX線写真を取ると,左大腿骨頸部骨折が判明した……。

 

Q: 最も責任が重いのは誰か?
 A. オーダーを書いた研修医のあなた
 B. 指導責任のある上級医
 C. 患者の担当看護師
 D. インスリンを投与した新人看護師

 医療安全の第2回は,ケースから学んでみたいと思います。まずは上の事例と設問を読んでみてください。

 医療過誤が起こったとき,個人の責任を追及するのは簡単です。なぜなら,“誰が何をしたか”は比較的明らかにしやすい事実だからです。事例からも「読み間違えられる指示を書いた研修医が悪い」「実際にインスリンを投与した看護師のほうが悪い」と言うことは誰にでもできます。

 一方で“なぜ間違いが起きたのか”を明らかにすることは簡単ではありません。さらには“エラーが起きた根本原因を見つけ,それを取り除く”ことは至難の業です。新人看護師は,配属されてまだ一週間で,プロトコールに慣れていなかったのかもしれませんし,確認する時間がないほど忙しかったのかもしれません。はたまた上司の看護師が厳しく,投与量への疑問を言い出せなかったのかもしれません。研修医のあなたも,カルテの文字が乱れたのは寝不足のせいかもしれませんし,20人の患者を回診するために,座って清書する時間も惜しかったからかもしれません。

 なぜ看護師はインスリンを誤投与したのか。なぜあなたは読み間違えやすい指示を書いてしまったのか。“なぜ”を突き詰めて考えていくと,潜在的な要因が複数存在することがわかります。ほとんどのエラーには,そうした複数の潜在的な誘因があります。そして,ほとんどの医療過誤は “一生懸命働いている優秀な医療従事者”によって引き起こされます1,2)。“他の人より出来が悪いから”,“不注意だから”,エラーが起きるわけではないのです。

 では,重大な有害事象に通じるエラーはどのように発生するのでしょうか。その機序は下図の「スイスチーズモデル」で説明されます3)

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 スイスチーズモデル

 チーズのスライス一枚一枚は「担当看護師」や「投与プロトコール」などエラー発生を防ぐ機構を表します。それぞれの機構には“穴”があり,100%の防止機能を持つわけではありません。しかし例えばインスリン投与量のエラーも,担当看護師が投与量の確認の電話をかけたり,「紙カルテの指示は看護師二人で確認する」というプロトコールを遵守すれば,未然に防げます。こうした何重もの防止機構により,ほとんどのエラーは患者に害を及ぼすまでに至りません。何らかのきっかけで全ての穴が一列にそろったときのみ,エラーが防止機構をすり抜け,医療過誤の発生につながるのです。

 このモデルからいくつかのことがわかります。一つは「医療過誤の発生は,それぞれの防止機構の精度に依存する」ということ。つまりスライスの穴が小さいほど,医療過誤が起きる可能性は低くなります。ただ例えば,「担当看護師」という防止機構の精度は,看護師の疲労度や気分,業務量に影響され一定しません。したがってエラー防止には,穴を小さくすることに加え,スライスの枚数を増やし,穴がそろう可能性を低めることが重要になります。

 もう一つは「ほとんどのエラーは,目に見える形で表れていない」ということです。よく知られた推計では,深刻な有害事象1件につき,300件の未遂事件が起こっているとされます。インスリン投与量を間違えた新人看護師の陰には,300人の“インスリン投与量を間違えそうになったけど,間違えなかった”看護師がいるのです。

 これらから,新人看護師や研修医のあなたは,エラーが起こり得る状況の中で,たまたまその場に居合わせた個人だと考えることができます。もう少し踏み込んで言うと,あなた以外の研修医も,他の看護師も,同じ状況下なら同様のエラーを起こした可能性が十分にあります。ですから個人の責任を追及しても,エラーの根本原因は取り除かれず,次のエラーの発生は防止できないのです。

 よく言われるように,「全てのシステムはそれがデザインされた通りの結果をもたらし」ます4)。したがって医療安全の大きな目標は“エラーの起こりにくいシステム”を作り上げ,医療過誤に見舞われる医療従事者や患者の数をできる限り減らすことです。“誰が最も責任が重いか”を考えることは,残念ながらあまり意味がありません。必要なのは,エラーが発生する仕組みを理解し,個人に責任を押し付けることなく,“なぜエラーが起きたのか”を考え,同じ事例を防ぐためのより安全な仕組みを構築することです。

 以上,医療過誤が起きた際に個人に責任を帰しないことの大切さを述べましたが,これは必ずしも,個人が自らの行動に責任を持たなくていいことと同義ではありません。全ての医師に,高い倫理観や職業意識を持ち,勉強を重ね,日々患者さんのために診療することが期待されています。その上で本当に安全な医療を実現するためには,エラーが発生する機序を理解し,医療過誤につながり得るシステムに介入していくことが必要です。全ての医療従事者は“患者さんを助ける”ために,安全な“医療システム”を作り上げる責務を負っていると,私は考えます。

▶ 医療過誤は “一生懸命働いている優秀な医療従事者”が引き起こすことがほとんど

▶ 複数の潜在的な要因を取り除くことでしか,次のエラーを防止することはできない

▶ 個人への責任の押し付けではなく,エラーの起こりにくい仕組みの構築が,安全な医療の実現には重要


1)Thomas EJ, et al. Incidence and types of adverse events and negligent care in Utah and Colorado. Med Care. 2000; 38(3): 261-71.[PMID : 10718351]
2)Reason J. Human Error. Cambridge University Press; 1990.
3)Reason J. Human error: models and management. BMJ. 2000; 320(7237): 768-70.[PMID : 10720363]
4)Nelson EC, et al. Quality By Design: A Clinical Microsystems Approach. John Wiley & Sons; 2007.

米国メイヨークリニック 予防医学フェロー

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