医学界新聞

連載

2015.03.02



クロストーク 日英地域医療

■第5回 地域に散らばる,専門的技能を持つジェネラリスト

川越正平(あおぞら診療所院長/理事長)
澤 憲明(英国・スチュアートロード診療所General Practitioner)
企画協力:労働政策研究・研修機構 堀田聰子


前回からつづく

日本在宅医と英国家庭医──異なる国,異なるかたちで地域の医療に身を投じる2人。現場視点で互いの国の医療を見つめ直し,“地域に根差す医療の在り方”を,対話[クロストーク]で浮き彫りにしていきます。


川越 前回(第3113号)から引き続き,診療所の“外”のつながりを見たいと思っています。

 あらゆる健康問題に対応する家庭医(GP)といえども,自分の知識の範疇では対処しきれない症例であったり,患者側からより専門的な処置を求められたりするケースもあるはずで,そうした場合はしかるべき医師に対応を依頼せねばなりません。この診療所のGPから,他施設の医師に紹介する流れについて教えてください。

 英国ではGPが行う診療の範囲・質のバラつきを抑えるため,症状や疾患ごとのガイドラインが明確になっています。それがNICE(National Institute for Health and Care Excellence;国立医療技術評価機構)のガイドラインで,世界中から信頼性の高いエビデンスがまとめられています。例えば,「50歳以上の年齢で医学的に説明できない顕微鏡的血尿がある場合は,がんの疑いありとして泌尿器科に任せる」「生後3か月以内の赤ちゃんで38℃以上の熱がある場合は小児科に相談する」など,“レッドフラッグ”が決まっている。「GPが対応するのは,ここまで」という線引きも明確になっているんです。

 最近ではプライマリ・ケアの情報に特化した「NHS Clinical Knowledge Summaries」と呼ばれるウェブサイトがあり,診察中,私はこのサイトでの確認もよく行います。これもNICEが制作しているもので,例えば「妊婦に対する吐き気止めの薬で最も適切なものは?」というものに加え,「高血圧のコントロールがなかなかうまくいかないが,どのタイミングで二次医療に紹介すればいいのか?」といった素朴な疑問にも答えてくれるのですね。デザインがシンプルかつ機能的なのでとても使いやすく,20-30秒もあれば望む情報にアクセスできることが多いので,GPの間でも人気があります。

 このように一定の指標に基づいて高次医療機関の専門医に引き継がれていくケースもあるわけですが,今回はプライマリ・ケアの領域内で対処されるケース,まずはそこから説明させてください。

得意分野を持つGPが地域に存在する

 英国のプライマリ・ケアの特徴の一つとも言えるのですが,地域には皮膚科,整形,薬物乱用などの特定領域について専門的な訓練と資格認定を受けたGPも存在しています。彼らは「GP with a Special Interest」,略してGPwSI(ジプシー)と呼ばれる職種で,プライマリ・ケアの専門医であると同時に,特定の分野において標準的なGPを超えた専門知識を持ちます。彼らは,ジェネラリストのGPとして従事しつつ,定期的に自らの専門領域に関する医療も提供しているんです。例えば,消化器領域のGPwSIであれば,彼らの診療所で週1日,胃カメラを実施する。すると,近隣の他の診療所からも患者さんたちが紹介され,その方々の胃カメラの実施も引き受ける,という具合です。

 もしGPが何か悩ましい症例を抱えた場合も,二次医療につなぐ以外に,このGPwSIに助言を求める,もしくは患者さんを紹介するということが日常的に行われているんです。実際に私も,例えば発疹のある患者さんで対応に困ることがあれば,デジタルカメラで発疹を撮影してデータ化し,電子カルテを介して,皮膚科のGPwSIに助言を求めたり,紹介したりということをしています。

川越 GPwSIからのフォローが得られることで,セカンダリ・ケアに頼ることなく,プライマリ・ケア領域で対応が達成されるケースもある,と。

 ちなみにGPwSIの資格取得のためには,どのような研修を修了する必要があるのでしょう。

 GPwSIの専門領域別に必要とされるコンピテンシーは,英国家庭医学会(Royal College of General Practitioners)が大枠を示しています1)。実は現在,資格認定のルールが移行期のため,はっきりとした情報を提供するのは難しいですが,これまでの研修は二次医療の専門医の下で一定期間の研修を積み,大学院で関連領域のDiploma(修了証明書)を取得するというケースが多かったようですね。

川越 GPwSIはどのぐらい存在しているのでしょうか。

 GPwSIの数は各地域のニーズによっても異なり,私が知る限り明確なデータは公表されていません。ですから一概に言うのは難しいですが,GPがすでに大部分の健康問題に対応していることを考慮すると,一つの地域におけるGPwSIの数もそこまで多くないと思います。ただ,「より身近な場所で専門的な医療を提供してほしい」という地域住民のニーズは確かに大きいので,GPwSIは貴重な存在にはなっていますね。

川越 地域に点在するGPwSIの専門性を活かすことができれば,プライマリ・ケアの領域内で対処できる場面も増えるでしょうし,医療の適正化にも寄与するのだろうと想像できます。

 その通りです。彼らは二次医療のスペシャリストと同等の知識・技術を持つわけではありませんが,いわゆる「1.5次医療レベル」の問題で対応に困る地域のGPを助けることで,二次医療への過度な依存を低減させる。プライマリ・ケアとセカンダリ・ケアの狭間を埋める“セミスペシャリスト的”な役割を担っていると言えますね。

日本の開業医はGPwSI的?

川越 「特定の専門性を持ってプライマリ・ケアを担う」という部分を取り出せば,ある意味,日本の開業医は「GPwSI的医師」とも言えませんか。現在の日本の開業医は,専門医として病院での勤務を経た後に,地域で開業したという方々がほとんどですから。

 地域で開業する各科専門医の有機的な活用可能性がある点は,日本の資源とも言えるのかもしれません。

 私も日本の医療関係者から話を伺って,その点は日本の強みになり得るのではないかと感じていたところです。セカンダリ・ケアの知識・技術もある各科専門医が地域で開業しているのであれば,それは地域住民たちもそのレベルの医療にアクセスしやすいという状況を意味するわけですからね。

 ただ,それはある種の“危うさ”と裏腹な部分もあって,「患者さんを過度の医療化から守る」という認識を,地域の医師たちであらためて共有していく必要もあるのだろうとも感じました。というのも,例えば出来高払い制度の存在があります。日本は治療や検査ごとに加算される出来高払いの診療報酬が基本ですから,良くも悪くも健康問題を医療化する方向にベクトルが働く傾向にありますよね。

川越 確かに現在の日本においても,良心の有無はともかくとして,過度の医療化を図っている医療機関の存在は否定できるものではありません。澤先生の指摘は,地域を担う医師としては当然持たなければならないと自戒して受け止めたい部分です。

 また,英国のGPwSIと違って,日本の開業医全てがプライマリ・ケアを担うための体系的な研修を経たわけではありません。独学で地域の健康問題に対処する知識を身につけてきたぶん,力量や対応可能な領域に個人差があるのも事実でしょう。ですから,真に「GPwSI的な医師」になるためには,プライマリ・ケアを担うために体系化された研修を積むような機会も必須なのでしょう。

 そう思います。その理由としては主に2つあります。1つ目は,病院と地域という環境が異なることによって診療には本質的な違いがある点。二次医療を担う病院と一次医療を担う地域とでは,特に重大な疾患の有病率や発生率が異なりますから,それによっておのずと偽陽性,偽陰性を含む検査の的中率も変わってくる。今まで病院内で日常的に行ってきたアプローチが,地域では逆に不適切になることすらありますから,考え方の切り替えが求められます。

 2つ目は,スペシャリストならではの理由です。スペシャリストはその立場上,おのずと専門細分化,還元主義を進め,自分たちの専門領域で「ラベル」を付けることを急ぐ傾向にあります。一方で,一次医療の領域では早期では未分化な問題が多く,無理やり診断を付けるよりも,重大な疾患を除外し,不確実性に耐えることのほうが適切な場面も多いものです。ここでもやはりアプローチの違いを認識する必要があるだろうと私は感じています。

川越 その通りですね。地域の医師たちがGPwSI的な医師になって活躍できるようになるとすれば,日本全体の医療の質も飛躍的に上がるという期待は大きいと思うのです。

つづく

参考文献
1)Royal College of General Practitioners.GP with a Special Interest (GPwSI) accreditation.