「全国がん登録」で,がん対策が変わる(堀田知光)
インタビュー
2015.03.02
【interview】
2016年1月,「全国がん登録」制度スタート
「全国がん登録」で,がん対策が変わる
堀田 知光氏(国立がん研究センター理事長)に聞く
2016年1月,これまでは都道府県による任意事業として行われてきた「地域がん登録」が,国が主体となって実施する「全国がん登録」へと集約される。全国の病院および指定診療所には,所在地の都道府県への届出義務が課され,集められたデータは,全国がん登録データベースにて一括管理。がんの実態把握に必要な各種統計の整備に用いられ,予防・早期発見・治療,さらにサバイバーシップなど,各種がん対策への貢献が期待されている。
このたび本紙では,新たな制度の運営を担う国立がん研究センターの理事長を務める堀田氏にインタビュー。制度化により,どのようなデータが得られ,がん対策はどう変わるのか,そして今後,同センターが果たすべき役割についても聞いた。
がんにかかわる全ての人にとっての“悲願”
――「全国がん登録」制度実施まで,1年を切りました。運営を委託されている国立がん研究センターでは,現在どのような準備を進めておられますか。
堀田 今は,最高レベルの安全性を保った登録データベースを開発すべく,20人ほどの担当者が毎日,夜中まで準備室に詰めています。今年度中に開発を終え,春からは半年ほどかけテスト運用を行っていくことになります。
また,全国各地で登録作業が増えることを見越し,「がん登録実務者」研修も重点的に行っています。特に,各地域での実務を牽引していけるような人材を多く育成すべく,指導者向けの研修に,より注力しているところです。
――1951年に宮城県で初めて,組織的な登録制度が始まってから約60年です。制度化は,がん医療にかかわる方々にとっての“悲願”とも言えるでしょうか。
堀田 そうですね。世界的に見ると,組織的ながん登録というのは1940年代初頭,米国コネティカット州や北欧,東欧でスタートしており,時期的に日本がそれほど遅れをとっていたわけではありません。ただ決定的な差があって,それが“制度化されていない”ことでした。端的に言えば“自治体の努力目標”でしかなく,熱意や関心,もしくは人的・物的資源の有無に左右され,質や持続性が担保されなかったのです。
――都道府県ごとの格差も相当あったのですか。
堀田 大阪府や愛知県のように1960年代からしっかり登録制度を運営してきた自治体がある一方,東京都のように長らく登録がされてこなかった自治体もあるなど,まちまちの状況がずっと続いていました。2007年に「がん対策基本法」が施行され,それに基づいて「がん対策推進基本計画」(現在は第2期)が動き出したこと,そして,患者団体や議員連盟の方々が熱心に後押ししてくれたこと。それらによってようやく,2012年までに全都道府県で地域がん登録が開始され,全国集計の土台が整ったわけです。
より多くのデータが,より高い精度でそろう
――自治体ごとに半ば自主的に行われていた登録が,標準化・義務化され,データが一元管理されるということですね。それにより,どのようなメリットが生まれるのでしょうか。
堀田 届出が義務化されるため,原則全てのがん患者さんを登録できるようになりますね。登録項目も標準化され,より正確な罹患状況の把握が可能になるでしょう。
また,患者さんの“その後”の追跡も容易になります。自治体の枠を越えて移動を追えるようになり,重複登録の可能性も低減するのがまず大きい。死亡情報も,従来のように都道府県が自主的に調査するのではなく,全国の死因付き死亡情報(死亡者情報票)が全国がん登録データベースに提供されるようになります。そこで一括して照合し,データを補完するわけです(図)。
図 全国がん登録 の仕組みと特徴(文献1より改変) |
――データの量・精度ともに格段に上がりそうです。
堀田 ええ。現状では「がんの罹患率」は25都道府県のデータ,「5年生存率」はわずか7府県のデータから,全体を“推計”している状況です。特に,5年生存率を知るための予後情報には95%以上という高い捕捉率が求められますが,罹患情報自体の精度の低さに加え,予後調査作業量の膨大さから,これまでは多くの都道府県で生存率算出にまで至りませんでした。それが今後は,罹患数・生存率も全国の実測値がわかるようになるわけですから,より正確ながんの実態を把握できるようになるはずです。
「院内がん登録」と車の両輪で
――そうしたデータを分析していくことで,がん医療へのさまざまな貢献も期待できますね。
堀田 全国がん登録では行政が,より効果的ながん対策とその評価ができるようになることが,なにより大きい。ある地域にどんながん種が多いかを調べ,それに応じた対策を個別に立て効果を評価することで,より適切な医療資源の配置を考えることに役立つわけです。
さらに,全国がん登録データベースに集まった予後情報などは,「院内がん登録」を行っている施設に還元されます。それにより,ベンチマークを設定して自施設の診療実績を把握するとともに,どの治療が,どのがん種の予後にどれほどインパクトを与えたかという,治療法の有効性を全国レベルで調べることも可能となるでしょう。
――「全国がん登録」と「院内がん登録」は,今後も並行して運営されるのですね。
堀田 いわば“車の両輪”と考えていただくとよいと思います。全国がん登録が,行政的な視点からがん診療の底上げに貢献する一方,院内がん登録で施設ごとの診療実績や治療介入の効果としての生存率を調べ,専門施設としての機能の向上につなげるとともに,患者さんの医療機関選びの参考にもしてもらう。
この両輪に,さらに専門学会などが行う「臓器別がん登録」も加えた三本立てで,時に広く,時に深く,日本全体のがん医療の質の向上を図っていく考えです(MEMO)。
認知度向上,その先にはデータのさらなる有効活用も
――従来にない大規模な取り組みながら,スムーズに進んでいる様子が伺えますが,現状での課題があれば教えてください。
堀田 喫緊の課題としては,一般の方々への認知度が低い,ということがあります。2014年11月に内閣府が行った「がん対策に関する世論調査」(有効回収数1799人)において,がん登録について知っている人はわずか17.1%という結果だったのです2)。
――周知が進まないと,例えば「勝手に情報を取られる」「自分の情報が漏れるのでは」といった不安の声が上がることも懸念されるでしょうか。
堀田 その可能性は否定できません。ただ一方で,登録制度そのものを「必要だと思う」人は76.6%(「必要」「どちらかと言えば必要」の合計)に上っています。ですからまずは,データの管理を厳格に行い,その安全性を広く知ってもらうことが重要。またデータの研究利用においても,第三者の諮問機関を設置,さらに個人情報などにかかわる場合は国の責任で判断する,という二重の審査体制で慎重を期す予定です。
その上で今後は,できるだけ多様な視点からデータを活用して,健康寿命の延伸に有用な研究がたくさん行われてほしいですね。その成果を社会に還元していくことで認知度が高まり,理解も深まっていくのではないか,と思っています。
――データのさらなる有効活用という点からは,ゆくゆくは他の医療データベースとの連携についても,課題になってきますか。
堀田 各地の地域がん登録データの結合,あるいは死亡情報との突き合わせができるだけでも,従来にないメリットが生まれるのです。もし,レセプトやDPC,検診データなど,整備が進みつつある他の大規模データベースとのリンクもできるようになれば,がんの予防・治療によりいっそう有用なデータの集積が生まれるでしょう。
医療情報はセンシティブなものなので,データの連結にコンセンサスを得るのはなかなか難しいのですが,東日本大震災を経て,「個々の人生の来し方,行く末をまとめて記録し,集積する仕組み」というものへの国民の認識もポジティブに変わってきたように感じます。がん登録を第一歩として,医...
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