医学界新聞

連載

2015.01.19



在宅医療モノ語り

第57話
語り手:チンして,お構いしてください
電子レンジさん

鶴岡優子
(つるかめ診療所)


前回からつづく

 在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりだ。往診鞄の中,往診車の中,患者さんの家の中,部屋の中……在宅医療にかかわる道具(モノ)を見つめていると,道具も何かを語っているようだ。

 今回の主役は「電子レンジ」さん。さあ,何と語っているのだろうか?


ウチの“ホットステーション”
水分を含むモノであれば,温めることができます。冷蔵庫にあったご飯,冷めたコーヒー,買ってきたお弁当,きつく絞ったおしぼり。便利ですけど,ワタクシにも危険がないワケではありません。ヤケドには気を付けてください。
 文化庁の調べだったでしょうか? 「電子レンジで加熱すること」を「チンする」と表現する日本人は,なんと9割以上だとか。サボる,愚痴る,事故る,お茶する。名詞に「る・する」をつけて動詞化する造語が,老若男女を問わず浸透しています。

 私はあるお宅に譲り受けられた電子レンジです。新しい主人は90歳を超えたおばあさんのMさん。連れ合いを20年以上前に亡くされ,お子さんはいらっしゃいません。若いころはこの町の婦人会などで活躍し,数年前までは自転車を乗り回す元気な方でした。それでも80歳半ばを過ぎたころから身体が弱まり,地域の集まりでも姿を見せなくなりました。一人暮らしだったので,週1回はヘルパーさんが訪れ,買い物などを手伝うようになっていました。

 ある日のこと,救急車がこの家の前で止まりました。近所の方が体調の悪いMさんに気付き,救急車を呼んでくれたのです。病院でわかったのは,肺炎に加え,がんという病気があったこと。Mさんはそれを聞き,「家に残してきた猫のミーちゃんだけが心配です。あとは思い残すことは何もないのだけれど……」と語りました。その場に同席した病院のソーシャルワーカーさんは,他の病院や施設のパンフレットを出すのをためらいました。

 遠い県から姪御さんも面会に来られ,「本人の希望に添いたい」と,ケアマネジャーと相談を始めました。そこで決まったのは,主治医を訪問診療している医師にすること,介護保険の区分変更の申請をすること,そして,近所にごあいさつ回りすることでした。ご近所を回ると,いろんなことがわかりました。「Mさんには私たちもお世話になったし,お互いさまですよ」。優しく声を掛けてくれる人もいました。「実は最近は物忘れも心配だったの。鍋を焦がしたこともあって,この季節だし火事が怖いでしょ?」「ウチの親戚が使っていたモノだけど,よかったらコレを使って」と,ワタクシ電子レンジがこのお宅に赴任することになったのです。

 私がこの家に来てからは,人の出入りも激しくなりました。看護師,医師,薬剤師,たくさんのプロフェッショナルたちが訪れ,以前からのヘルパーさんも毎朝来てくれます。ヘルパーさんは手際よく私を使ってホットタオルを作ると,Mさんに手渡します。Mさんが気持ちよさそうにタオルで顔を覆い,朝の身繕いをしている間,ヘルパーさんは私を使いながら調理を進めます。ちなみにガスコンロは処分されたようです。近所の人たちも農作物を少しずつ持ってきて,一人暮らしの食卓を飾ってくれました。チラチラとMさんの様子を気に掛けてくれるようになったのです。

 今日はMさんにかかわる人たちが一堂に会する日です。Mさんは,皆さんにコーヒーを振る舞うように姪御さんに指令し,「ほら,冷めちゃったから,チンしたらどうかしら?」と心配しています。皆さん,口をそろえて「どうぞお構いなく」と返答。和気あいあいとした雰囲気になりました。主治医はMさんに尋ねます。「病状について皆さんにもお話ししてよいのかな?」。すると,Mさんは大きくうなずき,「皆に迷惑をかけちゃうけど,このままミーちゃんとこの家にいれたら本当に幸せなの」とお話しされました。遠い親戚をはじめ,プロフェッショナルもボランティアも,Mさんをお構いする,お構いしていく覚悟を決めたようでした。

つづく

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