医学界新聞

寄稿

2014.12.08



【寄稿】

終末期の急変対応における,心肺蘇生と形式的心肺蘇生の議論

大関 令奈(東京大学大学院医学系研究科医療倫理学分野博士課程)


 終末期患者の診療に当たったことのある医療者であれば,次に示すようなケースに対し,どうすればよいか迷った経験が少なからずあるのではないだろうか。

【ケース】

 80歳代の女性。進行性肺がんで予後は2-3か月と予想されていたが,自宅で転倒して骨折し,入院。原因は明確ではないが,入院翌日に全身状態が悪化した。事前に夫とは,急変の際に心肺蘇生は行わない方針であることを話し合っていた。

 駆け付けた娘に心肺蘇生は患者にとって有効ではない可能性が高く,夫との間では心肺蘇生を行わない方針になっていることを説明したところ,事情を十分に把握していなかった娘に「このままでは何もせずに諦めることになる。せめて心肺蘇生くらいはやってほしい」と懇願された。

 このようなケースに,どう対応すればよいのだろうか。患者の状況は刻々と変化する中,医療者は家族と十分に話し合う時間がないまま判断をしなければならない。こうしたケースへの対応方法には,(1)娘の要請に応じて心肺蘇生を行う,(2)夫と話し合った方針と医学的適応を考慮して心肺蘇生を行わない,という二つの選択肢の他に,実は(3)形式的心肺蘇生を行う,という第三の選択肢もあり得ると考える。

 さて,いずれかの判断をする上で,われわれ医療者はどのようなことを考える必要があるのだろうか。そしてこの第三の選択肢はいかに扱うべきか,またどうとらえたらよいか,議論の経過を踏まえながら考えていきたい。

心肺蘇生に対する認識の乖離

 心肺蘇生法(CPR;Cardio-Pulmonary Resuscitation)は,1960年代に米国で臨床応用された。当初は手術中の患者に対する緊急処置であったが,徐々にその適応が拡大され,医学的に無益と考えられる終末期患者に対してもCPRが行われるようになった。

 しかし,終末期の患者に対するCPRの効果を調査した報告によれば,「終末期がん患者がCPRによって回復する可能性は1%以下である」と言われ1),終末期の患者においてCPRが成功する可能性は低いと考えられている。そこで,医学的に無益である可能性が高い患者に対するCPRは,過剰な処置ではないかと批判が起こるようになった。

 一方で,一般の人に対してCPRの効果を尋ねた調査では,入院した70歳以上の患者100人のうち,81%が「CPRの成功率は50%以上」と回答し,そのうち23%は「90%以上成功する可能性がある」と答えている2)。このように,医療者と一般の人との間には,CPRの有効性に対する認識に大きな乖離があることがうかがえる。

 1990年代になると,CPRは医学的に無益であると医療者が判断した患者に対しては,その患者の意向を聞かずに,独断で心肺蘇生を行わないという指示(DNAR;Do Not Attempt Resuscitation)()を出す状況が報告されるようになった。しかし患者の権利意識の高まりとともに,終末期における治療については患者や家族の意向を聞き,尊重すべきであるとされ,DNARはCPRを希望しないという患者から医療者への“指示”へと主旨が変わっていった。

DNARにサイン,患者の家族にも心理的負担が

 近年,日本の臨床現場でも,患者やその家族に対しCPRについての意向を尋ねることは広く行われるようになってきている。厚労省が行った調査によれば,自分が末期がんで回復の見込みがない場合,心肺蘇生処置を望むかという質問に対し,一般国民の68.8%が望まないと答えている3)。ところが日本のDNARの実態調査では,DNARについての話し合いをしていると答えた医師の70%が,患者ではなく,その家族と方針について話し合っており4),臨床現場では家族と医療者との間で患者の意向を推定しているケースが多いことがわかっている。

 一方で,患者が事前に家族と延命処置などの対応について話し合いをしているかというと,その割合は約56%にとどまっており3),家族が判断を尋ねられたときには,患者自身の意向がわからないまま判断をしなければならないケースもあると考えられる。CPRについての意思決定を経験した家族への調査では,DNARにサインをする際に,家族は心理的負担や罪の......

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