医学界新聞

連載

2014.09.22



ユマニチュード通信

[その3]「私の目を見てください,と患者さんに頼んだことなんてこれまでなかった」

認知症ケアの新しい技法として注目を集める「ユマニチュード」。フランス発の同メソッドを日本に導入した経緯や想い,普及に向けての時々刻々をつづります。

本田 美和子(国立病院機構東京医療センター総合内科)


前回よりつづく

 2012年の年頭,ジネスト先生とマレスコッティ先生のお二人が初めて来日し,私が勤務する国立病院機構東京医療センターの病棟で,患者さんのケアを一緒に行いました。日本でユマニチュードのケアを受けた最初の患者さんは,発語がなくなって数か月の,施設入所中の女性でした。その方は高齢・寝たきりで上肢に拘縮があり,誤嚥性肺炎のため当院総合内科に入院となっていました。

 主治医の私はご家族から,言葉によるコミュニケーションがここ数か月成立していないこと,表情の変化がほとんどないこと,経口摂取ができなくなっており胃ろう造設について施設の主治医と相談中であることなどを聞いていました。現在の病院でよく遭遇する「脆弱な高齢患者さん」と言い換えることができるかもしれません。毎日の回診でベッドサイドに向かう際に,私は「おはようございます」と声を掛けていましたが,返答は全く期待していませんでした。

 このような患者さんと再びコミュニケーションをとることができれば,どれほどうれしいだろうと思い,ユマニチュードを用いたケアの実践についてご家族に相談をしてみました。「何かしらの改善が見込めるのであれば,ぜひ」と患者さんの娘さんがご快諾くださり,ジネスト先生と一緒にその患者さんのもとへ伺う日を迎えました。フランス語を話すジネスト先生,通訳,看護師さん,私と娘さんがベッドサイドに集まり,ユマニチュードを用いたケアが始まりました。ジネスト先生がケアを行うと同時に,ユマニチュードを初めて経験する看護師さんへ説明もしながら,患者さんご本人へのケアの実践を行いました。

 実際のところ,ユマニチュードが本当に日本の患者さんにも有効であるかどうかについて,私にはまだ経験がなく,自信もありませんでした。日本語を話す私でさえコミュニケーションをとることが困難な患者さんに対して,フランス語の通訳を介しての意思の疎通が可能なのかどうか,どきどきしながら見守っていました。ベッドサイドでは,まずジネスト先生がご本人へ自己紹介をし,「これからさっぱりしましょう」と保清を行うことを話しました。ご本人からの返答は,いつもと同じように全くありませんでした。

 ジネスト先生は最初に,「常にご本人の前に顔を近づけて,目を合わせる。目が合わなけれ...

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