医学界新聞

連載

2014.08.25



ユマニチュード通信

[その2]フランス語はわからないけど,ユマニチュードをやってみた

認知症ケアの新しい技法として注目を集める「ユマニチュード」。フランス発の同メソッドを日本に導入した経緯や想い,普及に向けての時々刻々をつづります。

本田 美和子(国立病院機構東京医療センター総合内科)


前回よりつづく

フランスでの実習。イヴ・ジネスト氏(写真左)と筆者。
 航空会社の雑誌で高齢者ケアに関する記事を読んだ私は,そこで紹介されていた「ユマニチュード」というケア技法を見学するため,フランスに渡りました。2011年の秋のことです。この技法の創始者であるイヴ・ジネスト先生とロゼット・マレスコッティ先生は,「フランス語は全然できませんが,見学させてください」と,ずうずうしいお願いをしてやって来た私を大変温かく迎えてくださいました。

 フランスでは,全ての企業や役所で人件費の1.5%の額を職員研修に充てなければいけないという決まりがあるそうです。介護施設・医療施設もその例外ではなく,職員が1年間に少なくとも1週間の研修を受けるための時間を雇用主は確保し,研修費を負担します。フランス国内に14の支部を擁するジネスト・マレスコッティ研究所は,この制度の下で行われる研修の委託を受けて,フランス全土の約400の介護・医療施設で研修を行っています。また,ベルギー,スイス,ポルトガル,ドイツにも国際拠点が作られています。

 私は研究所の本部があるペルピニャンという街を中心に,2週間にわたり南フランスの施設や病院をジネスト先生,マレスコッティ先生と一緒に訪問し,研修を見学したり,実際にケアに参加したり,また病院の医師や介護施設の施設長と面談したり,と大変実りの多い時間を過ごすことになりました。

 南フランスの美しい風景を楽しみながら歴史のある古い街を訪ねました。高速道路をドライブしながらの会話は,年齢を重ねることや,高齢者のための制度,自宅で家族を介護する人への援助の制度についてなどとても面白いものでした。とりわけ体育学の専門家であったジネスト先生とマレスコッティ先生が,どうして介護や医療の現場で仕事を始めるようになったか,というこれまでの経緯は大変興味深く伺いました。

 フランス語ができない私のために,ジネスト先生は貿易の仕事をしていて語学が堪能な息子さんに休暇をとってもらって,2週間ずっと付き添って通訳をするよう手配してくださいました。新しい施設に伺うたびに,施設の方々に自分がこれまで何をしてきたのか,どうしてユマニチュードに興味を持ったのか,などの自己紹介を英語で行い,それをジネスト先生の息子さんがフランス語に訳して伝えてくださるという手順でごあいさつをしました。自己紹介の内容はだいたいいつも同じなので,息子さんもだんだん内容を覚えてくれて,施設訪問の旅も後半になってくると「こんにちは。お招きくださってありがとうございます。日本の内科医,本田美和子と申します」と私が申し上げた後は,息子さんが「この人は,日本でこんな仕事をしてるんですよ……」と続きをひきとって,それまでわたしが話していた内容を説明してくれるようになりました。

 各施設での研修は,10人前後の職員を対象に講義とベッドサイドでの実習を5日間行います。講義は看護師や介護士の歴史的な背景や,ケアをする人とは何か,人とは何か,というユマニチュードの基本的な考え方から始まります。次いで,ユマニチュードのケアの4つの基本「見る」「話す」「触れる」「立つ」ことの援助について,その意味と具体的な手法について学びます。それからそれぞれのケアを行う際に必ず実施する「5つのステップ」について学ぶよう計画されていました。講義にはケアの様子を撮影した膨大な資料映像が多用され,具体的な問題点の把握や,ユマニチュードを用いた場合の変化の様子がわかりやすく解説されていました。ベッドサイドの実習は,ケアの方法を変えることがこれほどの変化を患者さんにもたらすのか,ということを知る,素晴らしい経験となりました。ユマニチュードがもたらす効果を目の当たりにし,日本でも何とか導入することはできないだろうか,と考えながら私は帰国の途につきました。

 次回は日本の看護師さんが初めてユマニチュードを学ぶ機会を得たときのことをご紹介しようと思います。

つづく

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