長期臨床実習(LIC)が地域医療教育を変える(高村昭輝)
寄稿
2014.05.12
【寄稿】
長期臨床実習(LIC)が地域医療教育を変える
高村 昭輝(名張市立病院内科/三重大学医学部伊賀地域医療学講座講師)
ここ数年,日本各地の大学に寄附講座も含め,地域医療学講座が数多く設置されるようになった。このこと自体は歓迎すべきことだが,“地域医療ブーム”に乗っただけの“見せかけの”地域医療学講座は,早晩に姿を消していってしまう恐れがある。教育リソースを確立し,地域医療重視の動きを一過性のブームで終わらせないためには何が必要か,諸外国の取り組みを基に考えてみたい。
地域における長期臨床実習LICが世界的潮流に
「患者中心の医療」が叫ばれる今,医学生・研修医には,知識のみに偏らない,医師としての基本的な臨床能力を身につけ,社会的責任を果たすことが求められる。それにより広がりつつあるのが,どのような医師をめざすべきか,到達目標を明確にして評価を行うアウトカム基盤型医学教育(OBE)である1)。また,地域医療教育においては,三次医療機関や大規模な二次医療機関以外の“プライマリ・ケア”の現場で行われる地域基盤型医学教育が重視されつつある。そうした医学教育の潮流に即し,1970年代に米国ミネソタ大で始まったのが,Longitudinal Integrated Clerkship(LIC)と呼ばれる実習方法である。
LICのキーワードは,包括性と継続性である2)。具体的には,医学生が
1)患者さんの全ての治療経過を通して包括的な医療に参加すること
2)患者さんにかかわる全ての医療者との関係を継続的に学んでいくこと
3)さまざまな専門分野を同時に経験することを通して,基本的診療能力を身につけていくこと
を教育の大きな柱とし(図),これらを実現できるだけの期間,地域に密着した研修を行う。
図 LICにおける教育方針2) |
大学病院など三次医療機関の研修での課題として,各専門部門を短期間でローテーションしながら学ぶことになり「患者中心の医療」よりも「疾患中心の医療」になりがちであること,また未診断の患者との出会いの少なさ,臨床手技を体験できる機会の少なさや多職種・患者とのコミュニケーションの乏しさなどが指摘されてきた。
またWhiteらによれば,地域で発生した何らかの健康問題を持つ人が,最終的に大学病院レベルの病院に受診する割合はわずか約0.1%に留まると言い3),日本からもFukuiらがほぼ同様の数値を報告している4)。つまり,健康問題を持つ人の0.1%しか受診することがない場所での研修よりも,地域の病院で教育するほうが基本的診療能力をより身につけられると考えられる。さらに,高齢化が進むなか,複数の疾患を横断的に,かつ外来から入院,最期のときまで縦断的に診続ける,継続的な実習の重要性も高まっている。
地域の病院で,さまざまな分野を同時並行かつ継続的に学んでいくLICは,従来の研修の欠点を補い,上記のようなニーズに応える実習方法として,90年代には豪州,カナダ,南アフリカにも波及した5)。LICの実習を経験した学生は,コモンな愁訴・疾患の経験数増,基本的な臨床能力の向上はもちろんのこと,患者とのコミュニケーションスキルの向上,ケアへの熱意の高まりといった傾向が見られ,学業成績自体も向上するという結果が示されており6),現在ではハーバード医学校を始めとし,世界で50以上の医学部がカリキュラムとして採用している。
将来のへき地医療の労働力 確保にも有効
LICの教育的効果は前述したとおりだが,それとは別に,将来の労働力が増える可能性を示唆した報告が,筆者が留学し,その後,教員としても働いていた豪州・フリンダース大から示されている。
フリンダース大では,90年代にParallel Rural Community Curriculum(PRCC)が開始された。これはLICの一つで,医学生がRural Area(へき地)に1年間住み,家庭医(GP)の下で実習を行うカリキュラムである。
広大な国土を持つ豪州は,人の少ない内陸部にも農業,鉱業などの重要な産業があり,それらの産業に従事する人々の健康問題の解決は,国としての重点課題となっている。PRCCは,教育学的アプローチを用いて,そうした不便な土地で働いてくれる医療者を増やせないか,という考えの下に生まれた実習方法である。
このPRCCの導入を推進したのは,もともとRural GPで,現在,フリンダース大の医学部長を務めるP. Worley教授である。当時の豪州の医学......
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