医学界新聞

連載

2014.04.21

看護のアジェンダ
 看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第112回〉
哲人と青年の対話
目的論と決定論

井部俊子
聖路加国際大学学長


前回よりつづく

 2014年3月,大学は卒業式,修了式を終えしばらくの間,学生たちのざわめきが途絶える。この間,桜は開花の準備を整え,花水木も息を吹き返し,紫陽花は緑の葉をつけ始めて,学生たちを待つ。

 このところ,次年度の認定看護管理者ファーストレベルのプログラムを編成し終えたわれわれの目下の課題は,看護管理における問題解決技法をどのように教授したらよいかということである。

 看護教育の基礎概念である「看護過程」も問題解決過程であるが,管理者がこれを十分に習得し,実践の場で活用できるようになるための教育方法の開発が必要であるという認識を,われわれは引きずってきた。問題解決過程では,「問題」を同定し,問題の「原因」を探り,どうなったらよいのかという目標を立て,問題の原因にアプローチして解決策を立案し,実行して,目標が達成されたかを評価するプロセスである。

過去の「原因」ではなく,いまの「目的」を考える

 このように考えながら,私は一方で,「哲人と青年」の対話を読んでいる(岸見一郎・古賀史健著『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』ダイヤモンド社,2013年)。

哲人 過去の原因にばかり目を向け,原因だけで物事を説明しようとすると,話はおのずと「決定論」に行き着きます。すなわち,われわれの現在,そして未来は,すべてが過去の出来事によって決定済みであり,動かしようのないものである,と。違いますか?

青年 では,過去など関係ないと?

哲人 ええ,それがアドラー心理学の立場です。

青年 なるほど,さっそく対立点が明確になってきました。しかしですよ先生,いまのお話だと,わたしの友人はなんの理由もなしに外に出られなくなったことになってしまいませんか? なにせ先生は,過去の出来事など関係ない,とおっしゃるのですから。申し訳ありませんが,それはぜったいにありえない話です。彼が引きこもっている背景には,なにかしらの理由がある。でなければ,説明がつかないでしょう!

哲人 ええ,たしかに説明がつきません。そこでアドラー心理学では,過去の「原因」ではなく,いまの「目的」を考えます。

青年 いまの目的?

哲人 ご友人は「不安だから,外に出られない」のではありません。順番は逆で「外に出たくないから,不安という感情をつくり出している」と考えるのです。

青年 はっ?

哲人 つまり,ご友人には「外に出ない」という目的が先にあって,その目的を達成する手段として,不安や恐怖といった感情をこしらえているのです。アドラー心理学では,これを「目的論」と呼びます。

<中略>

青年 問題は「なにがあったか」ではなく「どう解釈したか」であると?

哲人 まさに。われわれはタイムマシンで過去にさかのぼることなどできませんし,時計の針は巻き戻せません。<中略>トラウマの議論に代表されるフロイト的な原因論とは,かたちを変えた決定論であり,ニヒリズムの入口なのです。あなたはそんな価値観をお認めになりますか?

青年 そりゃあ,わたしだって認めたくはありません。認めたくはありませんが,過去の力は強いですよ!

哲人 可能性を考えるのです。もしも人間が変われる存在だとするなら,原因論に基づく価値観などありえず,おのずと目的論に立脚せざるえないと。

青年 あくまでも,「人は変われる」を前提に考えよ,とおっしゃるのですね?

哲人 もちろんです。われわれの自由意志を否定し,人間を機械であるかのように見なしているのは,むしろフロイト的な原因論なのだと理解してください。

夜勤がきついから退職するのか,退職したいから理由付けするのか

 管理者研修で取り扱おうとしている問題解決技法をアドラー流に置き換えるとどうなるであろうか。例えば,「夜勤がきついのでスタッフが退職する」といった決定論的な見方ではなく,「退職したいから夜勤がきついという理由を作り出している」ということになる。そこから,「では,スタッフは退職することの意味をどのように捉えているのか」に思考が発展していく。

 フロイト,ユングと並び「心理学の三大巨匠」と称される,アルフレッド・アドラーの思想は,問題解決技法にとらわれていた私の頭を少し揺さぶった。私も長い間「決定論」に漬かってきたから,今のところ,すぐに「目的論」にくら替えすることはできない。ひとまず,アドラー的な見方を知った上で,「原因に基づく問題」という構造に着目することにしたい。ベテランの管理者が,問題を明確にせずに解決法を論ずる傾向があると教員は嘆くが,アドラー流の考え方に基づくと,それは「目的論」に立脚しているのかもしれないとひそかに考え始めている。

つづく

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