マレーシアで医学を学んで(阿部竜起)
寄稿
2014.03.10
【投稿】
マレーシアで医学を学んで
阿部 竜起(マレーシア・国際医学大学5年)
マレーシアの首都,クアラルンプールにある国際医学大学(International Medical University:以下,IMU)。私は,同大学で学ぶ5年生です。本稿では,IMUの教育について紹介いたします。
学生たち自身で,学ぶべきことを見つけ出す
まず,高校卒業後に入学する点は,日本の医学部と同様です。しかし,マレーシアでは5年制の教育プログラムが敷かれており,卒業と同時に,国試なしで医師免許が取得できる点で違いがあります。
IMUでは入学後,基礎的な生理学・解剖学をすぐに学び始めます。講義は多様な学習方法が採用されており,人体模型や臓器モデルに触れながら講習を受ける等,従来の座学中心の講義とは異なる形式で展開されています。
中でも,PBL(Problem Based Learning)で進む講義は特徴的です。この1-2年生で行うPBLでは,2回のセッション(1-2時間程度/1セッション)を使い,1つのシナリオを扱います。まず第1セッションでは,割り当てられたシナリオに応じて,各グループ(学生約10人+教員1人)で学習課題(Learning issues)を抽出し,自主学習する担当項目を分担(項目によって全員で調べてくる場合も)。2-3日後に行う第2セッションで,各自が学習してきた内容を発表し,グループ内で討論,不足部分があれば講師が補う,という形で進められます。
例えば,「腹痛」がテーマであれば,下記のような流れになります。「18歳の男性が腹痛を主訴に来院。どんな質問をするか」と,教員が「Trigger」と呼ばれるProblemをグループに提示。それを受け,学生は「痛む部位によって疾患も異なる?」「痛みの程度・継続時間も知る必要があるのでは?」「他の症状の有無は?」等,患者を診るために必要になるであろう知識や情報をグループ内で話し合います。
3年次,縫合を習っている風景(一番左が筆者)。実習期間に入ると,ACLS Provider取得なども行う。 |
講義の他,実技指導も1年生からすぐに開始されており,毎週2時間,教員・模擬患者との実技セッションがあります。なお,IMUは学生たちの“自主トレ”も盛んです。校内には学生も自由に使うことのできる実技室が多数設置されているので,学生たちは自主的に部屋を予約し,友人同士で身体診察の訓練を行っています。
3年生から臨床現場に触れる
3年生の実習期間に入ると,最初の6か月間は病院・クリニックへ行き,実際の医療現場に触れます。回る領域は内科・外科・家庭医学で,大まかに下記のようなことを行います。
◆内科/外科
8-12時:病院で,患者への問診・触診の他,可能な範囲で手伝い(カテーテル挿入アシスト,医師監視下の採血,看護業務の補助)。基本的には単独行動で,自由に病院内の移動も可能。
12-14時:(原則的には)休憩時間。
14-17時:授業時間。TBL(Team Based Learning)やOSCE(Objective Structured Clinical Examination)等に費やされる。
17時以降:自由時間。図書室で勉強したり,病院に戻って患者さんの容体を見に行ったり,運動したりと人それぞれ(基本的にアルバイトをする学生はいない)。
◆家庭医学
8-12時:クリニックで,講師のFamily medicine specialistから問診・触診の方法,コミュニケーション術を学ぶ。患者の一人ひとり異なる生活背景を考え,どのようにマネジメントやアドバイスを行うのが適切であるか,一緒に回るグループメンバーで考える機会も設けられる。
※12時以降は,上記と同様のスケジュール。
実在する症例を用いて,TBLで学びを深める
3-4年生の実習期間中,TBL形式の講義も行われます。1-2年次との大きな違いは実在する症例を用いる点で,講義で扱うテーマに沿った症例を,学生自身が持ち回りで実習先から探し出し,ケーススタディとして考察しています。
例えば,外科TBLで「黄疸」がテーマの場合,学生は異なる疾患で黄疸の見られる症例(4例程度)を実習先から集めてきます。そして当日,集まった中から一つの症例を基に,約20人のグループで診断学・症候学・生理学・解剖学等の観点から疑問点を挙げながら討議を行い,共有できる知識を紹介し合います。その後,あらためて学生から黄疸の総論(診断方法,疫学的観点からの分析,生理学による症状の説明,処置方法など)がプレゼンされ,授業をまとめる……といった形式で進められます。もちろん,補足が必要な点は教員によるフォローやフィードバックもあります。しかし,この時期になると学生もプレゼン・質疑応答に慣れ,限られた時間の中でも学生自身で内容の濃い授業をつくることができていると思います。
試験も多様な形式で行われる
IMUの試験は多項選択式(Multiple choice question)に限らず,多様な形式で実施されています。例えば,OSPE(Objective Structured Practical Exam)という,心電図・X線写真から答えとなる所見を答案用紙に書き込むスタイルの筆記試験。他には,MEQ(Modified Essay Question)という試験もあります。これは先述したPBLが試験になったようなイメージで,Triggerが記載された用紙を1枚ずつ渡され,それぞれの段階の症状・疾患の解説,検査結果の考察,必要な処置・検査等について解答していく試験です。
こうした筆記試験の他,実技試験としてOSCEも行われます。模擬患者と試験官のいる約12のステーションを,学生は1ステーションにつき5分程度で全て回ります(3-4ステーションは休息所)。例えば「患者の視野を調べよ」といった問題が出されると,学生は患者の視野を診察を通して調べます。仮に「両耳側半盲がある」と答えるとすると,「実施すべき3つの検査は?」「どういう処置が必要?」と引き続き試験官から質問されるので,そちらにも答えていく,という形で学生の実践力を測っています。
研修医の先を見据える5年生
研修医目前となる医学部5年生の病院実習は,医師の仕事に慣れるだけでなく,研修医からさらに先のステップを意識させる内容です。産婦人科実習であれば,英国の産婦人科専門医(MRCOG)の試験から抜粋した問題――10人の異なる患者に対し,どのようなクリニカル・ロジックを用いて優先順位を決め,スタッフを割り振り,リスクを最小にするか――などを扱うこともあります。もちろん医学生の段階で完璧にこなすことは期待されていませんが,こうした場面を想定することが,ハイレベルな医療を意識付けるきっかけになると感じています。また,実際に患者さんを診るときも,問診・触診による診断,マネジメントプランの立案の方法だけでなく,疾患発症の背景やその予防策等,公衆衛生の視点を取り入れた指導も受けています。
*
マレーシアの医学教育は,先進国と並ぶレベルではないと思います。ただ,途上国ならではの「こだわらない姿勢」が利点として存在するのではないでしょうか。米国の良い点(Family medicine specialistの概念,Residency systemの導入など),英国の良い点(OSCEやPBLの養成システムなど)といった先進国の取り組みを,自国の既存のシステムにとらわれず柔軟に導入することができていると思うのです。
マレーシアの国柄か,実習をしていると典型的な疾患だけでなく,先進国ではもはや“稀”となった疾患とめぐり会う機会も多くあります。「そんな珍しい疾患を診てどうなる?」と思うかもしれませんが,それらの疾患を通し,私は身体構造や病態,生理学の奥深さをあらためて感じてしまいます。さらに言えば,発症頻度を問わず,どのような疾患の患者も,一人ひとり独自のストーリーを抱えていることを実感でき,患者さんの診察がこんなにも楽しいものなのかと認識せずにはいられません。
IMUでは,患者の抱える多様な問題に向き合える医師の養成に適した教育が実践されているのではないでしょうか。
◆IMU開学35年の歴史上,初めて日本人として入学・卒業することになるのが,阿部竜起君です。彼の実体験を見聞きすると,“昇り龍”と表現できるほどに進化するASEAN諸国の医学教育が,いかにチャレンジ精神に富み,勤勉な医学生の集う学びの場であるかを再認識します。世界標準にマッチしやすい英語標準の医学教育,日本と異なる医療環境,附属病院ではなく地域病院で臨床を学ぶ意義(もちろん限界もあるが)等が,マレーシアの医学教育の強みなのでしょう。近代医学150年の歴史を持つわが国が直面している,国際認証に耐えうる教育への改革を実現するにあたり,身近なアジア圏から得るものもあるのだと思います。
箕輪良行(聖マリアンナ医科大学病院救命救急センター長/臨床研修センター長) |
阿部竜起氏(左) 2009年IMUに入学。現在,5年。「患者を中心とした医療の実践者を,そして仕事の大小にかかわらず,人の役に立てる思いやりのある人間をめざし,日々精進しています!」(写真は,今冬,視察に来られた箕輪氏と)。 |
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