医学界新聞

連載

2014.02.03

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第262回

米スポーツ界を震撼させる変性脳疾患(2)

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


3060号よりつづく

 前回のあらすじ:元NFL選手の脳に認められた広範な異常と脳震盪との関連を論じたベネット・オマル医師の論文に対し,NFLの専門委員会は「データも文献の解釈も間違いだらけ」として,その撤回を求めた。

 科学の領域において,論文に対する反論が掲載誌に寄せられることは驚くに値しない慣習であるが,論文の内容を全否定した上で撤回を求めたNFLの反応は極めて異例なものであった。NFLは,なぜ「超急性拒絶反応」ともいうべき強硬なリアクションを示したのだろうか?

 撤回要求を執筆したのは,NFLが「脳震盪に対する科学的調査と対策を進めるため」として,1994年に設立した「Mild Traumatic Brain Injury Committee(以下,MTBIC)」の委員たちだった。NFLが拒絶反応を示した理由をご理解いただくために,まず,この委員会が設立された経緯から説明しよう。

大統領自らルール改正に乗り出した過去も

アメリカン・フットボールは,肉体と肉体とが激しくぶつかり合う迫力を「売り」として人気を集めてきたスポーツである。伝説的名コーチ,ビンス・ロンバルディの言葉を借りるならば,「contact sports ではなくcollision sports」なのであるが,collision sportsの宿命として,選手がさまざまな外傷を負うリスクは他のスポーツと比べて著しく高い。1905年にセオドア・ルーズベルト大統領がホワイトハウスでフットボールの安全性を向上させるための「緊急サミット」を開催した事例は有名であるが,この年,頭部外傷で死亡する大学選手が続出,「危険なスポーツだから禁止しろ」とする運動が高まったことが開催の理由だった。大のファンだった大統領が「フットボールを救う」目的で開いたサミットでは,肉体同士のぶつかり合いを減じるべくさまざまなルール改正が行われた。例えば,スピードの重要性を高めるためにファーストダウン獲得に必要なヤード数が5から10と倍に増やされただけでなく,ボールを前に投げてよい「フォワードパス」のルールが導入されたのだった。

 一方,その後,頭部外傷を減じるためにヘルメットの着用が義務付けられるようになり,その材質・意匠の改良も続けられた。しかし,ヘルメットは,頭蓋骨折等の「外部」のけがを防ぐには有効な防具ではあり得ても,頭蓋内で脳が激しく揺さぶられる脳震盪を防ぐご利益は限られている。しかも,皮肉なことに,ヘルメットが「頑丈」になるにつれてぶつかり合いはますます激しさを増した。さまざまな方策が講じられてきたにもかかわらず,NFLにおける脳震盪の危険が大きく減じることはなかったのである。

 MTBICが設立された94年は,マスコミが「脳震盪のシーズン」と呼ぶほど,スター選手が試合中に脳震盪を起こす事例が頻発した。当然のことながら,その危険性についての関心が著しく高まったのであるが,NFL機構は終始一貫して「脳震盪の頻度は昔から変わっていないし,危険性が高まった事実はない」とする立場を取り続けた。

NFLの姿勢

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