医学界新聞

連載

2014.01.20

在宅医療モノ語り

第45話
語り手:くっきり線引き,お任せください 
インフルエンザ迅速診断キットさん

鶴岡優子
(つるかめ診療所)


前回からつづく

 在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりであるが,往診鞄に特別な関心を持ち全国の医療機関を訪ね歩いている。往診鞄の中を覗き道具を見つめていると,道具(モノ)も何かを語っているようだ。今回の主役は「インフルエンザ迅速診断キット」さん。さあ,何と語っているのだろうか?


これで人間ひとりの線引き分
「写真撮影のためにキットを開けるのがもったいない」なんて言ったら,タイミングよく熱発者が出現。医療者だって人間だもの。判定終了を示すCの部分だけに線がつき,A型もB型も陰性。「お仕事よし」の線でした。
 希望者にはワクチンを接種したし,準備万端! なんて安心したのもつかの間,インフルエンザが流行する季節がやってきました。「手洗い・うがいに,マスク」と呪文のように唱え,「人混みを避けるように」と言われても,学校,職場,デイサービスと,皆さん,人混みの中で生きています。

 私はインフルエンザ迅速診断キットです。一応,往診鞄の中の一軍選手なのですが,夏はほとんどオフで,冬の時期だけ働く季節労働者です。急な発熱で,状況的にインフルエンザ罹患が疑われたときこそ,私が活躍できる場面。一連の診察を終え,体温が38度以上あるか,熱が出て数時間経っているかなどがチェックされてから,やっと私の登場となります。

 ザイタクの場合,患者さんの発熱原因の予測がつくケースも少なくありません。例えば経尿道的カテーテルが入っていて尿路感染症を繰り返している方。たいてい,私の出る幕はありません。ただ,冬になるとインフルエンザらしくなくても「もしも」に備え,私がくっきりと線引きさせていただくことがあるのです。

 本当にくっきりできるのかって? こう見えて感度,特異度90%以上,インフルエンザウイルスの抗原を検出するキットなんですよ。検査のときは,まずスワブで患者さんの鼻腔内をグリュグリュッと擦ります。鼻腔吸引液や咽頭拭い液でも検体は採れますが,鼻腔拭い液が一番いいようなのです。それから,そのスワブを検体浮遊液に溶かして試料の調整。その後は,ろ過フィルターにこの試料を3滴垂らして,待つこと約8分。すぐに検査結果をお伝えすることができます。準備を含めても15分あれば検査でき,インフルエンザのA型かB型かも判別可能ですし,健康保険も適用されています。

 常温で持ち歩きOKの私は,普段,鞄の中で過ごしています。でも,検査を行う場所には注意が必要です。私の添付文書には「15-30度の室温で8分待つように」と,条件が書かれています。診療所や病院の中ならば確かに普通の室温なのでしょうけれど,ザイタクではそうはいきません。日本古来の家屋で暖房が効いておらず,15度以下の状況になることも“普通”にあるのです。医療スタッフもダウンジャケットを脱げず,息を白くさせながら診療やケアに当たるお宅もあります。

 先日お邪魔したお宅もそうでした。発熱を理由に,ご家族からの臨時往診の依頼を受けて医師が訪問すると,患者さんは「どうして来た? 大げさだ」と少し怒った口調。体温は38.8度。呼吸器症状はなく,どこが発熱源かはっきりせず,関節痛はあるようです。「インフルエンザが心配なんです」。電話をかけてきた娘さんの言葉を受け,医師もそそくさと私を取り出して準備に取り掛かりました。「ワシは外に出ない。インフルエンザにかかるわけがない」と患者さん。それもそうだなあ……そんな空気が流れると,娘さんが主張します。「おじいちゃんが出掛けなくても,孫が学校に行くでしょ。今だって学級閉鎖中なのよ」。なるほど。医師も手を再び動かし始めました。「ワシには関係ない。薬だって飲まない」。娘さんと患者さんの押し問答中,医師は手を止めて考えます。薬を使わないのであれば,検査で線引きする必要もないか。いや,むしろ検査をしてみて,陽性だったら患者さんに治療を勧めようか……? と,その瞬間,患者さんが高らかに宣言しました。「ワシのカラダはワシがわかる。ほっといてくれ!」。はあ。娘さんと医師の吐く息は白く,あきらめムードが流れ,私は往診鞄の中へ片付けられました。

つづく

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