医学界新聞

連載

2013.12.09

在宅医療モノ語り

第44話
語り手:今年も最新情報が満載です 
インフルエンザ予防接種予診票さん

鶴岡優子
(つるかめ診療所)


前回からつづく

 在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりであるが,往診鞄に特別な関心を持ち全国の医療機関を訪ね歩いている。往診鞄の中を覗き道具を見つめていると,道具(モノ)も何かを語っているようだ。今回の主役は「インフルエンザ予防接種予診票」さん。さあ,何と語っているのだろうか?


チーム・ワクチンの皆さんと
予診票が渡され,2週問後の訪問で,「あらまあ,どこかしら? ないわねえ」となってしまうお宅も少なくありません。「体温は朝測ったけど,何度か忘れたわ。あれ,体温計はどこ?」。これもよくある話。シーズン中は,私を含めてチーム一丸となって働きます。
 秋の訪れとともに市役所の健康増進課から診療所に参りました。私は予診票と申しまして,2枚複写のできるA4サイズの紙です。高齢者インフルエンザワクチン接種費用助成事業の案内で,説明書と接種済証と同封されて来ました。

 このあたりでは満65歳以上の患者さんが助成の対象になります。今年の市民負担額は1300円で,去年より200円の値下がりです。インフルエンザワクチンは任意接種ですが,高齢者や基礎疾患のある人,集団感染の可能性がある人は接種が推奨されています。こちらの診療所では,10月に入って接種希望者に私が渡され,11月の訪問診療のときに接種,がよくあるケースのようです。多くの訪問診療は2週に1度のペースなので,チャンスが限られています。接種繁忙期のころは急に気温が下がるため,体調を崩される方も少なくありません。接種予定日の朝に体温を測ってもらい,私にご記入いただきます。その他,現在の病気,薬,既往歴,鶏卵や鶏肉などのアレルギー,けいれん歴なども書いてもらいます。

 実は私,期待以上に情報満載のすぐれものなんです。例えば,こんな具合です。まず,「患者さん本人がこれを書けたか」どうかのチェック。家族や代理人が書いたとすれば,誰が書いたのか。その書いた人は現在の患者さんの病状をどのように把握しているか。こうしたことまで,このA4の1枚からわかります。被接種者自署の欄も注目ですよ。「去年は書けていたサインが,今年は書けなくなっていないか」の確認・分析ができます。目が見えないのか,漢字を忘れたのか,サインの意味がわからなかったのか。在宅医は自署欄を眺めながら考えをめぐらせていると言います。

 情報は紙に書かれている文字だけではありません。患者さんの周辺情報も在宅医に届くチャンスなのです。ある日,在宅医が予防接種の話を患者さんに持ちかけると,「デイサービスの職員が『打ってもらった?』としつこいんだよ。アタマきた。俺は打ちたくねぇよ」。穏やかではありませんねえ。これは少し詳しくお話を伺わなくてはいけません。別のお宅ではこんなこともありました。声を掛けてきたのは,父親を介護している娘さん。「先生,今年は私も一緒に予防注射お願いできます?」。在宅医は1年前のことを思い出します。娘さんは60歳代で,確か高血圧で近医に通っていたはず。急にどうしたのかな? 在宅医は私を手渡しつつ,話をうながします。「最近大きい病院に移ったんですよ。何か血液の病気があったらしく,紹介されて……。でも,病院だと予防注射のことまで相談しにくくて。だから受付で聞いたら,そこの病院ではやってくれないんですって」「なるほど。ちなみに病気の名前は何と?」「忘れちゃったけど,お薬はもらっていて……」。娘さんはごそごそとお薬手帳を探し始めました。「去年まではかかりつけ医で予防注射を?」「実は勧められましたけど,結構お値段するのでやりませんでした」「年はおいくつでしたっけ?」「私,若く見えますけど,もう60歳超えているんですよ」。60歳超えはわかっていますけど,65歳超えもしてるんじゃ……と,在宅医は口から出かけた言葉を止め,若く見えることだけに同意して,娘さんのお薬手帳と保険証の出番をゆっくり待つことにしました。

 私をきっかけに,患者さんとその周囲の情報をチラチラと垣間見ることができます。インフルエンザ流行前の年内に,大急ぎで情報収集して,できる備えをしたいものですね。

つづく

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