医学界新聞

連載

2014.01.13

診断推論
キーワードからの攻略

広く,奥深い診断推論の世界。臨床現場で光る「キーワード」を活かすことができるか,否か。それが診断における分かれ道。

■第1回……パジャマを着たまま外出

山中 克郎(藤田保健衛生大学 救急総合内科教授)


【症例】

 66歳,男性。本日22時頃,階段を上っていると急に左下肢が動かなくなり,左指尖のしびれを自覚。スポーツ飲料水を飲んだら症状は軽快したが,呼吸が苦しく,両耳側の視野が狭くなったために救急車で救急室を受診した。

 家族によれば,6か月前から,起床時は朝食をとるまでボーっとしていることも多かったという。2か月前からは寝起きが悪化。また,早朝に大声を出したり,壁を蹴ったりしたほか,パジャマを着たまま外を歩いていたこともあったといい,昨日は当院精神科を受診していた。身体所見に異常はなく,症状もほぼ消失したので,「一過性脳虚血発作(transient ischemic attack : TIA)」と診断し,経過観察入院とした。

 ところが翌朝8時30分,「血糖値33 mg/dLです!」と病棟看護師からの報告。50%ブドウ糖液40 mLを何度か静注して対応しているが,低血糖は遷延している……。

[既往歴]夢遊病(4歳),脳梗塞(8年前,左中大脳動脈領域),慢性腎不全(6か月前から血液透析中)
[内服薬]〈1日量〉メインテート®(5)0.5T/1×1,シベノール®(100)2T/2×1
[生活歴]たばこ(-),酒(-)
[来院時バイタルサイン]体温37.2℃,血圧136/82 mmHg,心拍数78回/分,呼吸18回/分,SpO2 99%(酸素5L/分)
[その他]意識:清明,身体所見:大きな異常なし,来院時の血糖値85 mg/dL

……………{可能性の高い鑑別診断は何だろうか?}……………


 問診と基本的な身体所見だけで,80-90%の症例は診断をつけることが可能だと言われている。しかし,慌ただしい臨床現場において,より早く,そして正確な診断を行うことは決して容易なことではない。それを実現するためには,何が求められるだろうか。まず,主訴・病歴・身体所見・検査結果等の情報から,診断を下すためのヒントとなる"キーワード"をいち早く拾い上げることである。さらに,その拾い上げたキーワードを軸に,「ここで想定できる鑑別診断は何だろう」と考え,数個の鑑別診断名を想起すること,つまり"キーワードからの展開"が何よりも重要になるのだ。

 注意すべき点は,想起できる鑑別診断が多くなりすぎてしまう項目は有効ではないということだ。例えば,「発熱」をキーワードとすると,想起すべき疾患が多すぎて,鑑別診断の絞込みが困難になるのは想像に難くない。適度にフォーカスが絞られたものこそがキーワードとなり得る。

 本連載では,症例を基に,一連の情報から何を"キーワード"とすべきかを示し,さらにそのキーワードから想起すべき鑑別診断を「リスト」にして提示する。これらは覚えておきたいものばかりだ。診断を行うまでの思考過程を追体験しながら,診断推論力を鍛えてほしい。

キーワードの発見⇒キーワードからの展開

 さて,今回の症例に戻る。なぜ低血糖が治らないのだろう。そこで着目したいのが,「6か月前から,起床時は朝食をとるまでボーっとしていることが多かった」という病歴である。そもそも,これも低血糖が原因だったとは考えられないだろうか。だとすれば,早朝に大声を出したり,壁を蹴ったり,パジャマを着たまま外を歩くことがあったというエピソードも,夜間の低血糖を原因とした異常行動と考えられる。搬送前にスポーツ飲料水を飲んで症状が軽快した点も,低血糖が改善されたからだと考えれば説明もつくだろう(ちなみに某スポーツ飲料水は,糖:33.5 g/500 mL,糖度:6.7%と,意外に多くの糖分が含まれているのだ)。つまり,本症例は,6か月前から,持続的に低血糖状態が見られていたと疑えるのである。

 では,この「持続する低血糖」というキーワードから展開していこう。「持続する低血糖」では,表1の鑑別診断(1)-(10)を想起する必要がある。これらの疾患を思い浮かべることができれば,おのずと追加で確認・問診すべき項目や,身体所見も明らかになってくるだろう。いくつか挙げれば,

・内服中の薬剤やアルコールの摂取歴
・敗血症を起こす感染症を示唆する症状や身体所見
・肝硬変や肝炎の既往,胃の手術歴
・直近の食事内容

 上記のあたりはもう一度確かめておきたいところだ。また,「(2)敗血症」を疑う場合,血液培養2セット,胸部X線写真,尿(一般,培養)検査,肝機能の評価のためにはコリンエステラーゼ,アルブミン,PT/APTT検査をオーダーしておく必要もあるだろう。

 なお,頻度の低い(8)-(9)の疾患は,(1)-(7)がすべて否定されてから検査を行うのが現実的と,付け加えておきたい。

表1 「持続する低血糖」から導くべき鑑別診断リスト(救急室での頻度順)1)
(1)薬剤性……経口糖尿病薬,インスリンなど
(2)敗血症……ブドウ糖需要増大,食事量不足,肝血流減少が関与
(3)副腎不全/下垂体機能不全……重症感染症時には相対的副腎不全も起こる
(4)ダンピング症候群(胃切患者)……糖が非常に早く吸収され,インスリンが過剰に分泌される
(5)アルコール性……肝臓での糖新生を阻害する
(6)肝硬変……肝臓のグリコーゲン貯蔵量が低下する
(7)絶食
(8)インスリノーマ……有名だがまれ
(9)自己免疫性……インスリン自己免疫症候群,インスリンレセプター抗体
(10)詐病性……インスリン自己注射など

最終診断と+αの学び

 この日,患者は血液透析を受ける予定があったため,腎臓内科にコンサルトを依頼した。すると,腎臓内科の見解は「抗不整脈薬(シベノール®)による低血糖誘発を疑う」というものであった……! あらためて薬剤歴を確認してみてほしい。「シベノール®(100)2T/2×1(1日量)」とあるではないか。このシベノール®,血液透析ではほとんど除去されないために血中濃度が急激に上昇することが知られ,低血糖などの副作用を引き起こすおそれがあるために,血液透析患者には禁忌となっている薬剤である。実際,この患者のコハク酸シベンゾリン血中濃度を測定したところ,1293 ng/mL(基準値70-250)と高値を示した。

 また,患者の血液透析を開始した時期を確認すると,「6か月前」とある。患者が「起床時は朝食をとるまでボーっとしている」という症状を認識し始めた時期とも一致するではないか。なるほど,本症例は,薬剤性低血糖の状態が6か月にもわたって続いていたということだったのか!

[最終診断]
シベノール®による薬剤性低血糖

低血糖を起こすおそれのある薬剤
 意識障害の患者が救急室に搬送された場合,まずは血糖値のチェックを行おう。脳におけるグルコースの分布は均一ではないらしく,低血糖でも片麻痺などの脳梗塞様症状(巣症状)が起こる。救急室に来院する低血糖患者のほとんどは,スルホニル尿素薬(SU薬)やインスリンが原因と考えてもいい。作用時間の長いインスリンやSU薬が低血糖の原因とわかれば,入院経過観察が必要である。救急室で血糖の補正を行って帰宅させるだけでは,自宅で低血糖発作を再発する危険性もあるからだ。SU薬は作用持続時間が6-24時間と長期にわたることを考えると,高齢者や肝障害・腎障害患者への処方は,かなり慎重に行うことが求められるとも言える。

 なお,糖尿病治療薬以外にも低血糖を起こすおそれのある薬剤があることはあまり知られていないが,この機会に見直そう。表2を参考に,早急に原因を追及する姿勢を持ってほしい。通常,血糖が下がると体内で血糖を高める作用のあるホルモン(グルカゴン,副腎皮質ホルモン,成長ホルモン,カテコラミン)が動員される。にもかかわらず,低血糖が持続するのはかなりの異常事態。低血糖は,生存を脅かすほどの"エマージェンシー状態"なのである。

表2 薬剤性低血糖を起こす代表的な薬剤2-3)
・抗菌薬(ニューキノロン,ST合剤)
・降圧薬(ACE阻害薬,利尿薬)
・NSAIDs
・睡眠薬(ベンゾジアゼピン系)
・抗精神病薬(リチウム,ハロペリドール)
・抗不整脈薬(シベンゾリン,ジソピラミド,リドカイン)
・抗てんかん薬(フェニトイン)
・H2受容体拮抗薬
・ワルファリン

Take Home Message

やっぱり薬剤歴には注意が必要。知らないうちに,医師が病気を作っていることもあるのだから。

参考文献
1)Hypoglycemia. Medscape.
⇒MedscapeのeMedicineを筆者は愛用している。UpToDate®やDynaMedを施設で契約していればそれらを使えばいいのだが,個人利用であれば無料のeMedicineが懐に優しく,使いやすい。さまざまな臨床の疑問にも答えてくれるのでオススメ。
2)Murad MH,et. al. Clinical review : Drug-induced hypoglycemia : a systematic review. J Clin Endocrinol Metab. 2009 ; 94 (3) : 741-5.
⇒薬剤性低血糖に関する448の研究に基づくシステマティックレビューである。
3)日本糖尿病学会.糖尿病専門医研修ガイドブック改訂第5版.診断と治療社;2012. p 321-30.
⇒日本糖尿病学会による糖尿病専門医試験のための公式ガイドブック。コンパクトに最新知識を学ぶことができる。

つづく


山中克郎
1985年名大医学部卒。米国シアトルでの免疫学基礎研究,国立名古屋病院血液内科/HIV診療,UCSF(カリフォルニア大サンフランシスコ校)一般内科研修,名古屋医療センター総合内科を経て,2010年より現職。

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