Young Invinciblesをめぐる攻防(李啓充)
連載
2013.12.23
〔連載〕続 アメリカ医療の光と影 第260回
Young Invinciblesをめぐる攻防
李 啓充 医師/作家(在ボストン)(3055号よりつづく)
アンクル・サムは米連邦政府を擬人化した架空のキャラクターである。通常,星柄のシルクハット・赤色の蝶ネクタイ・紺色の燕尾服・紅白縦じまのズボンを身にまとった白髭の男性であるが,いま,日本ではやりの「ゆるキャラ」の先駆け的存在と言えば言えないことはない。
しかし,日本のゆるキャラが郷土愛を象徴する愛すべき存在であるのとは違い,アンクル・サムの場合,しばしば,米連邦政府に対する嫌悪感・反感を投射する対象としてネガティブに使われることも多い。例えば,最近ある保守派グループが作成した反オバマケア・キャンペーン用のTVコマーシャルにも,アンクル・サムが「悪役」として登場する。このグループが作成したコマーシャルは,登場人物の男・女の別によって2つのバージョンがあるのだが,女性版は以下のようなストーリーとなっている。
若年層をターゲットとした反オバマケア・キャンペーン
オバマケアのおかげで医療保険に加入することができた若い女性が医師を受診する。指示に従ってガウンに着替えて診察台で待っていると現れたのはアンクル・サム。しかも,その顔つきはいかがわしさをふんだんに漂わせた悪人面である。おぞましさに身をよじらせる患者に対してアンクル・サムが内診を施行しようとするところで画面が切り変わり「政府に医師の役をさせてはいけません。オバマケアに加入するのはやめましょう」とするメッセージが映される(男性版は内診の代わりにアンクル・サムが直腸指診を行うという設定となっている)。
あざとさが鼻につくこのコマーシャルを作成したのは「Generation Opportunity」なる政治団体である。そのスポンサーはティー・パーティー運動等の保守派政治活動に多額の資金を提供してきたことで知られる大富豪のコーク兄弟とされているが,このコマーシャルが若年層をターゲットとして作成されたものであることは一目瞭然である。
Generation Opportunity は,TVコマーシャル以外にも,若年層を対象としたさまざまな反オバマケア・キャンペーンを展開している。例えば,カレッジ・フットボールの試合日に合わせて大学構内にキャラバン隊を派遣,ショーツ姿の女性にビールやピザを配らせることで人寄せをした上で,「オバマケアに加入してはいけません」とする情宣活動を繰り広げているのである。
では,なぜ,保守派グループが若年層に焦点を絞った反オバマケア活動に躍起になっているのかというと,その理由は18-35歳の若年層が多数加入するかどうかにオバマケアの命運がかかっているからに他ならない。
米国の無保険者約4800万人のうち,若年層はほぼ4割を占めると言われている。若年層は収入が少なく保険購入の経済的余裕がないことに加えて健康に自信があるため保険加入に対するインセンティブも小さい。この年代がなぜ「Young invincibles」と呼ばれるのかというと,その理由は,「自分は病気でないからまだ保険に入らなくとも大丈夫」と判断して意図的に無保険となる道を選ぶ若者が多いからに他ならない。
オバマケア支持派にも秘策
しかし,医療保険が制度として成り立つための必須条件が「元気な人がたくさん加入してお金を払う」ことにあるのは言うまでもない。オバマケアの公費支援によって低収入の若者たちに保険加入の道を開いたというのに,もし,彼らが「病気をしないから大丈夫」と意図的に無保険であることを続けた場合,新規保険加入者は「若くない有病者」に偏ることとなり,保険会社はその保険料を値上げせざるを得なくなる。「Young invincibles」が無保険である道を選び続けた場合保険料が急速に高騰することは避けられず,「オバマケアのせいで誰も保険に入れなくなった」という悪夢のような事態が起こりかねないのである。
だからこそ「オバマケアつぶし」を最優先課題とする保守派は若年層を対象とした保険非加入運動を繰り広げているのであるが,これに対してオバマケア支持派も決して手をこまねいているわけではない。若年層を直接のターゲットとした加入運動を大々的に展開しているのはもちろんであるが,彼らが「秘密兵器」と期待して積極的に働き掛けているのが若者たちの母親である。世の中に子どもの健康を案じない親はいない上,「若者たちの医療・健康上の判断・行動にもっとも大きな影響を与えるのは母親である」ことはデータも明瞭に示している。しかも,財政に余裕のある親の場合,子どもたちの保険料を肩代わりすることもいとわないから一石二鳥の成果を挙げることも可能である。いわば,「Young invinciblesを射んと欲すれば先ず母親を射よ」とする戦術が採用されているのである。
(つづく)
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