医学界新聞

連載

2013.12.09

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第259回

大統領の「公約違反」

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


3053号よりつづく

 前回前々回と,オンライン医療保険交易所の機能不全で,オバマケアが「船出」と同時に大嵐に見舞われた事情を説明した。オバマ政権の「準備不足」が厳しく批判されたのは言うまでもないが,政権の苦境にさらに輪をかけるかのように,いま,オバマの「公約違反」が問題となっている。

「オバマにだまされた」と怒る声

 ここ数年間,オバマは,ことあるごとに「オバマケアが始まっても,それまで加入していた保険を失うことはないから安心してください」と国民に保証してきた。ところが,医療制度改革法の全面施行が2014年から始まるといういまになって,「新法の要件を満たさないのであなたの保険は無効となる」と加入していた保険をキャンセルされる国民が続出。「オバマにだまされた」と怒ることになったのである。

 以下,「オバマケアを支持してオバマに投票したのにだまされた」と怒る女性(55歳)の実例を,11月12日付けのロサンゼルスタイムズ紙から紹介する。彼女が加入していたのはいわゆる「カタストロフィー用保険」であった。保険料は毎月224ドルと格安である一方で,デタクティブル5000ドルとかデタクティブル後の患者負担率40%とか自己負担額が大きい上,産科医療・精神科医療には保険が給付されない等サービス内容が比較的貧弱なタイプの保険である。この手の保険は,持病がなく健康に自信のある人が「万が一大病になったときの備え」用に加入することが多く,「『掛け捨て』に限りなく近い医療保険」といえばわかりやすいだろうか。

 一方,オバマケアの眼目の一つは「消費者保護」であり,保険会社に対して,有病者の保険加入を拒否したり一方的に保険をキャンセルしたりする行為を禁じる一方で,給付内容についてもその充実を図るために一定の要件を満たすことを求めていた。換言すると,旧来の「掛け捨て型医療保険」は実質的に運用できない決まりとなったのである。

 かくして,上述の女性も「あなたの加入している保険は新法の要件を満たさないのでキャンセルされる」とする通知を受け取ることになったのであるが,しかも,彼女の場合,収入が多すぎて公費支援を受けることはできなかった。「自分には必要のない産科や精神科の給付が含められたりしたせいで,いままでよりも毎月の保険料が200ドルも高くなった。オバマにだまされた」と怒ることになったのである。

「例外条項」適用の国民自体が「例外的存在」という落とし穴

 では,なぜ,オバマが「オバマケアが始まってもあなたが加入している保険はキープできるから安心してください」と言い続けてきたのかというと,それは,2010年に成立した医療制度改革法には,「それまでと同じ保険に加入し続ける場合,新法が定める保険給付等の要件を満たす必要はない」とする「例外条項」が入れられていたからだった。オバマとすれば,「新法に例外条項を入れてあるから大丈夫」と信じ切って国民にも「安心してください」と説明してきたのであるが,ここで「落とし穴」となったのは,「同じ」と認定されて例外条項の適用を受けるためには,「2010年の法律成立時を基準として同じ」と定めていたことだった。というのも,米国では,保険会社が商品の内容をめまぐるしく変えることが常態化してきたため,新法制定から3年以上たったいま,「同じ」保険に加入している国民はごく限られた存在となっていたからである。いわば,「例外条項」の適用を受けることのできる国民自体が「例外的存在」となってしまっていたのである。

 オバマが保険をキャンセルされた国民から「嘘をついてだました」と非難されるに至ったのには以上のような背景があったのだが,11月14日,ホワイトハウスは「現在加入している保険については1年間新法の給付要件を満たさなくともよい」とする「とりあえず」の解決策を提示した。これに対して,保険業界は「ゲームが始まった後になってルールを変えるな」と反発,オバマケアの船出をめぐる混乱は一向に収まる気配がないのである。

つづく

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