医学界新聞

連載

2013.11.11

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第257回

オバマケアの船出(1)

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


3049号よりつづく

 保守・共和党が予算を人質に取ってオバマケアの「骨抜き」を画策したがために,10月1日,米連邦政府機関が一部閉鎖される事態に至ったことは前回述べたとおりである。皮肉なことに,一部政府機関が閉鎖に追い込まれた10月1日は,オバマケアが実質的な「船出」を遂げた日でもあった。無保険者が医療保険に加入することができるウェブサイト,「healthcare exchange(医療保険交易所)」の運営が開始されたのである。

 米国の医療保険の主流は被用者保険であるが,雇用主と被用者の保険料負担割合がほぼ1対1となっている日本と違い,雇用主が3対1とか2対1とかの割合で保険料を負担することが普通となっているため,被用者の保険料負担は比較的軽いものとなっている。これに対して,雇用主が医療保険を提供しない中小企業被用者や自営業者の場合,保険料が全額自己負担となる上,保険会社が大口顧客の大企業・自治体等に適用する保険料ディスカウントの恩恵にあずかることができないため,オバマケアができる前は,大企業の従業員や公務員等と比べて何倍も高い保険料を払わなければならなかった。米国民の6人に1人を占める無保険者のほとんどは,「低所得者用の公的保険『メディケイド』の受給資格が生じるほど貧乏ではないけれども,自前で保険料を全額払えるほど豊かではない」階層の人々が占めてきたのである。

「無保険者救済」の実際について調査

 オバマケアの目的をひと言で要約すると,「無保険者の救済」となるが,カリフォルニア州が運営する「保険交易所」(以下,「Covered California」)を例として,「救済」の実際を見ることとしよう。

 Covered California にアクセスした州民は,住所(日本の郵便番号に相当するZIP code)・家族の数および年齢に加えて年収の入力を求められる。オバマケアにおける無保険者救済手段の眼目が,(1)メディケイドの拡大と,(2)メディケイドの適用を受けられない階層に対する保険料の公費支援の二つとなっているため,「年収」の情報が極めて重要となるからである。以下,架空の世帯主(年齢50歳・四人家族)になりすましてCovered California にアクセスした上で,1万ドルから11万ドルまで年収を1万ドル刻みで入力した際,どのような保険が加入可能となるかという実験を行ったので,その結果を報告する。

 まず,年収4万ドルまでは,自己負担がほぼ無料のメディケイドのみ,5-6万ドルでは,「メディケイドあるいは公費支援付きの民間保険」への加入がオファーされた。その後,7-9万ドルでは「公費支援付きの民間保険」,10万ドル以上では「公費支援のない民間保険」への加入がオファーされた。民間保険は保険料やサービスが異なる23の商品が提示されたのであるが,提示される23種の保険は,年収の多寡にかかわらず共通であった。おおざっぱに言うと,保険料の安い商品は,(1)デタクティブル(註1)を含めた自己負担額が高い上に,(2)ネットワーク内の医師・医療機関しか受診できない等の制約が強いタイプの保険であった(註2)。

いまだオバマケアつぶしに躍起の保守・共和党

 民間保険の保険料は「ピンからキリまで」大きな差があったのだが,Covered Californiaにおける年収別の保険料月額(最低額と最高額)を以下に記載する。

 年収が10万ドルを超えた時点で公費支援が消えたのであるが,オバマケアがなかったこれまでは,メディケイドの受給資格がない州民が保険に加入しようと思ったら,一番保険料が安いカタストロフィー用保険に加入するために毎月最低915ドルの保険料を負担しなければならなかったのである。しかし,オバマケアの公費支援のおかげで,例えば年収5-6万ドルの世帯は月額たった4ドルで保険に加入することができるようになったのだから,私から言わせるとこれほどの「善政」はない。しかし,「大きな政府はけしからん」と信じる保守・共和党は,もう船出までしたというのに,いまだにオバマケアつぶしに躍起となっているのである。

この項つづく

註1:デタクティブルとは,加入者が毎年一定額の医療費を自弁した後にはじめて保険給付が開始されるしくみである。例えばCovered California で一番保険料が安い保険では,デタクティブルは年額1万ドルに設定されている。
註2:保険料の安い保険は,大病になる等の危機的事態に備えるためのものであり,一般に「カタストロフィー用保険」と呼ばれる。

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