医学界新聞

対談・座談会

2013.11.11

【鼎談】

職域の「新型うつ」その診方と考え方

宮岡 等氏(北里大学医学部 精神科学主任教授)=司会
坂元 薫氏(東京女子医科大学医学部 精神医学講座教授)
松崎 一葉氏(筑波大学大学院医学医療系 産業精神医学・宇宙医学教授)


 職域メンタルヘルス対策において,話題の中心を占め続けるいわゆる「新型うつ」。学術的な定義についての検討が乏しい中,次々に現れる「新型うつ」と呼ばれる人々をどうとらえ,治療への道筋をどのように示せばよいのだろうか。今回は産業医としての経験も豊富な三人の臨床家に,職域における「新型うつ」の診方・考え方を議論していただいた。


「新型うつ」の位置付けとは

宮岡 いわゆる「新型うつ」という言葉が一般社会に浸透して久しいですね。医学用語でないことはご承知のとおりですが,特に職域において,便利に使われている印象があります。今日はこの診方・考え方について話していただくわけですが,まず一般的にどのような人々を表しているか,という確認から始めたいと思います。

坂元 一般的に言われるのは,職場で何かうまくいかないことがあって元気をなくし「うつ病」という診断がついていながらも,「抑うつ症状がそれほどそろっていない」「他罰的,他責的」「休職にそれほど抵抗感がない」,さらに「休職中に海外旅行に行ったりすることまである」といったところですね。

松崎 企業の人事・労務担当者,管理職が「新型うつだと思うんです」と言って相談に連れてくるのは「うつ病なのだから,本来“しおらしく”療養しているはずが,どうもそうでない」人たちです。従来の,エネルギーが枯渇してしまったうつ病患者に対する「十分に休養し,支援しつつ復帰を図る」というイメージに適合せず驚いてしまい,「新人類」とか「宇宙人」と同じような感覚で「新型うつ」と呼んでいる気がします。

宮岡 私も同様の印象です。では一方,精神科の診断体系からとらえると「新型うつ」とはどのように位置付けられると考えますか。

坂元 単一の診断カテゴリーに当てはまらない可能性がありますね。

 一つは内因性うつ病なのだけれども軽症であって,少々ワガママなことを言ったり,好きなことはできる,という側面がやや目立つ場合。また,双極 II型障害の場合も少なからずあって,軽躁の波が来ている数日のうちには,遊びや旅行に行けるケースもあると思います。統合失調症の病初期のうつ状態や,キャパシティを超えた過重労働やストレス満載の業務への適応障害,という可能性もあります。

 さらに,もともと発達障害のある方が職場の対人関係や就労環境になじめず,次第に抑うつ症状を呈してくるケースも,考慮すべきでしょう。

松崎 発達障害とは確定できないまでも,発達障害的な頑なさを持っている,いわゆる“空気が読めない”方というのは,確かに含まれます。同じように,何らかのパーソナリティのゆがみをベースに持っている方もいます。また気分変調症も,職域では多いですね。

宮岡 精神科の病名がほとんど出てきた感もあります。つまりはうつ病以外の疾患が多分に含まれており,その鑑別がきちんとできないまま「うつ病」とひとまとまりにされている。まずそういう現状が,一つあるのだと理解しました。

「最悪の事態を避けたい」気持ちが患者を増やす?

宮岡 一方で,従来はうつ病と診断されなかった軽症例までが「うつ病」と診断される,そういう過剰診断の問題も取り沙汰されています。

坂元 DSM(精神疾患の分類と診断の手引)による診断では,大うつ病エピソードの基準が緩和されて適用されていることもかなり多いですね。DSM-IV-TRで定義された9つの症状のうち5つ以上が認められるかどうかだけを考えていて,それぞれの症状が「ほとんど一日中」「ほとんど毎日」続くという限定句を満たすことが遵守されているか,という点には,確かに疑問を感じます。

宮岡 それらの条件を正確に当てはめると,大うつ病性障害に該当する人の数というのは,相当減るかもしれませんよね。

 診断を受け,抗うつ薬や診断書が出ることで,患者さんはさまざまなサポートを受けられるようになりますし,病名が付いて何となく安心したりもする。一方で,医療提供者側も抗うつ薬を多く処方することによって,経済的に潤う面があります。そういう背景が,診断を過剰気味にしているという傾向についてはどうでしょうか。

坂元 それは一概に否定できるものではありませんが,かつて展開された「うつは心の風邪」のような広告キャンペーンの反省も踏まえ,やみくもに診断をつけるケースは自戒されている気がします。私としてはむしろ,抑うつ症状を呈して援助を求めている人たちに対して,精神科医として突き放すことはできない,何とかして救いたいという気持ちから,やや過剰診断気味と自覚しつつも「軽いうつ病」と診断する。そういう状況があると思うのです。

 また,いわゆる電通事件()以降は雇用者側にも,社員の過労を見逃して,うつ病から自殺に至れば,安全配慮義務が問われるようになりました。なかには膨大な賠償金を支払ったケースもあります。元気のない人の背中を無理に押すのでなく,休ませたほうがいい,という考え方は,大企業が中心ながらも少しずつ共有されつつありますし,そのための制度や補償も次第に整ってきている。そうした状況に呼応して,うつ病という診断が付く機会が増えている面もあるでしょう。

宮岡 最悪の事態は避けたいという思いが医療者と雇用者,両者にあり,それが過剰診断につながっている,という考え方ができるということですね。

坂元 そうですね。ですから,診断を厳密に満たさないからうつ病ではない,と一律な診断をするのではなく,場合によってはある程度基準を緩和して適用することもあり得るでしょうし,重要なのは,そのことを自覚して診断を行う姿勢だと思います。

「病気」と「なまけ」の安易な二分を避ける

宮岡 他方で,「新型うつ」は「病気」ではなくて「なまけ」に過ぎず,うつ病と診断すべきではない,という意見も存在します。

松崎 精神科クリニックや精神科病院の敷居もかつてより確実に低くなっており,今までは一人で葛藤を抱えていても受診にまでは至らなかったような人たちが,医師の前に現れるようになったのは確かです。本人の訴えだけでなく,表情や動作などの非言語情報も含めた総合的な診立てが必須であることは,言うまでもありません。

 ただ,怠惰や詐病といった論調で乱暴に決め付け,診察の対象ではないとするのは正しい対応とは思えません。斎藤環先生が「社会の成熟と人間の成熟は反比例する」とよく言われていますが,成人するまで“何となく”生きられてしまう現代日本の成熟した社会で,未成熟なまま就職した人たちが初めて厳しい現実に直面し,困っている状況がある。そこを理解した上で,ラポールをきちんと形成し,「どうしたらこの状況を打開できるか,一緒に考えよう」という姿勢で臨むことこそが,重要ではないでしょうか。

坂元 うつ病の患者さんでも,夕方になると少し元気になるという症状の日内変動を示す人もいれば,週の後半になるとそれなりに状態がよくなるという人もいますよね。さらに回復期になれば「がんばれば仕事に行けそうだけど,まあ休んでしまおう」という心理は多少生じるものです。

 それを「なまけ」なら厳しく接してよくて,「病気」ならやさしく対応する,と単純に二分することそのものが,適切ではない気がしています。

宮岡 休み中に遊びに行くのも「気持ちが楽になるかもしれない」という期待からかもしれないし,「ちょっとよくなったから行ってみよう」と回復度合いを知りたくなったからかもしれませんしね。

坂元 ええ。そういう事情を勘案せず,「新型うつ」=「なまけている」「休んで得をしている」というイメージを植え付けて,患者の家族や同僚に陰性感情を抱かせることは避けなければなりません。さらに治療者自身もネガティブに捉え,治療意欲を減退させていないか自戒する必要があります。

宮岡 二分して善悪をつけたがるのはやめ,あくまでも柔軟かつ支持的な対応を心掛けるべき,ということですね。

■復職までの具体的なイメージを描ける指導を

宮岡 困っている人には何らかの対処をすべき,という点は共有できました。具体的な対応としては,どうすべきですか。「休養」をメインにすべきでしょうか。

坂元 必ずしもそうとは限らなくて,大事なのは,毎日の生活リズムを崩させないことだと思います。そのためには残業を減らすなど労務管理によって工夫して負担を軽減しつつ,安易に休ませないほうがよいケースもあると考えています。

松崎 休職に至った場合も,ただ休むのではなく,その間どう過ごすべきかを指導しておくことが重要になってきます。私が産業医を務めている企業では,本人が強く拒否したり,よほどの重症でない限りは休職に入るときに面談をして,具体的なアドバイスを行っています。

宮岡 そこは主治医がもっとかかわるべきなのですが「とにかく薬を飲んで休んでください」というだけの場合も正直,多いですからね。

坂元 いきなり数か月の休みを与えられても,どう過ごしていいか戸惑い,その結果昼夜逆転し,さらにうつ病が遷延してしまうような方もいるでしょう。「毎朝の起床時間をなるべく一定に保つ」といった指導はもちろん,例えば「1日30分散歩に出る」「図書館で毎日1-2時間,本を読む」といった具体的な生活指導まで必要かもしれません。

宮岡 リワーク・プログラムなどへの参加も,勧めたほうがよいでしょうか。

松崎 リワーク・プログラムを経て復職を果たし,安定して働けている人たちに聞くと,ピアグループが効果的だった,という声は多いですね。自分の気持ちに共感してくれる人を見つけて,“同じ釜の飯を食べた”ような共有体験が,人格の成長につながっているようです。

 休みの間の過ごし方に加え,短時間勤務等,復職リハビリの手順や復職するときの手続きまであらかじめパースペクティブを示すことで,患者さんも復職に至るイメージが描きやすくなります。主治医の方にも,「とりあえず症状がなくなること」をエンドポイントにするのではなく「元の環境に再適応できる」というところまで意識した治療計画を考えてほしいと思います。

宮岡 回復してきたからといって,一律に「復職を許可する」といった診断書を出すだけの対応では不十分,ということですね。

松崎 ええ。職場環境や就労状況を可能な限り調べ,産業医やケースワーカーなど誰とどう連携し,どういう資源を使って復職させるのが最善なのかを,ぜひ考慮していただきたいです。

宮岡 診察に当たる精神科医が,本人の同意を得て会社の産業医や人事と積極的に話す,あるいはしっかり話を聞くという姿勢を持つことで,安易な診断は減るでしょう。あとは精神科産業医がもっと増えて,主治医とより詳細な議論ができる状況も,個人的には望んでいます。

元の環境で支援するか,適性を生かせる場所を探すか

宮岡 実際に復職させるときには,どういう対応をされていますか。

松崎 私は,基本的には,休職前の職場に戻ってもらうようにしています。短時間勤務などの復職リハビリを開始するときには,一過性にその都合がつきやすい職場に変えたりもしますが,できるだけ元の職場で支援担当者を決め,上司や先輩にも具体的な対応を助言して,早期復帰して現場でリハビリしていく。そういう戦略を取って当事者の成長が促されるようにしています。

宮岡 支援担当者を指導しながら,元の環境で支えていくということですね。

坂元 ただ,短期間に人を成熟させるというのはなかなか難しく,ともすれば支援担当者に負担がかかりすぎてしまうことはないでしょうか。私は,ある環境で弱さが目立ってしまう人を強く育てるというより,適性が生かせるところを探すという意味で,異動することを勧めています。

 「休職していた人には来てほしくない」と言われる場合もありますが,そこは産業医として事前に根回しをするなどして,うつ状態から回復し,彼らが最大限のパフォーマンスを発揮できる場所を見つけていくようにしています。

松崎 発達障害的な傾向のある方には,向いている場所を探してあげるほうがよいと思うのです。ただ,自己愛や回避傾向が強く人格が未成熟な方の場合,今いる場所で,自己愛が傷つかないよう保護的に対応していくと,ある時コロッと“一皮剥ける感じ”を経験することがあります。ある程度人的資源に余裕がある状態なら,元の職場で“育てる”という選択肢も考え得ると思います。

必要なのは,病の背景から丁寧に診ていくこと

宮岡 DSMによって精神分析的な考え方が廃れる中で「神経症」という概念が姿を消しました。「抑うつ神経症」や「神経症性うつ病」という病名も,うつの軽い人を言うのか,神経症的な葛藤のある人を言うのか,憂うつ感が環境に大きく影響される人を言うのか,などといったあいまいさがあり,使われなくなりました。

 しかしそのあいまいさゆえに,神経症では診断に当たって個人の性格や環境をよく診たのです。つまり神経症という概念の存在が,その人の病状だけでなく背景に目を向けた診察につながり,なおかつあいまいな病状に診断をつけられる“引き出し”としての役割も果たしていた。今,そういう概念がないことが,「新型うつ」のような言葉を闊歩させる原因の一つになっているような面もあると考えています。

松崎 確かに,疾病構造から診立て「こういう原因でこうなっている」という病のストーリーを描くことを,最近はなかなかしなくなりました。「この人は非常に自己愛が強くて,若干の発達障害傾向があるタイプ」と,丁寧に1例1例診ていき,患者や周囲の人たちにも「こういう問題が背景にあるから,こういう症状が出ている」ことをきちんと理解できるように説明する。そうすることで,かかわる人皆に治療への意欲がわいてきますし,陰性感情の排除にもつながっていくでしょう。

坂元 私も,病前性格,生活史,発病状況を多元的に配慮した伝統的な診断の姿勢が重要だと思います。加えて言えば,「新型うつ」という言葉そのものが丁寧な治療方針を立てる上で妨げになっていますし,周囲の陰性感情をもたらす大きな要因でもあります。ですからこの言葉をできるだけ使うことなく,その人個人の特性を捉え,辛抱強く見守っていく。そういう対応をしていきたいと考えています。

宮岡 「新型うつ」という言葉こそが,偏見やあいまいな対応につながる可能性があるので使うべきではなく,事例ごとに問題点を整理して適切な診断をつけて対応を考える必要がある,ということですね。

宮岡 負の側面が大きい「新型うつ」という言葉ですが,一つ救いを言うなら,職域においてうつがさらに注目されるきっかけとなり,スクリーニングツールとなる役割はあったかもしれないと思っています。あくまでも,職場などでリスクのある人に気付いて,医療での詳しい検査につなげるツールであり,「新型うつ」という分類のまま治療や対応を考えるのではなく,専門家による詳細な評価が不可欠ですが。

 いずれにせよ「新型うつ」をどう考えるか,という問題の答えは難しくなく,この言葉を契機に露わになった課題に,職域や精神科臨床がこれからどう対応していくかが重要であることが,明らかになった気がします。

(了)


1991年,過労自殺した社員の親族が「安全配慮義務を怠った」として電通を相手取り損害賠償を請求。電通側が約1億6800万円を支払う内容で和解が成立した(2000年3月24日最高裁第2小法廷判決)。


宮岡等氏
1981年慶大医学部卒。同大大学院博士課程を経て,88年より東京都済生会中央病院。92年昭和大医学部講師,96年同大助教授。99年より現職,2006年より北里大東病院副院長を兼務。監修に『脳とこころのプライマリ・ケア』シリーズ(シナジー),共著に『こころの病は,誰が診る?』(日本評論社),『大人の発達障害ってそういうことだったのか』(医学書院)など。

坂元薫氏
1982年東医歯大医学部卒。東女医大にて研修後,84年同大助手。85-87年旧西独ボン大に留学。2007年より現職。気分障害を専門とし,プライマリ・ケア医や一般向けの講演も多数行い,うつ病への正しい理解の啓発に努めている。近著に『非定型うつ病』(PHP研究所)など。

松崎一葉氏
1985年筑波大医学専門学群卒。89年同大大学院博士課程修了。90年同大助手,94年講師,2002年助教授,07年 より現職。職域や地域,および特殊環境における疾病発症のメカニズムを予防医学的観点から研究するとともに,多くの一般企業の精神科産業医として,メンタルヘルス不全の治療と予防活動に取り組んでいる。

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