医学界新聞

寄稿

2013.07.01

【FAQ】

患者や医療者のFAQ(Frequently Asked Questions;頻繁に尋ねられる質問)に,その領域のエキスパートが答えます。

今回のテーマ
東南アジアから帰国した,発熱患者が受診した場合

【今回の回答者】大西 健児(都立墨東病院感染症科部長)


 毎年多くの日本人が東南アジアへ旅行します。そうした影響もあって,特に長期の休暇を取得できる夏休み,冬休み,春休みやゴールデンウィーク後には,東南アジアで罹患したと疑われる下痢や発熱を主訴とする受診患者が増加します。なかでも発熱を来す疾患には,適切に対応しなければ不幸な転帰をとるものも多くあるので注意が必要です。

 今回は,東南アジアから帰国後に発熱で受診した患者の対応について解説します。


■FAQ1

 東南アジア旅行後に発熱で受診した患者の場合,どのような疾患を考える必要がありますか。

 このようなケースは,感染症と非感染症に分けられますが,感染症によるものがほとんどなので注意が必要です。なお,非感染性疾患であれば,東南アジア旅行は無関係の場合が多いと言えます。

 東南アジア諸国で罹患し発熱を来す感染症には多くの種類がありますが,まず患者を診て,マラリア,腸チフス,パラチフス,デング熱の可能性を想起できることが重要です。そもそもこうした疾患が存在すると思いつかなければ,いずれにしても診断に必要な検査に結び付きませんから,まず心構えが必要です。

 最も注意しなければならない疾患がマラリア,特に熱帯熱マラリアです。熱帯熱マラリアは適切な治療を行わなければ死亡,あるいは後遺症を残す危険な疾患です。腸チフスとパラチフスでは,下痢を主症状と考える医療従事者も多いのですが,この両疾患とも発熱を主症状とし,発症当初は下痢を伴わない症例が多数あります。デング熱は,東南アジアでたびたび大流行し,重症例では死亡者も出る疾患です。

 また熱帯地域では,日本国内と異なり,インフルエンザが年間を通じて流行しています。呼吸器症状があれば,季節に関係なくインフルエンザも考慮しましょう。かぜ症候群や肺炎,溶連菌性咽頭炎など,日本国内で感染する疾患も考えなければなりません。東南アジアから帰国して,かぜ症候群で受診する方もまた多いのです。

Answer…マラリア,腸チフス,パラチフス,デング熱は最低限考慮しなければなりません。呼吸器症状があれば,かぜ症候群,インフルエンザや肺炎も考える必要があります。

■FAQ2

 マラリア,腸チフス,パラチフス,デング熱は,日本の臨床医にとってなじみのない疾患です。どのように診断すればいいのでしょうか。

写真 マラリア診断キット(左・中央の列)と,デング熱診断キット(右列)
 マラリアは,血液の塗抹標本を作製してpH7.2-7.4のギムザ液で染色を施し,顕微鏡でマラリア原虫を確認して診断することが原則です。しかし,この方法はある程度の技術を必要とすることから,簡易な診断キットが開発されました(写真)。

 このキットを使用すれば特別な技術を必要とせず,「熱帯熱マラリア」「それ以外のマラリア」「マラリアは否定」の結果を短時間で得ることが可能です。日本国内ではこのマラリアキットは保険適用外ですが,熱帯熱マラリアではできるだけ早期に抗マラリア薬を投与する必要があり,熱帯熱マラリアであるか否かは直ちに判定しなければなりません。ですから,できるだけ短時間に検査結果を得ることができるように,キットを準備するなどの体制を整備することが望ましいと言えます。

 デング熱にも血中のデングウイルスNS-1抗原,IgM抗体やIgG抗体を検出するキットがあります(写真)。ただマラリア用のキット同様に保険適用は認められていません。

 腸チフスとパラチフスは,血液の細菌培養検査を行い,原因菌を分離して診断します。便からも菌を分離することがあるので,便の細菌培養検査も行うようにしましょう。

 なお,東南アジアで感染する発熱性の感染症は上記の疾患のみではありません。発熱があれば血液の細菌培養,下痢があれば便の細菌培養検査を行っておくと,腸チフスやパラチフス以外の細菌感染症が判明することがあります。発熱は肺炎が原因のこともあるのでレントゲン検査も行いましょう。

Answer…マラリアは原則として血液塗抹標本を顕微鏡で観察し,マラリア原虫を検出して診断します。なお,マラリア・デング熱には診断キットがあり,容易に結果を得ることが可能です。ただし,これらの診断キットは保険適用外なので,患者にあらかじめ同意を得るなど注意が必要です。腸チフスとパラチフスは血液培養検査を行い,それぞれ病原体を検出して診断します。

■FAQ3

 帰国後3週間経過してからの発熱でも,このような感染症を考える必要があるのでしょうか。

 マラリアの潜伏期は1週間-1か月間,腸チフスとパラチフスでは1-3週間,デング熱では3-8日間です。ただし,これらの潜伏期は患者の状態,感染した病原体の量や病原性によって変動します。帰国直後の発症ではない,あるいは旅行中の発症ではないことを理由に,これらの感染症を否定してはいけません。

Answer…感染症には潜伏期があります。帰国1か月以内であればマラリア,腸チフスやパラチフスの可能性を考えなければなりません。

■FAQ4

 マラリア,腸チフス,パラチフス,デング熱と判明した場合,どのように治療に当たればよいのでしょうか。

 血液検査で熱帯熱マラリアと判明すれば,直ちに抗マラリア薬の投与を開始します。日本国内の保険診療で使用が認められているものに,硫酸キニーネ,メフロキン,アトバコン・プログアニルがあります。重症ではキニーネの静注やアーテスネートを使用します。なお,マラリア治療は,使用する薬剤が特種であること,薬剤の効果判定に専門的知識を要することなどの理由から,経験のある医療機関に依頼するほうがよいでしょう。

 腸チフスとパラチフスに対しては,かつてはフルオロキノロン系抗菌薬が著効を示していました。しかし,現在,東南アジアで感染するチフス菌やパラチフスA菌の多くはフルオロキノロン系抗菌薬に低感受性となっており,フルオロキノロン系抗菌薬の臨床的効果が期待できなくなってきています。有効であったセフェム系のセフトリアキソンやセフォタキシムも,次第に有効性が低くなっています。マクロライド系のアジスロマイシンの有効性は確認されていますが1),日本人患者に対する有効性については十分な検証がなされていません。こうした点から,腸チフスとパラチフスについても治療は経験ある医療機関に依頼するほうがよいと思います。

 デング熱は,有効な抗ウイルス薬の実用化こそなされていませんが,自然治癒するので経過を観察します。ただし,まれに重症化するので(デング出血熱やデングショック症候群),経過観察が重要で,特にデング熱の既往がある患者については注意して経過を観察する必要があります。なお,重症デング熱では経静脈的輸液などの対症療法が行われます。

Answer…有効な薬剤を常備していない,治療経験がない場合は,治療経験のある医療機関へ依頼しましょう。

■もう一言

 東南アジアから帰国した発熱患者では人のインフルエンザ以外に,鳥インフルエンザも考えておくとよいかもしれません。呼吸器症状の有無に注意し,インフルエンザが疑われる場合は鳥との接触歴を丹念に聴取しましょう。

文献
1)Ohnishi K, et al. Treatment of Japanese patients with enteric fever using azithromycin and MIC levels for causative organisms.Southeast Asian J Trop Med Public Health. 2013. 44(1):109-13.


大西健児
1980年旭川医大卒。86年同大大学院医学研究科修了。87年から都立墨東病院感染症科に勤務。91年より同科医長,2002年より現職。感染症専門医,総合内科専門医として,感染症患者の診断と治療に従事している。

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