医学界新聞

2013.05.20

Medical Library 書評・新刊案内


精神療法の基本
支持から認知行動療法まで

堀越 勝,野村 俊明 著

《評 者》宮岡 等(北里大主任教授・精神医学)

自身の臨床を振り返り若手教育を考える好機に

 近ごろ,精神医療がお手軽に思われていることに強い危機感を感じている。わずかな研修を終えたばかりの若い精神科医が,十分な教育を受けることを放棄し,時に単独で開業までしてしまうことも少なくないと聞いている。これは,精神医療は簡単にできるものという誤解を研修のどこかで与えてしまっているわれわれ教育する立場の者の責任が大きいのであろう。精神医療の恐ろしさは,うつ病しか知らない医師にとってあらゆる精神疾患がうつ病と診断されるような事態が起こり得ることである。精神医療には客観的な指標が乏しい。診察で求められることは,患者の主観的な症状を的確に捉え,その症状から診断を考え,鑑別診断のためにさらに症状のチェックをするという,非常に複雑な作業である。その作業なくして,適正な診療が行われることはあり得ない。

 そんな精神医療について,どこまでを教育の範囲とすべきなのだろうか。特に精神療法においては最小限クリアすべきこととして何を教育すればよいのであろうか。ここ数年で,日本の精神療法の中心が認知行動療法になった。支持的精神療法はできないが,認知行動療法はできるという笑い話のような事態にも出くわす。ここまで認知行動療法が広まった理由は,厚生労働省が診療報酬の対象にしたことだけではあるまい。マニュアルに基づいて面接を行えば良いという誤解に基づいて,どこか手軽さを求めた結果,今日のような状況になったのではないだろうか。

 そのようなことを日々考えていたところ,『精神療法の基本――支持から認知行動療法まで』という本書に出会った。著者の堀越勝先生はアメリカでクリニカル・サイコロジストのライセンスを取得された筋金入りの精神療法家であり,共著者の野村俊明先生はもともとロジャース派の精神療法家として活躍された後,精神科医となられた方である。

 このような精神医療場面での精神療法に精通したお二人が,精神医療における精神療法について,基本事項から多くの工夫までを時には優しく,時には厳しく論じており,あたかもお二人からスーパーバイズを受けているかのような心持ちになり,精神療法とは何かということをあらためて考えさせられた。特に,第3章は「精神科外来における精神療法」と題して外来で効果的な精神療法を行うコツが述べられている。ここでは「平均的な精神科医が修練していく上では,これまで精神療法という言葉につきまとっていた名人芸的なニュアンスは不要であるし,むしろ妨げですらある」と断言している。精神医療では医療をやり過ぎないということも大切であると考えている立場からは,まさにわが意を得たという思いであった。

 本書は精神科で研修している若い先生方はもちろんだが,ベテランの先生方にもぜひご一読いただきたい。自分の臨床を振り返る契機になるし,これから若い先生たちにどのような教育を行えばよいかを考える好機にもなる。

 ただ本書を読むには注意も必要である。どのページを開いても,示唆に富む記載に満ちており,特に第3章を通読するだけでも外来での精神療法がうまくできるような錯覚を与えてしまう恐れがある。お手軽好きな人たちが第3章だけを読んでその気になってしまったら,それこそ本書の目的とは反対の方向に精神療法が向かってしまわないかと心配してしまう。「第1章,第2章を十分に理解しないと第3章に進んではいけない」と注意書きを入れて欲しかったというのは唯一の不満かもしれない。

A5・頁288 定価3,990円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01672-8


M-Test
経絡と動きでつかむ症候へのアプローチ

向野 義人,松本 美由季,山下 なぎさ 著

《評 者》水間 正澄(昭和大教授・リハビリテーション医学)

すべての医療職者のための東洋医学的な診断と治療法

 "M-test"とは,初めて耳にする方も多いことと思う。副題に『経絡と動きでつかむ症候へのアプローチ』とあり,東洋医学的な診断法や治療に関する書であろうことがわかる。

 著者である向野義人氏は内科医であるが,長年にわたり鍼灸治療の西洋医学への応用を模索されており,従来からの手技を用いて内科診療の中に鍼治療を応用されていた。本書のタイトルである"M-Test"の開発は,著者が現職である福岡大学でスポーツ医学に携わるようになってからであり,あるスポーツ選手を診療したときにひらめいた"症候へのアプローチ"であったとのことである。すなわち,従来の鍼治療の方法である"症状とツボ"との関係で鍼治療を行うのではなく,症状発現の誘因,原因となっている部位や関連する経穴への施術の試みが劇的な効果を示した1例からヒントを得てこの方法の開発につながったというエピソードが,本書の序論につづられている。その後,著者の指導の下で福岡大学の研究グループにより,M-Testはスポーツのみならずさまざまな領域での応用が試みられ,治療法として体系付けられるようになって成果を上げており,近年はその治療効果が海外からも非常に注目されている新しい方法である。

 また,著者は多方面の研究者に声をかけて"ケア・ワークモデル研究会"を発足させ,研修会,研究会を開催し,広く医療従事者への普及に努められている。名称についても,それまでは"経絡テスト"と呼んでいたものを現在のM-Testに変更され,さらなる普及をめざした本格的な活動が開始されている。

 本書は現在に至るまでの著者の集大成的な書であるが,常に活動を共にされ普及・指導に当たられている鍼灸師である2人の共著者により,実践的でよりわかりやすいものとなっている。

 本書の構成はM-Testの概説に始まり,人の動きの分析に着目した診断とアプローチ手技(最適な治療点の見極め方)について基礎編,中・上級編に分けてわかりやすく述べられている。特に基礎編は初学者にも比較的理解しやすい内容となっている。また,M-test症状別治療の項目でも,初学者のためのファーストステップとして,日常遭遇することの多い症状に対する治療応用について述べられており,実践的で役立つ構成となっている。

 著者はこの方法を,スポーツ医学のみならず広く産業医学,地域医療,リハビリテーション医療,介護領域などにも応用できると考え,普及に努めてこられた。本書は多くの医療関係の方々がM-Testに接し,臨床現場で応用していただくためにも,実践に向けての研修会受講などの参考書としても有用であると思われる。

B5・頁184 定価3,780円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01608-7


ブルガダ三兄弟の
心電図リーディング・メソッド82

野上 昭彦,小林 義典,鵜野 起久也,蜂谷 仁 訳
Josep Brugada,Pedro Brugada,Ramon Brugada 著

《評 者》相澤 義房(新潟大名誉教授/立川メディカルセンター研究開発部部長)

メソッドを読み解くことで実力を確認できる,玄人向けの教科書

 『ブルガダ三兄弟の心電図リーディング・メソッド82』(原書"Our Most Beloved Electrocardiograms")が翻訳され,医学書院から上梓された。原著者は,あの高名なブルガダ三兄弟で,突然死蘇生例の中から特徴的な心電図所見を示す8例を報告し,これが今日Brugada症候群として知られるようになった。これは1992年の出来事であり,20年を経てその業績をたたえ2012年のヨーロッパ心臓病学会(ESC)で表彰されている。以前,Pedro Brugada教授がBrugada症候群,私がJ波関連特発性心室細動,そしてSilvia Priori教授が遺伝性不整脈と,ウィーンのESCでシンポジウムの機会をつくっていただいたのも10年以上昔の懐かしい思い出である。三兄弟の中で,とりわけ長男のP. Brugada教授はユーモアにあふれ,クリスマスカードならぬクリスマスメールを送ってくれるが,これが節約なのかエコをしているのかといった物議をかもしたりしている。

 さて,本書の内容であるが全体で82題の心電図(不整脈)を取り扱っている。おのおの,不整脈の名前ではなくユーモアを含んだしかも本質的なタイトルが付けられている。そしてその解説(回答)は簡潔に,キーポイントを挙げるという形をとっている。取り上げられた不整脈は誰もが目にするはずのもので,決してまれなものに限ったり,奇をてらったものではない。ある程度ありふれた不整脈でありながらも,随所にさすが三兄弟と言うべき心電図診断における心がけが見てとれる気がする。

 1題1題がわかるには,心電図と不整脈の基本の理解が要求される。しかしこれらを身につけていれば,正しく解釈できると思われる。その意味で,読者は心電図,不整脈の実力がどれ程身についているかの自己判定ができるし,本文に指摘されたポイントであやふやなことがあれば,それを自ら教科書などで確認することで自分の力を伸ばすこともできる。したがって,本書は初心者向きというより,"世の中に通用するには,これだけの心電図と不整脈の理解が必要である"といった,いわば玄人向けの教科書ともいえる。

 訳はわが国の中堅の実力者による。心電図の解釈がブルガダ兄弟の解釈で良いかどうかを慎重に吟味しながら,訳に当たったのではないかと想像している。不整脈専門医がわが国で確立されつつあるが,そこで要求されるレベルは本書を読み解くことができる,あるいはここでの解釈を理解し共有できるということであるかもしれない。

 おのおのの心電図は彼の友人である不整脈学者にささげられているが,その意図もまたささげられた人の反応も,ここでは知ることはできない。

B5横判・頁232 定価4,725円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01544-8


IPMN/MCN国際診療ガイドライン
2012年版 〈日本語版・解説〉

国際膵臓学会ワーキンググループ[代表:田中雅夫] 著
田中 雅夫 訳・解説

《評 者》下瀬川 徹(日本膵臓学会理事長/東北大病院長)

さまざまな工夫で診療指針としての解像度が格段に改善された新版

 膵腫瘍診療の難しさは,手術難度が高いこと以外に,外科切除の侵襲が大きく,術後合併症がしばしば致命的となるため,良悪性の見極め,術式の選択,年齢や合併症を考慮した手術適応が正確でなければならない点にある。IPMNやMCNはこのような点において,以前より多くの議論が展開されてきた代表的な膵腫瘍であり,診療指針の策定は世界中の膵疾患診療の臨床現場から強く求められていた。

 このような背景から2006年に当時の世界的コンセンサスとして「IPMN/MCN国際診療ガイドライン」が公表されたが,多くの課題を残した内容であった。日本膵臓学会前理事長の田中雅夫氏を座長とする国際膵臓学会ワーキンググループは,その後集積された多数の知見に基づいて改訂作業を進め,2011年末に改訂2012年版が公表された。本書はその日本語訳と解説書であるが,原著とほぼ同時に翻訳版が出版されたことは,わが国におけるIPMN/MCN診療に大きく貢献するものと期待される。

 2006年のガイドラインでは,分枝型IPMNの良悪性の診断フローの上位に嚢胞径が置かれたが,特異度が低かった。悪性の危険因子として主膵管拡張や結節が記載されたが,サイズは具体的に触れられていなかった。また,組織学的悪性度に関しても世界的に統一されておらず,微小浸潤の定義も明らかでなかった。今回の2012年改訂では,これらの課題に大きなメスが入れられることになった。まず,IPMNの悪性度の臨床指標として"high-risk stigmata"と"worrisome feature"が設けられて具体的所見が示され,これらの所見が治療方針に大きな影響を与える診療体系となっている。悪性所見が明らかでないIPMNについては嚢胞径による経過観察が提案された。病理学的には,上皮内癌の代わりに新WHO分類に従って,高度異型が推奨され,悪性の定義を浸潤癌に限ることに統一された。粘液形質による予後の推定,"微小浸潤癌"の代わりに深達度によってT1を亜分類するなどの工夫が見られる。家族性膵癌を念頭に置き,膵癌の家族歴の有無によって経過観察法に重み付けを行ったことも新たな試みである。さまざまな工夫によって改訂版のIPMN/MCNへの診療指針としての解像度は格段に改善されたように感じられる。エキスパートのコンセンサスを含むこの指針が本疾患の診療に真に有益であり,患者の生命予後やQOLを改善するか,ガイドライン2012年版に基づいた世界規模の臨床研究が展開されることが望まれる。

 周知のとおり,IPMNは1982年に大橋計彦氏らによって「(予後の良い)粘液産生膵癌」としてわが国で初めて報告され,世界に拡がった疾患概念である。2006年の「IPMN/MCN国際診療ガイドライン」の作成,そして2012年の改訂が,わが国から発信された多くのデータに基づいて,日本膵臓学会を中心とするわが国の膵疾患専門医の主導によって成し遂げられたことを心より祝福したい。

B5・頁96 定価4,200円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01671-1


基礎から学ぶ楽しい疫学 第3版

中村 好一 著

《評 者》名越 究(栃木県保健福祉部保健医療監)

脚注を栄養剤にして読み切れる,実用性重視の「黄色い本」

 本書(業界内の通称は「黄色い本」)の特徴は,地域保健対策の政策立案や研究で用いるレベルの疫学のエッセンスを,コンパクトながらも必要十分かつわかりやすく解説している点である。また,調査・分析を行う際に参照しなくてはならない国の統計へのアクセス方法や,調査を設計する際に留意しなければならない疫学倫理指針への対応方法といった,知っておくと有用な情報についても幅広く提供してくれていることも他書にない美点である。保健師,栄養士など地域保健対策に従事する技術職の人から,「手近な疫学・統計学の参考書として何が良いか」と尋ねられたら,評者は本書を紹介することにしている。

 さてこの黄色い本の使い方であるが,時間がない人には一気に通読してどこにどのようなことが書いてあるか,全体の構成を大まかにつかんでおき,後は実務の際に必要に応じて該当部分を読み直すことを勧めている。普通,教科書を通読するというのは苦痛な作業だが,本書の脚注には読み進めるための栄養剤のような効果があるので,たいていの人は読み切ってしまうだろう。なお,脚注といっても本文中の用語の説明だけではなく,本文中には書けない世相に対する著者の本音なども混ざっている。極論すればここを読んだだけでも知的好奇心が十分満足させられると言え,本書のもう一つの特色となっている。もっとも,最初からゆっくり咀嚼しながら読み進めて実力を養っていくのが正統な使用法であることは言うまでもない。学習が進んでより高度な知識が必要となってきたなら,用途に応じた専門的な参考書に進むとよいだろう。

 さて,本書は2002年の初版発行以来11年で早くも2回目となる改訂を行った。第3版は2色刷となって読みやすさへの配慮がなされるとともに,国の政策,社会環境,学術における知見など新しい情報を更新して記述を充実させたにもかかわらず,全体では10ページも減っている。普遍的な部分のモディファイにもかなりの力を注いでいるはずで,実用性重視のこだわりが強く感じられる。

 それにしても,第2版が出版された2006年初頭,まだ0系新幹線が現役であり,ボーダフォンが携帯電話事業者として健在であり,特定健診・保健指導は始まってもいなかったのだ。激しい変化が続く世の中できちんと仕事をするために,技術職としてのたしなみとして,アップデートされた黄色い本を常に手元に置いておくことを心掛けたいと思う。

A5・頁240 定価3,150円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01669-8

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