医学界新聞

連載

2013.03.18

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第241回

「最先端」医療費抑制策 マサチューセッツ州の試み(11)

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


3017号よりつづく

 前回までのあらすじ:2006年に皆保険制実現をめざして医療制度改革を断行したマサチューセッツ州にとって,皆保険制を維持するためにも医療費抑制が喫緊の課題となった。


「医療費抑制法」のポイント

 ここまで10回にわたって,2006年の「皆保険制」実施後,マサチューセッツ州で医療費抑制の気運が高まった経緯を紹介した。2012年8月に同州が成立させた「医療費抑制法」はその「集大成」ともいうべきものであったが,以下に同法の内容を概観する(ポイントとなる語句を下線で示した)。

1)医療費の伸びを州総生産額(gross state product:GSP)に連動させ,2013-17年はGSPの伸び以下,2018-2022年はGSPの伸びより0.5%低く,2023年以降は再びGSPの伸び以下に抑える。
2)低所得者用公的保険(メディケイド)・州職員用保険等,州が管轄する医療保険について「出来高払い」に代わる支払い制度を導入する。
3)ケアの統合と,予防,プライマリ・ケアへのアクセスを改善するためにACO(註1)設立を推進し,州が運営する医療保険においてはACOとの契約を優先する
4)医療費動向の監視:「医療政策委員会」を設立,医療費動向および新たに導入される医療サービス供給体制・支払い制度について統監させる。
5)供給者間の価格差について報告する特別委員会を設立する。
6)医療費抑制目標値が達成できなかった医療施設に対する罰則:改善計画の提出・実施を義務付けるとともに,50万ドル以下の罰金を科すことを可能とする。
7)通常のケアについて医療施設ごとのデータをオンラインで公開,価格・質についての透明性を高める
8)医療過誤訴訟コスト軽減:乱訴を防止するために182日間の「冷却期間」を設けるとともに,医療側の謝罪は法廷で証拠扱いしない。
9)経営難病院救済用に1億3500万ドルの基金を設立する。
10)3000万ドルの予算で「eHealth Institute」を創設し,電子カルテ普及を促進する。
11)6000万ドルの予算で健康増進活動を推進するとともに,職場における健康増進活動を実施した企業に対する減税措置を講じる。
12)新法実施費用の「当事者」負担:保険会社から1億6500万ドル,大病院から6000万ドルを徴収,新法実施の費用とする。

 以上,2012年の医療費抑制法がどれだけ大がかり,かつ,野心的なものであったかがおわかりいただけただろうか。この法律が成立するに至った最大の要因は,私の見るところ,「せっかく実現させた皆保険制を維持するためには何としても医療費を抑制しなければならない」とする,政治の側の強い意思であった。特に,州政府は,単に政策の立案・関係団体との調整に動いただけでなく,「雇用主」の立場から医療費抑制を可能とするタイプの医療保険を積極的に導入した(註2)。

 また,価格についての監視が強められたり,医療費抑制に失敗した場合の罰則が盛り込まれたり,新法実施のコストを負担させられたりと,大病院(特にパートナーズ系の名門病院)にとって厳しい内容の法律となったことは否めない。しかし,価格を自由に決めることができた時期,名門病院の威光を笠に着て保険会社から優遇的支払いを受けるなど,専横的に振る舞った「前科」を持つ弱みがあっただけに,今回の新法成立を受け入れざるを得なかったのである。その意味で,2008年にボストン・グローブ紙が始めた「反パートナーズ」キャンペーンの意義は大きかったのであるが,医療費抑制の動きが強まり始めた時期に,ブルークロス社との「密約」など,直接の関係者しか知り得ない情報がリークされたことは興味深い。

そもそもの問題は市場原理主義にあり

 以上,11回にわたって,マサチューセッツ州で医療費抑制法が成立するまでの「ドタバタ」を概観したが,同州で診療報酬が高騰したり,病院間の診療報酬格差が拡大したりした根本の原因は,1992年に,「公的機関が診療報酬を決めることを止め,診療報酬は保険会社と医療機関が個別交渉で自由に決める」とする「規制緩和」を実施したことにあった。「市場原理を導入すれば価格は下がるはずだ」とする前提の下での規制緩和であったが,もくろみとは反対にマサチューセッツ州で医療費が高騰し続けたことはここまで何度も述べた通りである。換言すると,マサチューセッツ州がこの間一所懸命取り組んできた「無保険者の問題」も「診療報酬高騰の問題」も,医療を「民(=市場原理)」に委ねたことが根本の原因だったのであり,社会にしっかりした「公」の保険が存在しさえすれば起こるはずのなかった問題だったのである。

 実際,マサチューセッツ州とは対照的に,「市場に任せず,公的機関が診療報酬を決定する」制度を維持し続けたメリーランド州では,全米でも珍しく医療費抑制に成功し続けてきた(註3)。最近,日本でまた,規制緩和を進めて混合診療を解禁する(=保険外の自由診療を拡大する)動きが強まっているそうだが,いったい,いつになったら,「医療ほど市場原理に不向きなものはない」ことがわかってもらえるのだろうか。

この項終わり

註1:Accountable care organization の略。ACOについては,第3008号第3015号等で説明した。
註2:受診する医療機関によって自己負担額が変わるtiered network plan, 受診することのできる医療機関が限定されるlimited network planについては前回(第3017号)説明した。
註3:Murray R. Setting hospital rates to control costs and boost quality: The Maryland experience. Health Affairs. 2009 ; 28(5): 1395-1405.

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