「最先端」医療費抑制策 マサチューセッツ州の試み(10)(李啓充)
連載
2013.03.04
〔連載〕続 アメリカ医療の光と影 第240回
「最先端」医療費抑制策 マサチューセッツ州の試み(10)
李 啓充 医師/作家(在ボストン)(3015号よりつづく)
前回までのあらすじ:2010年,マサチューセッツ州第二の規模を誇るカソリック系病院チェーンが営利企業に転換,以後,「低価格」医療サービスでシェアを奪う経営戦略に基づいた事業拡大路線を展開した。
プロバイダー選択を制約するTNP/LNP型保険の台頭
マサチューセッツ州の医療市場に新たに登場した営利病院チェーン,「ステュワード・ヘルスケア」(以下,ステュワード)が拡大路線を展開,所有病院・提携医師を増やし続けたことは,他の医療サービスプロバイダーに大きな危機感を与えた。しかも,ステュワードの基本戦略は「医療サービスの価格を抑えることでシェアを奪う」ことにあったため,他の医療機関に「コスト削減に励まなければ生き残れない」という圧力が一層強くかかるようになったのだった。
新参のステュワードに加えて,保険会社も,加入者に対して低価格プロバイダーへの受診を推奨あるいは指定するタイプの保険を販売することで,コスト抑制の圧力を一層強めた。この種の保険は大別して2種類あったが,第一は,プロバイダーの別によって自己負担額が変わる「tiered network plans (TNP)」だった。例えば手術を受ける際の自己負担額を,「地元コミュニティ病院の150ドルに対しボストンの有名病院は1000ドル」という具合に,大きく差をつけることで低価格プロバイダー受診を奨励するのである。第二は,保険会社が指定する医療機関しか受診できない「limited network plans (LNP)」であるが,例えば,ステュワードが保険企業タフツと提携して,通常医療は同チェーンしか受診できないLNPを販売したことは前回述べた通りである。
これまで何度も触れてきたように,マサチューセッツ州では,患者が有名教育病院を好む傾向が強かった(註)ため,プロバイダーの選択に制約を加えるTNP/LNP 型の保険は不人気だった。しかし,保険料が高騰し続けることに音を上げる加入者が増え続けた結果,消費者の側に,制約は強くとも保険料が安いTNP/LNP 型保険を受け入れる素地が形成された。
「皆保険制」維持のため州政府も後押し
さらに,州政府にとっても,2006年に成立させた「皆保険制」を維持・存続させるためにはコスト抑制が急務であった。「皆保険制」実現の手段として,低所得者用公的保険メディケイドの拡大に加えて保険購入に際しての公費支援を導入していたため,医療費が高騰し続けることを放置した場合,州財政が立ち行かなくなる危険があったからである。あの手この手の手段を駆使して医療費抑制に努めたのだが,TNP/LNP 型保険の導入および普及はその最重要手段の一つとなった。
例えば,2010年には「医療費を抑制し,透明性と効率を高めるための法律」を制定,保険会社に対してTNP/LNP 型保険を販売商品に加えることを義務付けた。また,2011年には,保険購入に際し全額公費支援を受ける場合に加入することができる保険の種類を二種のLNP型保険に限定した。
さらに,雇用主としての立場を利用して,州職員に対しTNP/LNP 型保険に加入することを積極的に奨励した。他の雇用主に先駆けて2006年にTNPを導入した際には,「恣意的な基準で医師を『ランク付け』して患者の自己負担を変えるとはけしからん」とマサチューセッツ州医師会の怒りを買って訴訟を起こされたが,法廷は医師会の訴えを退けた。さらに,2011年にLNPを導入した際には,保険料の自己負担額を他の保険に比べて2割ほど低く設定しただけでなく,「LNPに加入したら保険料を3か月免除」とする特典を付加して加入を促した。2012年段階でLNP加入者は州職員の30%を占めるようになったが,雇用主の立場から,TNP/LNP 型保険普及の先導役を果たしたのである。家族も含めると州政府が提供する医療保険の加入者は約30万人に達しただけに,その影響力は小さくなかった。
2012年,加入者数マサチューセッツ州2位の保険会社ハーバード・ピルグリムが,顧客新サービス「SaveOn」を導入した。画像・内視鏡検査等に際し,主治医が紹介した高価格の施設ではなく低価格の施設で実施することに同意した場合,患者に10ドルから75ドルのボーナスを支払うというものだった。旧来タイプの「患者が自由にプロバイダーを選べる」保険に対しても,TNP型のコスト抑制策を適用する方法を編み出したと言ってよいだろう 。
さらに,ハーバード・ピルグリムは,同年3月,州最大の病院チェーン,パートナーズ社のみを排除したLNPを販売して注目を浴びた。ちょっと前まで強大な価格交渉力に物を言わせて権勢を振るってきたパートナーズが高価格故に排除される保険が登場したことに,わずか数年の間にマサチューセッツ州医療市場に起こった変化の大きさが象徴されたのである。
(この項つづく)
註:ボストングローブ紙によると,同州における教育病院受診率は1990年の36%から2007年には44%に増加,全米平均の19%を大きく上回った。
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