医学界新聞

連載

2013.02.18

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第239回

「最先端」医療費抑制策 マサチューセッツ州の試み(9)

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


3013号よりつづく

 前回までのあらすじ:2010年10月,マサチューセッツ州最高裁は,プライベート・エクィティ・ファンド「サーベラス社」がカソリック系病院チェーン「カリタス・クリスティ」を買収することを承認,同チェーンは営利企業に転換することとなった。


 サーベラス社に買収された後,カリタス・クリスティ(以下,カリタス)は「ステュワード・ヘルスケア」(以下,ステュワード)と改名,積極的な事業拡大路線を展開した。2010年3月の買収発表後,着々と傘下病院を増やし,2013年1月時点で所有病院11と,3年弱の間に病院数を倍近くまで増大させたのである。

 財政難にあえぎ,身売り話を断られ続けたカリタス時代とは全く正反対に,サーベラスの「無尽蔵」ともいえる財力に物を言わせて他の病院を買いまくるようになったのだが,サーベラスは,いったいどんな勝算があって倒産寸前の病院チェーンを買収した上,その拡大に巨額の資金をつぎ込んだのだろうか?)

名門百貨店 vs. 安売りスーパー

 以前にも述べたように,買収当時,マサチューセッツ州では,同州最大の病院チェーン,パートナーズ社が「名門の威光を笠に着て医療サービス価格をつり上げている」と批判されていただけでなく,保険会社もコスト抑制の圧力を強め,出来高払いからglobal payment (註1)への移行を進めていた。そんな状況の下,サーベラスは,「新たな医療経済環境の下で低価格プロバイダーの役割に徹すればシェア拡大の勝機がある」と読み,カリタス買収を敢行した。いわば,「大きなシェアを誇る名門百貨店」に対し,「安売りスーパー」が戦いを挑む形となったのであるが,「通常の商品(=ルーティンの医療)ならステュワードのほうがはるかに安くお買い得」と消費者にアピールすることで,奪われていた顧客を呼び戻す作戦を立てたのである(註2)。

 「低価格プロバイダーの役割に徹する」ステュワードの戦略を象徴したのが,2011年9月に発表された新保険商品「ステュワード・コミュニティ・チョイス」だった。保険会社のタフツ・ヘルス・プランと提携,「ルーティンの医療についてはステュワードの病院・提携医師しか受診できない代わりに,保険料が15-30%安い」新型保険を売り出したのである(註3)。

 受診できるプロバイダーを制限する,いわゆる「limited network plan」は以前からも存在したのであるが,「ただ一つのプロバイダーしか受診できない」保険は極めて異例だった。ステュワードは,患者の自由を厳しく制限することで保険料を大幅に引き下げたのであるが,「会員限定にすることで安売りの度合いをさらに強めた」といえばわかりやすいだろうか?)

コスト抑制圧力下の新たなビジネスモデル

 安売りをした上で利益を上げるためには,「規模」が重要となるのは言うまでもなく,ステュワードが傘下病院を急速に増やしたのも規模の力を重視したからにほかならない。さらに,米国の場合,病院に患者を送るのは提携関係にある医師なので,規模の力を強めるためには,提携医師の数を増やすことも必須となる。2011年11月にはベス・イスラエル・ディーコネス・メディカル・センターと提携関係にあったニューベリーポート市の医師グループ(医師数150人),同年12月にはパートナーズ社と提携していたボストン市南部の医師グループ(同90人),さらに,2012年9月には同じくパートナーズ社と提携していたニューベッドポート市の医師グループ(同110人)と,ステュワードは,ボストンの名門病院から次々と医師を引き抜き,規模の拡大に励んだ。

 提携医師の囲い込みは,ただ規模の拡大に貢献するだけでなく,全米規模で急速に拡大しつつある新たな医療サービス供給体制「accountable care organization (ACO)」(註4)との関連でも重要な意味を持った。ACOの眼目は,いわば「プライマリ・ケアを基礎としたケアの継続・統合」であり,提携医師が多数参加しない限り成立し得ないサービス供給体制だからである。

 ACOは,オバマケアで高齢者用公的保険「メディケア」に含められただけでなく,最近は,民間の医療保険でもACO型のglobal payment を採用する動きが広まっている。コスト抑制の圧力が全米的に強まる中,ステュワードは,そういった圧力の下でも利潤を確保することを可能とする,「新たなビジネスモデル」を追求しているのである。

この項つづく

註1:Global payment拡大の動きについては,本紙第3008号で解説した。
註2:ステュワードの見積もりによると,ルーティン医療の患者の60-65%がボストンの名門病院に流れていたという。
註3:高度の医療が必要になった場合に受診できる医療機関も,ブリガム&ウィメンズ・ホスピタル,マサチューセッツ・ジェネラル・ホスピタル(MGH),MGH・フォー・チルドレンの3施設に限定された。
註4:「医療の質とコストの両面にaccountableとなる (=責任を持つ)医療機関」ACOについては本紙第3008号で解説した。

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