医学界新聞

連載

2013.02.04

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第238回

「最先端」医療費抑制策 マサチューセッツ州の試み(8)

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


3011号よりつづく

 前回までのあらすじ:2010年3月,東部マサチューセッツにおいて貧者に対する慈善医療を提供してきたカソリック系病院チェーン「カリタス・クリスティ」社が,投資企業サーベラス社に買収され,営利企業に転換することとなった。

営利転換に際し「監視の目」

 米国では,非営利の医療団体が営利企業に転換する際には,通常,州による審査および認可を受けることが義務付けられている。公共の福祉のために医療を提供してきた施設が,ある日突然,「これからは利益を上げ,出資者に配当することを最優先します」と勝手に「宗旨替え」することを許してしまった場合,貧者の医療へのアクセスが損なわれたり,不採算診療が打ち切られたりして,地域医療が著しく混乱する事態が起こりかねない。「公共の福祉を守る」という観点から,州が監視の目を光らせているのである。

 さらに,非営利病院の買収をめぐって行われ得る「不正」を防止することも,監視が必要となる理由の一つとなっている。実際,1990年代に全米一の病院チェーンとなったHCAコロンビア社の場合,非営利病院の経営陣に対し,「買収が成立した暁には成功報酬を払う」と約束した上で安く買いたたく手法を採用として問題となった(註1)。

 マサチューセッツ州の場合,非営利病院が営利に転換する際に監視の目を光らせる役を担わされているのは,総検事局と公衆衛生局の2部門である。総検事局の場合,「買収価格は正当であるか」「地域医療が損なわれることはないか」等を審査した後,州最高裁に買収を認めるかどうかを諮問,最高裁判事が最終的決定を下す手順となっている。一方,病院の所有権が変わる際には病院設立許可を更新する必要があり,公衆衛生局は,新オーナーの下での設立を認めるかどうかを,地域医療への影響を鑑みながら審査する。

買収審査における反対意見

 カリタス・クリスティ(以下,カリタス)の買収審査に当たって,総検事局と公衆衛生局は,二局合同で公聴会(計6回)を開催するなどして,広く意見公募を行った。州第二の規模を誇る病院チェーンが営利に転換した場合,州全体の医療が混乱する事態も起こり得るだけに,慎重に審査を進めたのである。

 意見公募では,「買収賛成」の意見が大半を占めた。カリタス経営陣の「サーベラス社の出資を仰がなければつぶれてしまう」とする説明が地域住民の大半に受け入れられたのである。さらに,カリタス従業員が所属する労働組合も,サーベラス社が「買収後の雇用維持」を約束したため買収に賛成した。

 買収に反対したり,厳しい条件を付けたりすることを要求したのは少数派であったが,その第一はカソリック教会内の保守派グループだった。サーベラス社は,カソリック教会に対して,買収後も避妊・中絶手術を実施しないなど,カソリックの教義を尊重すると約束したのだが,教会との合意書には「2500万ドルの寄付金を払えば教義に束縛されなくなる」という免責条項が含められていた。保守派グループは,「...

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