医学界新聞

2013.02.11

Medical Library 書評・新刊案内


標準生化学

藤田 道也 著

《評 者》畑 裕(東京医歯大教授・病態代謝解析学)

著者の熱い思いが込められた優れた教科書の誕生

 「標準生化学でなく非標準生化学だというそしりを受ける覚悟である」と著者は決意を述べられている。医学書院の標準シリーズといえば,医学生向けの正統的教科書の印象が強い。評者が医学生であった三十年近い昔もその位置付けは確固としていた。そのシリーズに『標準生化学』が装い新たに加わった。白を基本とするすっきりした装丁は,掃き清められた禅寺の白砂にも似て清浄で書店の棚で目を引く。そして,手に取ると,いきなり「非標準生化学」とあって驚かされる。「医学部の授業はただ単に年度末に単位を認定するためのものであってはならない。授業で最先端の研究の息吹に接することが学生を刺激し医学への情熱を掻き立たせるのだという信念に導かれて本書を執筆した」と,「序」には著者の熱い思いがほとばしっている。

 一変したのは装丁だけではない。標準シリーズには同著者による『標準分子医化学』があり好評を博していたが,あえて,その前身を捨て去り「これまでにない生化学教科書」として新しく書き起こされている。単独執筆に移行したのは大英断だ。優れた教科書の条件はいろいろ考えられるが,一人の著者が初めから終わりまで書き通している教科書には良書が多い。医学の進歩,情報量の増大により,医学生に伝えるべき内容は複雑多岐になっている。どんなに博学な著者であってもすべてに精通するのは難しい。複数の専門家の参加が求められる。しかし,複数の書き手の介在は,複雑な情報を整理してわかりやすく伝達する上では,ともすると障壁になる。このジレンマを,一人の著者が第一稿をすべて執筆し,その後,二十八名の執筆協力者が査読し修正して完成させるという,コロンブスの卵のように単純で画期的な方法で克服している。長年,生化学領域で活躍されてきた著者だからこそ取り得た方法かもしれないが,今後の教科書を作成する上で大いに参考にすべき手法だ。

 さて,そうして出来上がったのが,この『標準生化学』だ。全体300ページ,『標準分子医化学』に比べ,大分,軽量化した。教壇から語りかけるような文体は読みやすく頭に入りやすい。単独執筆の功だ。評者は医学生に「何か一冊,教科書を購入して通読するように。学生時代に読んだ教科書を手元に残しておくと,後日,必ず役に立つ」と勧める。医師として勤務する多忙な日常の中で,あいまいになった専門領域以外の知識を新たにしたいとき,学生時代の教科書は,夜道の提灯,霧の海の灯台のようなよりどころになってくれる。ところが,インターネットから情報を落とせるようになったせいか,教員が親切すぎてプリントやパワーポイントを配布するせいか,最近の医学生は成書を携えない傾向がある。本書は,分量的にも,読みやすさにおいても,価格の面でも,医学生が教科書として手元に置きやすそうだ。

 医学生に限らない。本書は一義的には医学生を対象に書かれているようだが,医学生でなくても「最先端の研究の息吹」は「医学への情熱を掻き立てる」はずだ。理学部,薬学部,農学部などの学生も手に取ってほしい。現在の日本では,医学部基礎系教室が医学科出身者を大学院生,スタッフとして集めるのが難しくなっている。この傾向は今後,ますます強まると懸念される。そのときに活躍してほしいのは,医学生以外の関連学部出身者だ。アメリカの医学部のように,医師免許を持たない研究者が半数を占めて指導的な役割を果たすようにならなければ,すそ野の広い医学研究は維持できない。

 著者「序」には「『代謝』と『細胞周期の制御』と『がん関連タンパク質』」には「類書を抜く十分なスペースを当てた」ともある。古典教科書的な生化学,分子生物遺伝学の項目は全体の6割にとどまり,残りはがんや代謝にかかわる先端的話題に割かれる個性的な構成になっている。だからといって「標準」でなくて「非標準」とは評者は思わない。「標準」は時代とともに変わる。現代の医学生を対象とする生化学教育では,これが「標準」かもしれない。とはいえ,先端部分を盛り込もうとすれば常時アップデートが要求される。「関連分野の教科書とのオーバーラップ」を避ける方針がとられているため,がんや糖尿病以外の疾病との関係の記述は限定されている。単位認定を目的とする学習を批判する著者の本意でないかもしれないが,当世学生気質や共用試験を考慮すると,練習問題を望む声も上がりそうだ。定期的なアップデート,関連

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