今こそ学びたい! サパイラの身体診察(須藤博,徳田安春)
対談・座談会
2012.12.03
【対談】今こそ学びたい!サパイラの身体診察 | |
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身体診察の教科書において最高峰として名高い『Sapira's Art and Science of Bedside Diagnosis』。身体診察の手技はもちろん,その歴史など関連する知識も充実しているため,研修医だけでなく,身体診察を学んできた指導医にとっても読み応え十分な一冊と言われています。身体診察を誰よりも深め,その高みを極めたという本書の著者サパイラ氏(MEMO)とは,どのような人物で,どのような哲学を持っていたのでしょうか。
本紙では,近日発刊される本書の訳本『サパイラ――身体診察のアートとサイエンス(原著第4版)』(医学書院)の監訳を務めた須藤博氏と徳田安春氏に,サパイラ氏の診療スタイルや人柄,身体診察の魅力について,お話しいただきました。
写真 徳田氏(左)とサパイラ氏。1996年,米国セントルイスにあるサパイラ氏の自宅にて。 |
須藤 とてもうらやましいご経験ですね。サパイラ先生の教育回診はどのように行われたのですか?
徳田 先生の教え方はいわゆる問題解決型というよりは,手技や診断を直接指導していくタイプでした。米国の病院でも先生の教育回診を見学したのですが,学生やレジデントは先生のことを非常に尊敬していて,回診では彼らがいつも緊張していたのを覚えています。
須藤 サパイラ先生は,お写真で見る限りちょっと見た目が怖そうなので,学生はそれだけでも身構えてしまいそうですよね。
徳田 実際はとても優しい先生なんですよ。
須藤 私は直接サパイラ先生にお会いしたことはありませんが,先生の教育回診の素晴らしさは,耳にしたことがあります。あるレジデントが「認知症」と診断されている患者さんのプレゼンテーションをしていたとき,ちょうどその患者さんが騒ぐ大きな声が廊下の向こうから聞こえてきたそうです。するとサパイラ先生は,患者さんを診る前に「これは認知症ではなく,甲状腺機能低下症だ」と診断されたというのです。
徳田 プレゼンテーションと患者さんの声だけで判断したのですか。
須藤 そのようです。こういう話を聞くと,一度は直接教わってみたかったと思いますね。
サパイラの知識と教養が凝縮された一冊
徳田 サパイラ先生はプライベートでは非常に好奇心旺盛な方でした。来日中に連れて行った与那国島では,現地の馬に大変興味を持っていました。また,独特の音階を持つ八重山民謡を聴かせると「この音階を解明しないといけない」と,非常に興奮されていたのを覚えています。
米国のご自宅に行ったときには,手料理を振る舞ってもらったのですが,実は先生は料理本を出版したほどのこだわりを持っており,なんと自宅の地下ではビールまで作っていました。これには大変驚かされました。
須藤 医学以外のことにも興味を持たれ,幅広い知識をお持ちだったのですね。
今回私たちが翻訳したサパイラ先生の著書(以下,『サパイラ』)を読むと,先生の好奇心が身体診察にも強く向けられていたことがわかります。例えば,手技の説明には他の医師からのパーソナル・コミュニケーションが多く織り込まれています。
徳田 確かに,参考文献を示すのは教科書として当たり前ですが,それだけでなく「ミズーリ大の医師に教わった手技で……」などの表現を取り入れているのは珍しいですよね。
須藤 『サパイラ』によると,先生が脾腫に関する論文を書かれたときには,世界中のあらゆる文献を集めて,知り得るすべての方法を網羅されたにもかかわらず,数か月後には別の先生から自分の知らなかった方法を教わったそうです。積極的に誰かと議論して新しい手技を学ぼうとされたサパイラ先生の姿勢が伺えます。
徳田 身体診察にはさまざまな手技があることも,サパイラ先生の好奇心を駆り立てていたのかもしれません。
須藤 そうして人から聞いて得た手技を自分で確かめて,「I think……(私はこう思います)」と書いているところも,『サパイラ』の大きな特徴です。こうした主観を交えた表現は,一般的な医学の教科書では見られないと思います。
徳田 「この手技に関しては,誰が最初にこう唱えて,その手技をさらに深めたのは誰で……」といった歴史書のような書き方もあります。教科書というよりは,読み物のようですね。
須藤 医学書であることを忘れてしまいそうなほどです。
徳田 ほかの身体診察の教科書ならば,手技が羅列されるだけのところ,『サパイラ』では手技の解説はもちろん,そこから関連する知識が多く得られます。まさに,サパイラ先生自身を現した本と言えるでしょう。
須藤先生がこの本を最初に読まれたのはいつごろですか。
須藤 私が『サパイラ』を買ったのは2000年,当時勤務していた東海大で総合内科立ち上げのために,米国のブラウン大に視察に行ったときです。大学の医書専門店で青い表紙の第2版が山積みにされていたのですが,ちょうどその隣には,マクギー先生(Steven McGee,ワシントン大教授)が書かれた『Evidence-Based Physical Diagnosis』(日本語訳『マクギーの身体診断学』診断と治療社)の初版も積まれていたので,2冊同時に買いました。今思えば,同じ診断学でもまったく特色の違う2冊を一緒に買っていたのですね。
徳田 確かに面白い組み合わせですね。両方を読まれて,いかがでしたか。
須藤 どちらも大変素晴らしい本だと感銘を受けました。マクギー先生の本は,身体診察のエビデンスを扱っているのですが,あれほどたくさんのエビデンスを網羅的にまとめた本は初めてで,衝撃的でした。一方,サパイラ先生の本は,さまざまな身体診察の手技が詳細に記してあり,時には読み物のようにも楽しめるところが魅力的でした。しかし,最初は難解な英語表現に苦しめられ,「簡単には読めないな」とちょっとめげたのを覚えています。
"まえがき"には,米国における医学教育の質の低下や,テクノロジー偏重で身体診察が軽視されている現状に対する憤りと,身体診察を学ぼうとする若い人たちに先達からの知恵を伝えなければならないというサパイラ先生とオリエント先生の想いが,熱いメッセージとして込められていました。これは何度読んでも素晴らしい名節です。続く第1章では,サパイラ先生の知性と教養がひたすら披露されています。医学以外のことも多く出てくるので,読んでいるこちらの教養を試されているようにも感じました。
身体診察は「ルール・オブ・ショパン」
徳田 サパイラ先生たちの世代は,診断の基本にとても忠実で,身体診察の技術もかなり高かったように感じます。しかし,私が米国に留学していたころから,徐々に身体診察...
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