医学界新聞

2012.11.12

Medical Library 書評・新刊案内


≪精神科臨床エキスパート≫
これからの退院支援・地域移行

水野 雅文 編
野村 総一郎,中村 純,青木 省三,朝田 隆,水野 雅文 シリーズ編集

《評 者》原 昌平(読売新聞大阪本社編集委員)

変革期をリードする実践例

 掛け声だけで物事は進まない。入院医療中心から地域生活中心の精神科医療・福祉への転換を政府が「新障害者プラン」で掲げたのは2002年末。社会的入院患者7万2000人を10年間で解消する方針を厚労省が打ち出したのは2003年5月だった。

 それからほぼ10年。地域の福祉資源は確かに増えたし,新規患者の入院期間も短くなったけれど,地域移行が進んだとは決して言えない。厚労省の2010年「病院報告」によると,精神病床の入院患者はなお31万人あまり,平均在院日数は301日に上る。人口比でも絶対数でも「世界一の精神科病院大国」という状況は変わっていない。スローガンを実現させるために必要な政策手段を講じなかった政府には,そもそも「本気度」が欠けていた。入院中心の経営を漫然と続けたい民間病院の意向も影響したのだろう。

 だが,そうした中でも,変革の道を切り開いてきた先駆者たちがいる。本書は,その代表的な実践例を紹介している。

 あさかホスピタル(福島県)は,統合型精神科地域治療プログラム(OTP)の手法を導入した。分院を廃止して共同住居に変え,次にはそれも閉鎖して患者は街の中の共同住居やアパートなどに移った。本院でも長期入院者向けの講座を病棟内で開くなどして患者の意欲と力を高めた。1997年に計705床あったベッドを,2011年には531床に減らした。

 山梨県立北病院も,300床から200床へのダウンサイジングを成し遂げた。長期入院患者の多くはそのまま入院していたいと言い,家族は引き取りを拒み,病棟の看護師は「無理」「かわいそうでは」と反応する。そうした抵抗を乗り切るには「まず病院全体の気合」が大事で,少なくとも最初のうちは「やればやれる」(退院を増やせる)のだという。

 それらを含め,この本で報告されている7つの病院の退院促進・地域ケアの取り組みからは,経営者の強い意欲とプライドがうかがえる。社会的偏見や地域での受け皿不足を言う前に「院内から押し出す力と工夫」が欠かせないことを示している。もちろん経営者たちは,地域移行・病床縮小が経営的にもプラスになるから,実行したわけである。

 また地域移行は退院だけでは終わらない。地域生活の維持,さらには就労の実現が重要になる。本書では,東京の2つのクリニックの地域ケア,そして精神障害者の就労事業所であるラグーナ出版(鹿児島県)の活動も伝えている。

 日本での本格的な変革はこれからだ。入院治療を全否定できないにしても,その弊害を十分に意識すること,とりわけ長期入院・社会的入院は「人生の時間と幸福追求の機会を奪う人権侵害である」という認識を共有することが出発点だろう。本書に盛り込まれたさまざまなノウハウを活用して,未来志向の変革が各地で展開されることを期待する。

B5・頁212 定価5,670円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01497-7


EULARリウマチ性疾患超音波検査テキスト
Essential Applications of Musculoskeletal Ultrasound in Rheumatology

Richard J. Wakefield,Maria Antonietta D'Agostino 原著
大野 滋 監訳
池田 啓,瀬戸 洋平 訳

《評 者》小池 隆夫(NTT東日本札幌病院院長)

エコー経験者にとって必読というべき書

 関節リウマチ(RA)の日常診療で,簡便で最も優れた検査は実は超音波検査(エコー)であり,10年ほど前から,欧州を中心に急速に普及してきた。わが国でも,ここ数年エコーがリウマチ診療の現場に浸透し始めている。

 RAの領域は画期的新薬である「生物学的製剤」の登場で「寛解」が治療目標となり,時には「治癒」をもめざせる時代になってきた。しかし現実の診療では,「リウマチの活動性の判定」は,医師が「目で見て」「指で関節を触って」,さらには患者や医師のVAS(visual analogue scale)等々,いまだに極めて主観的な要素の強い判定がなされている。このような前近代的な状況を解決してくれるのが,エコー検査である。エコーを用いることにより,リアルタイムで「活動性の関節炎(滑膜炎)の有無」が判断できる。実臨床ですでにお使いになっておられるリウマチ専門医には実感していただけると思うが,もはやエコー無しでのRAの診療はあり得ない。循環器の専門医が心エコーの所見無しに循環器の診療ができないように,エコーというツールを持っているリウマチ医は,もはやエコー所見抜きにはRAの診療はできない。もちろん関節エコーの領域は,いまだ発展途上であり解決しなければならない問題は数々あるが,少なくとも今の私には,エコー所見無しに「貴方はRAです」とも「貴方のRAは寛解しています」とも,患者に伝えることはできない。

 そのようなときに『EULAR(欧州リウマチ学会)リウマチ性疾患超音波検査テキスト』が大野滋先生を監訳者に,池田 啓,瀬戸洋平の両先生の翻訳で出版された。先にも述べた通り,関節エコーは欧州諸国が「先進国」であり,多くの欧州の国々では,エコー検査ができることを,リウマチ専門医取得の要件とすることが検討されている。

 本書を通覧すると,まず図版の美しさに圧倒されると同時に,翻訳文が実に「よく熟れている」ことに感心する。これまでのこの種の英文の教科書の翻訳は極めてわかりにくいことが多く,原著を再読してあらためて理解できることがしばしばである。業界の有名人を監訳者に仕立てあげて,言わば「やっつけ仕事的」なものがほとんどである。本書は違う。「実際の臨床現場でエコーの普及に邁進している,若き精鋭3人」が精魂込めて「翻訳」という難事業にチャレンジしているため,極めて理解しやすい。本書は決してエコーの初心者向けのテキストではないが,エコー経験者には必読の書と言っても過言ではない。それと同時に,このようなテキストを発刊することができるEULARの底力や裾野の広さにあらためて感心する。日本からもこのような立派な関節エコーのテキストが発刊される日が来ることも期待しつつ,本書の購読を推薦する。

A4変型・頁384 定価15,750円(税5%込)MEDSI
http://www.medsi.co.jp/

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