医学界新聞

連載

2012.11.12

在宅医療モノ語り

第32話
語り手:一度きりですが,使い道はいろいろ 舌圧子さん

鶴岡優子
(つるかめ診療所)


前回からつづく

 在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりであるが,往診鞄に特別な関心を持ち全国の医療機関を訪ね歩いている。往診鞄の中を覗き道具を見つめていると,道具(モノ)も何かを語っているようだ。今回の主役は「舌圧子」さん。さあ,何と語っているのだろうか?


フォーチュン・舌圧子
中華料理屋で最後にもらうフォーチュン・クッキー,結構楽しみだったりしませんか? ザイタク業界にも,もう少し遊び心があってもいいのかもしれません。患者さん家族から招き猫ガムをいただきました。良縁幸運でした。
 漢字どおりの働きをすると言っていいと思います。私は舌を圧迫して口腔内を観察するための道具,舌圧子です。読むことはできても書くことは難しいかもしれませんね。「子」を「シ」と読めても,「シ」から「子」はなかなか頭に浮かびません。ゼツアツシ,確かに日常生活ではあまり使われない道具です。

 私は使い捨てタイプの舌圧子です。素材は木で,細長く板状に加工されています。滅菌モノなので紙やビニールで覆われています。金属製の舌圧子さんのほうに根強い人気があることは存じていますが,在宅医療の現場では私のような個装タイプがなにかと便利です。ザイタクのすべての患者さんに毎回お口の中を見せていただいているかというと,そうでもありません。「風邪ひいたのかな。喉が痛いんですよ」「魚の骨が刺さったかもしれない」「口内炎ができているかも」なんてときにはもちろん,「口腔ケア,ちゃんとできていますか?」なんてとき,私が往診鞄から出ていき,仕事にとりかかるのです。利き手で私をつまむように持ち,反対の手でライトを持って「あーん」とやる,あれです。半分くらいのドクターは自分の口も開けてしまっています。診察は,私が口腔内の奥に入り過ぎないように,咽頭反射に注意しながら行います。それから入れ歯,これはクセモノです。面倒だと思わず,必ず外してから私を使ってください。モノ陰にどんな状況が隠されているかわかりませんから。異物誤飲も絶対避けなくてはいけません。

 ところで舌を押さえる以外の私の使い道,ご存じですか? 医療業界で有名なのは「軟膏塗り」でしょうか。ヘラとなった私は,壺から軟膏をガッポリすくいます。またあるときは,チューブからニュルーと出た軟膏を受け取ります。そしてガーゼにベターと薄く伸ばすのです。私を使い終わったらポイです。ただ最近はあまり見なくなった光景かもしれません。被覆材やラップ療法の普及も関係があるのでしょう。それでも感染が合併しているときは,軟膏さんやガーゼさんとのコラボも少なくないのです。

 さあ,これ以外の舌圧子の使い方はどうでしょうか? 心尖拍動を診るために使われているのを見たこともあります。拍動の上に舌圧子を置き,「テコの原理」を利用することで,拍動の動きを大きく見せていました。周りにいた大勢の医学生さんはどよめいていました。あのときは私のような使い捨てタイプではなく,光る金属のモノだったように思いますが,ワタクシ舌圧子は医学教育の場でも活躍しているのです。

 そうだ,医学教育で思い出しました。うちの主人は大学病院で働いていたころ,医学部の医療面接実習の担当教員でした。学生さんがSPと呼ばれる模擬患者さんとロールプレイをする実習です。仲間の前で医師役を演じるのはさぞかし緊張するに違いません。私はその授業のアイスブレイク役として働いた時期もあります。「この道具,何ですか? どのように使うか知っていますか?」。学生さんが答えます。「舌圧子です。舌を押さえて喉を診ます」「他の使い道は?」。若い脳ミソからはどんどんアイデアが出てきます。「アイスクリームのスプーン」「手作りアイスの棒」「積み木として使う」「人形をつけて人形劇」。中年教員だって負けてられません。「今日はこの舌圧子でくじを作ってみました。くじ引きでロールプレイの順番を決めましょう」。

 在宅療養支援診療所の開業後,1箱1000本で買われた私たちは,診療所にまだまだたくさん残っています。今後もしばらくザイタクで使い道を増やしていけそうですね。

つづく

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