医学界新聞

連載

2012.10.08

外来診療
次の一手

第7回】「最近,歩きづらいんです……」

前野哲博(筑波大学附属病院 総合診療科教授)=監修
五十野桃子(筑波大学附属病院 総合診療科)=執筆


2993号よりつづく

 本連載では,「情報を集めながら考える」外来特有の思考ロジックを体験してもらうため,病歴のオープニングに当たる短い情報のみを提示します。限られた情報からどこまで診断に迫れるか,そして最も効率的な「次の一手」は何か,ぜひ皆さんも考えてみてください。


【症例】Bさん 62歳女性


夫同伴,自力歩行で入室。
Bさん「最近,歩きづらくて……。転びそうになって電車に乗れません」
Dr. M「いつからですか」
Bさん「気になり始めたのは3か月ほど前からですが,この1か月くらい特にひどくなった気がします」

バイタルサイン:体温36.2℃,血圧118/76 mmHg,脈拍82回/分(整),呼吸数12回/分,身長155 cm,体重45 kg。

⇒次の一手は?

■読み取る

この病歴から言えることは?

 歩行障害の原因となる疾患は,脳血管障害や頭蓋内病変等による中枢神経障害,パーキンソン病やALSなどの神経変性疾患,脊柱管狭窄症などの脊髄・神経根障害,神経筋接合部,筋疾患,骨・関節障害,血管系など多岐にわたる。まずは症状の時間的経過や歩行様式を確認したい。両側性か否か,左右差があるか,筋力低下があるのか。本症例は緩徐進行性であり,脳血管障害はほぼ否定的と考えられる。

■考える

鑑別診断:「本命」と「対抗」に何を挙げる?

 「本命=脊柱管狭窄症」。1か月以上の経過であることからも考えやすく,最も頻度が高い。深部腱反射異常や感覚低下などの神経症状の有無および,その範囲を確かめる。

 「対抗=神経変性疾患」。緩徐進行性の歩行障害であることから,パーキンソン病(錐体外路型),脊髄小脳変性症(運動失調型),ALS(筋力低下型)などが鑑別候補に挙がる。日常生活での変化を確認することで,どの系統が障害されているかが判別できる。

 「大穴=脳腫瘍」。年齢も考慮すると,緩徐進行性の神経疾患である脳腫瘍などの頭蓋内病変は否定しておきたい。

■作戦

ズバッと診断に迫るために,次の一手は?

「どういうふうに転びそうになるのですか?」

 転びそうになる過程を具体的に確認することで,鑑別が可能となる。同じ転倒でも病態によって病歴は異なる。「力が入らない」のであれば筋力低下が原因であり,脊髄疾患やALSなどを疑う。「ふらつく」のであれば,運動失調が原因で脊髄小脳変性症などを疑う。「足が出ない」のであれば,パーキンソニズムによる姿勢反射障害を疑う。

その後

 「満員電車だと乗り遅れる」「混雑時は駅通路を歩けない」など,視覚的負荷によって生じるすくみのエピソードがあり,さらに病歴聴取を進めると「ボタンをしめられない」「歯磨きが遅くなった」など,動作緩慢も本人から確認できた。また,数か月前に電話で,声が小さく聞き取りづらいと友人から指摘されていた。身体所見では左優位に歯車様固縮,すくみ足,姿勢反射障害を認めた。頭部MRIでも器質的疾患を認めず,パーキンソン病と診断された。

■POINT

 歩行障害では,「力が入らない」「ふらつく」「足が出ない」のいずれかを確認する!

つづく

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