臨床実習の明日を見つめて(奈良信雄,前野哲博)
対談・座談会
2012.08.06
【対談】
臨床実習の明日を見つめて
奈良 信雄氏(東京医科歯科大学教授・医歯学教育システム研究センター長)
前野 哲博氏(筑波大学教授・地域医療教育学/総合臨床教育センター長)
医学生が実際の医療に触れる初めての機会となる「臨床実習」。医師として必要な技能・態度の修得に不可欠なその教育課程に今,改革が急がれています。米国ECFMG(Educational Commission for Foreign Medical Graduates)は2023年以降,「国際的な認証を受けた医学部の卒業」を米国で臨床研修を行うための要件にすると発表(MEMO)。認証取得の鍵は,参加型臨床実習を充実させ,医学教育の質を保証することと言われています。
本対談では,全国医学部長病院長会議「医学教育の質保証検討委員会」委員長を務める奈良信雄氏と,充実した臨床実習に定評がある筑波大学の前野哲博氏を迎え,これからの臨床実習の在り方を考えます。
なぜ今,臨床実習の充実化が求められるのか
奈良 現在の医学教育で最も充実させなければいけないのが,臨床実習だと言われています。
前野 卒前・卒後の研修をシームレスにつなげ,より効率的に臨床研修を行うためには,臨床実習を充実させ卒前での臨床能力を底上げすることが,良医の養成を国民に保証するという観点から重要です。さらに医学部に国際的な認証の取得が求められていることも,臨床実習の充実化を急ぐ理由となっています。
奈良 現在,そういった要請に応え,わが国の医学部でも国際的な基準に則った新たな臨床実習の枠組みを作ろうという議論が始まりました。
前野 国際認証を取得するためには,臨床実習にどのような基準が求められるのですか。
奈良 米国では,カリフォルニア州など多くの州で医師免許取得の要件に72週以上の臨床実習が,欧州では医学部教育の3分の1以上の時間を臨床実習に充てることが課されています。もっとも,国際的な基準とされるWFME,LCMEどちらの基準にも,臨床実習に必要な時間数は規定されていません。求められるのは時間数ではなく,臨床実習の“質”です。
前野 つまり,従来多かった「見学型」ではなく,「診療参加型」の臨床実習が求められるということですね。
教育よりも診療現場を優先すれば,どうしても「学生は後ろで見る」という見学型の実習となりますが,それでは応用力はつきません。単なる知識にとどまらず,実践的なスキルや臨床現場での問題解決能力を身につけるには,手間がかかりリスクもありますが,現場に触れる臨床実習は必須ですね。
臨床実習の在るべき姿とは
奈良 では,具体的にどのような臨床実習の導入が望ましいのかを考えていきましょう。まずは筑波大学での臨床実習をご紹介いただけますか。
前野 本学では,“本来在るべき臨床実習”という観点から2004年度にカリキュラム改革を実施し,78週間のクリニカル・クラークシップ(以下,CC)方式をとった診療参加型臨床実習を導入しています(図1)。
図1 筑波大学のクリニカル・クラークシップの全体像 |
網掛け部分がCCに該当。原則として全診療科をローテーションする。実習期間は各科均等ではなく,学生の興味と希望に基づいてユニット内での弾力的な設定が可能となっている。 |
特徴として,実習単位を「5階ユニット」のようなフロア(階)ごととする「フロアユニット」としていることがあります。われわれの大学病院は混合病棟ですが,もし,診療科の順番だけを決めて実習した場合,1-2週ごとに頻繁に病棟が変わることになるため,担当する看護師や物品の場所がその都度変わり,参加型実習の障害になる恐れがあります。そこでフロア単位でユニットを作り,一定期間まとめて実習する方式を採用しています。
各ユニットには診療科が4-5科ずつ含まれ,全部で7つのユニットを8週ずつ回ります。このほか,もう一度回りたい診療科2つを4週ずつ回る「選択CC」,まるまる8週地域の病院・診療所に出る「地域CC」,さらに6年生での「自由選択実習」6週を合わせ,合計78週という構成になっています。
奈良 実習の時間数を多く確保しているのですね。ただ時間数を増やすと,実習前の基礎医学や臨床医学の教育が大変になりませんか。
前野 本学では,4年生の6月に共用試験を行い9月から臨床実習を始めるので,それまでに実習前教育を終わらせる必要がありました。それが可能になったのは,3年次までのカリキュラムを臓器別の統合カリキュラムとし,チュートリアルと講義のハイブリッド型で効率的に運用するシステムを採用しているためです。ただ,基礎医学の教員を中心に「もう少し時間がほしい」という声はありますね。
奈良 東京医科歯科大学では,2011年度の入学生から1年間の教養教育の後,2-3年生で基礎医学と臨床医学を学ぶという新カリキュラムを導入しました。実習前教育は,関連する基礎医学分野をまとめて学ぶモジュール制や,例えば消化器であれば内科だけでなく外科や画像(放射線科),解剖,病理も同時に学ぶブロック制を敷くことで効率化に努めています。
前野 工夫をしているのですね。
奈良 旧カリキュラム(図2)では5年生の4月から臨床実習を開始しますが,新カリキュラムでは臨床実習を4年生の秋から開始できるようになります。臨床実習では,プレクラークシップとしてまずシミュレーターなどを使って診察技法や心電図・エコー検査法などを学び,それから病棟や外来で実際の患者さんを対象にしたCCが行われます。旧カリキュラムでは臨床実習は62週ですが,新カリキュラムではCCをより充実させ78週以上確保する計画です。
図2 東京医科歯科大学の臨床実習の構成(2002-10年入学者用) |
地域や行政を巻き込み,院外実習施設を整備する
前野 十分な実習期間の確保は,まだ多くの大学で課題となっています。1年間,つまり52週以上の実習期間を設けると,どうしても2学年分に当たる約200人の学生が同時に臨床実習に出る時期が生じます。その人数を受け入れ可能な大学病院は少ないため,教育機能を持つ院外の医療機関を実習の場としていくことも必要でしょう。
奈良 大学病院外での実習施設を充実させることは,臨床実習における重要な環境整備の一つですね。
前野 院外実習には,大学病院という特殊な診療環境だけでなく,地域医療などさまざまなタイプの医療現場を経験させるという役割もあります。
本学では,8週間の地域CCのうち6週間を教育関連病院,1週間を地域の診療所,残りの1週間を茨城県の東端にある神栖市の民宿に泊まり込んで過ごします。神栖市では,訪問看護や診療所実習,乳児健診などのほか,地域健康教室の実施や住民体験実習として野菜の収穫や和菓子作りなどを手伝いながら地域住民と触れ合い,そこでの会話を通して地域医療のニーズを聞くという実習も取り入れています。
奈良 面白い取り組みですね。学生の満足度も高そうです。
前野 ええ。地域の医療機関だけでなく自治体側も,医学生がその土地での地域医療に興味を持ってくれるなら喜んでサポートしてくださる場合が多いです。
院外実習には,学生が多様なフィールドで学べるだけにとどまらず,医療機関にとっても教育に携わることで病院を活性化し,未来の医師にその存在をアピールする機会を得るというメリットがあります。行政・地域を巻き込んで教育の枠組みを構築していけば,院外実習を支えてくれる人はもっと増えると思います。
奈良 教育に必要なマンパワーを,大学だけでなく行政や地域が一体となり支えるというコンセプトはいいですね。
米国では,大学外の病院の医師がボランティアで教育に携わることが少なからずあると聞きます。日本でも大学教員だけでは教育のすべてをまかなえないので,関連病院の医師や地域の開業医に臨床実習の協力を得るのが望ましい形ですね。
前野 本学では,院外でも大学病院と同レベルで臨床実習を実施できることを目標に,地域の医療機関に大学教員を派遣する取り組みも行っています。現在,約50人の教員が院外の医療機関に所属しており,院外でも統一した理念のもとCCを実施できるようなカリキュラムにしていきたいと思っています。
奈良 教育にばらつきがでないよう,実習に携わる医療者が指導法を共有することは,とても重要なことですね。
どの医行為を学生が実施するのか?
奈良 臨床実習の環境整備という観点からは,学生が実施できる医行為をどのように定めればよいのかという課題もあります。
前野 本学では,実は学生が行ってよい医行為を明確な文書の形では規定していません。というのは,実習の開始時点と終了間近では学生の実力もモチベーションも全く違うからです。それを一つの規定で縛ってしまうのは,むしろ参加型実習の足かせとなるため,指導医が責任を持つかたちで柔軟に運用しています。
よく,「参加型実習=侵襲的な医行為をさせなければいけない」と誤解する方もいますが,そうではありません。できるだけ指導医の裁量権を大きくとり,学生一人ひとりに適したCCを心がけています。
奈良 「法」で縛るのではなく,あくまでも教員の裁量で医行為を判断するという考えですね。ただその場合,学生が行う医行為を患者さんが嫌がる懸念はないですか。
前野 もちろん,そういうことが極力ないよう症例を選び,十分な指導のもと診察に当たります。これまで大きなトラブルになったことはありませんが,忙しい診療の場でどうやって患者さんの同意を得て教育と診療を両立させていくかは大きな課題です。
奈良 われわれ医療者は,医師を育てるためには国民の協力が必要だということを,社会にもっと発信していかなければならないのかもしれませんね。
前野 そのためにも医学生は患者さんにもっと礼儀正しく接する必要があるでしょう。CCの基本は,患者さんとのコミュニケーションにあります。学生自身が,後ろで見ているだけでなく前へ出て,自分の受け持ち患者としっかり話をして,患者をきちんと把握することが大切です。
奈良 医療事故が裁判沙汰になる場合,多くは医療者・患者間のコミュニケーションが取れていないことが原因です。ですから,学生時代からコミュニケーション能力を十分に鍛えることは大事ですね。
参加型臨床実習のアウトカムを評価するには
前野 ここまで環境整備の面から臨床実習をめぐる課題を考えてきましたが,「これをすれば参加型臨床実習」と言える定義は実はありません。
奈良 アンケートで「CCを行っている」と回答しても,“自称参加型”で従来の見学型と変わらない大学もあり,大学ごとに臨床実習の受け止め方が異なる部分も多くあるのが現状です。ただ一つの道しるべとして,本年3月の文科省「先導的大学改革推進委託事業」で,臨床実習の在るべき姿を報告しました1)。ぜひ全国の医学部の先生方に参考にしてほしいと思います。
前野 臨床実習の週数やカリキュラム内容といった外形評価の基準があると,確かにわかりやすいと思います。ただ医学教育の質保証という観点では,カリキュラムだけではなく内容,つまり参加型の程度のようなものを評価する必要があります。
奈良 参加型臨床実習の質の評価は非常に難しく,おそらく外部評価でも見えにくい部分です。一つの方法としては,どのような実習を受けているかを学生にインタビューする手法があります。英国では,学生や研修医にも研修内容や臨床指導のようすについて調査を行っていると聞いています。
前野 本学でも毎年学生にアンケートを実施しており,「実習期間」「CC方式で適切に実施されていたか」という設問では,適切との評価が年々高まっています。また,各科の教員による学生のパフォーマンス評価では,旧カリキュラムに比較し新カリキュラムでは全項目向上しています(図3)。これですべてを判断できるわけではありませんが,期間を十分に取ってCCを行えば学生の能力は伸びると実感しています。
図3 CC終了時における学生のパフォーマンス評価 |
各診療科の担当教員が,5年次終了時1週間の実習におけるパフォーマンスについて各学生を評価した結果。全項目で新カリキュラムの数値が向上している。 |
奈良 非常にいいデータですね。一方,CCでは患者さんへの責任が伴い,リスクもあります。実習の場に出る前に,共用試験で学生の知識・態度・技能をきちんと評価することも必要でしょう。
前野 共用試験では“形”は評価できても学生が身につけた“中味”はわかりません。共用試験の評価だけでなく,その学びを実習で発展させ,実臨床の力につなげていくこと,そしてそれをきちんと評価する必要があります。
奈良 学生が行うプロセスをチェックし,フィードバックすることが重要ということですね。一方で,教員だけが教育を担うのでは,負担が大きいのも実際です。そこを解決するようなアドバイスはありますか。
前野 よく屋根瓦式と表現されますが,教員だけでなく上級医,研修医あるいは学生も教育スキルを上げると教員の負担軽減につながります。特に研修医は,自分が教わるだけではなく「自分も後輩を教育していくんだ」ということを最初からミッションとして組み込んでいくことが大切です。
奈良 医療は医師だけでなくさまざまな職種の方の連携で成り立っているため,多職種の方々に協力してもらうことも必要ではないですか。
前野 ええ。職種の壁がまだ厚いのも事実ですが,多職種連携は今後の医療の大きなキーワードです。優れた医療の提供を全医療者の共通の目的とし,医師も他の職種の教育に協力する一方で,医学生の教育に他職種の協力を得られる関係を築いていく必要があります。労力と手間を考えると大変ですが,教育に対する大学自身の姿勢が問われている部分です。
国際認証の取得への道
奈良 現在,日本医学教育学会で認証のための基準策定が進められ,並行して全国医学部長病院長会議「医学教育の質保証検討委員会」を中心に国際認証を取得するための制度設計が検討されています。
国際認証に対応すべく,WFMEの基準を日本の医学教育制度の実状に合わせた日本版作成の作業がほぼ終わり,医学教育学会のホームページで原案が公開されています2)。認証評価基準の策定に引き続き,各大学医学部の認証評価を2023年までに進めていく計画です。
前野 「まだ時間がある」といった意見も聞かれますが,2023年度の卒業生から認証を受けたプログラムでの実習が必要なため,6年を差し引いて17年度にはカリキュラム整備が終わっていなければならないのですよね。
奈良 そうです。ECFMGは,2023年の段階である程度カリキュラムが整備されていればよいともアナウンスしていますが,各大学での自己点検とその後のサイト・ビジットを含めた外部評価という認証のステップを考えると,時間に全く余裕はありません。
前野 おそらく全国の医学部教員の最大の関心事は,最低限の実習期間が何週間になるかでしょう。
奈良 日本医学教育学会で原案を策定した際にも意見が分かれた点です。日本版では臨床実習の質を重視し,あえて期間を定めない予定です。
前野 初期研修の必修化の際に,数値目標が最も大きな議論になった経験を踏まえると,実習期間を公式に定めないとかえって不安になる大学もあるのではないかと思います。実際,米国の72週という数字は,各大学のカリキュラム改革の推進力となっていますよね。現実とのすりあわせはもちろん必要だと思いますが,明確な目標を設定することで,臨床実習充実の後押しとなる部分もあると思っています。
奈良 そういった考え方も確かにあります。基準についてはパブリック・コメントを募集しますので,原案をご覧の上,ぜひ多くの方からご意見をお寄せいただきたいと思います。
世界に誇れる医学教育の確立を
前野 私は臨床実習改革のいちばんの鍵は,学生を信頼することだと考えています。個人的な印象ですが,学部5年生も卒業したての研修医も,臨床能力はそれほど変わらないと思うのです。ではなぜパフォーマンスが違うのかというと,それは与えられている役割と責任感ではないかと思います。
奈良 なるほど。
前野 やはり役割を与え責任を持たせなければ,パフォーマンスは引き出せません。学生のポテンシャルを信じ臨床の場で役割を与える。そういったパラダイム・シフトを医学教育の現場が受け入れられれば,臨床実習は大きく変わっていくと思います。
奈良 そうですね。医学部教育で最も重要なミッションは,国民から信頼される医師を育成することです。安全・安心な医療を提供できる医師の養成には,医学部教育における臨床実習の充実化は欠かせず,また臨床研修制度についてもより一層の改善が求められます。この臨床実習改革を機に,国際的にも誇れる医学教育の確立をめざしたいものです。今日はありがとうございました。
MEMO 医学部の国際的な認証 米国外の医学部卒業生向けに米国での臨床研修資格を発行するECFMGが,2023年以降は世界医学教育連盟(World Federation for Medical Education;WFME)もしくは米国医学教育連絡委員会(Liaison Committee on Medical Education;LCME)と同等の基準で認証された医学部の出身者にのみ,米国医師国家試験USMLEの受験資格を与えると2010年秋に発表。2023年以降,日本の医学部出身者が同資格を得るためには,国際基準に則った教育を実施しているという認証を医学部が取得している必要がある。 |
(了)
註
1)2011年度先導的大学改革推進委託事業「医学・歯学教育の改善・充実に関する調査研究」(東京大学,東京医科歯科大学)
2)http://jsme.umin.ac.jp/ann/jmse_an_120624_WFME.html
奈良信雄氏 1975年東京医歯大医学部卒。放医研,トロント大オンタリオ癌研究所研究員などを経て,94年東京医歯大教授。2006年より現職。専門は血液内科学,臨床検査医学,医学教育。世界14か国,35大学の視察経験に基づき,国際レベルで通用する医師の育成を目標に,医学部教育や医師国家試験の在り方などを検討している。「医学教育モデル・コア・カリキュラム」改訂委員,医師国家試験改善検討部会委員,日本医学教育学会代議員。『内科診断学(第2版)』『わかる!検査値とケアのポイント』(ともに医学書院)など編著書多数。 |
前野哲博氏 1991年筑波大卒。川崎医大総合診療部,筑波メディカルセンター病院などを経て,2009年より現職。総合診療科で診療・教育に従事する傍ら,大学病院の臨床研修プログラム責任者,医学群医学教育企画評価室のメンバーとして,卒前・卒後教育のコーディネートにかかわり,特に地域医療教育の充実にむけ精力的に取り組んでいる。日本プライマリ・ケア連合学会副理事長,日本医学教育学会評議員。編著書に『帰してはいけない外来患者』(医学書院)など。 |
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