医学界新聞

連載

2012.07.30

在宅医療モノ語り

第29話
語り手:楽しむ余裕を届けたい 日日草さん

鶴岡優子
(つるかめ診療所)


前回からつづく

 在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりであるが,往診鞄に特別な関心を持ち全国の医療機関を訪ね歩いている。往診鞄の中を覗き道具を見つめていると,道具(モノ)も何かを語っているようだ。今回の主役は「日日草」さん。さあ,何と語っているのだろうか?


意外なチームワーク
向日葵さんが背高で孤立してそびえ立っているとは限りません。私たち日日草とチームを組める品種もいます。撮影直前,向日葵さんの黄色の花びらがちょっと落ちてしまいました。でも大丈夫。私たちが思いっきり咲いて,フォローしますよ。

 夏の花の代表といえば,やはり向日葵さんでしょうか? 庭でリンとそびえ立ち,鮮やかな黄色の大輪を咲かす眩しい存在です。花言葉は「あなただけを見つめています」。なんとなくうなずけます。私は同じ夏の庭に咲いている花,日日草です。ピンクや白の小さい花を毎日のように咲かせます。花言葉は「優しい追憶」。決して派手な存在ではありません。

 花を見ると癒されるという方がいらっしゃる一方,「花なんて目に入らない」という方もいらっしゃいます。病人に限らず,周りのご家族やスタッフたちも私たちが目に入らない日もあると思います。幸いにも私には毎日お世話をしてくれる人がいます。オカアサンです。この家の人はもちろん,外からやってくる人も皆,他人ですが彼女をオカアサンと呼んでいます。彼女は毎朝欠かさず,冷たいお水と優しいお声をかけてくれるのです。「今日は暑くなるみたいよ。頑張ろうね」。今朝はいつもより早い時間帯に冷たいシャワーをかけてくれました。もともと花の好きなオカアサンでしたが,最近は特に私たちを可愛がってくれているような気がします。

 数年前の夏,この家のお姑さんが急に倒れ,2か月もの間,入院されました。そのときはオカアサンも家に帰ってくることができず,もう少しでプランターの仲間たちが全滅するところでした。この家にはお父さんもお子さんも,お舅さんもいますが,私たちのことは目に入らなかったようです。

 お姑さんが退院すると,定期的に家に来る人たちが増えました。毎週来るのは看護師さん,2週間に1回来るのはお医者さん。デイサービスのワゴン車も週に何回か,この家に来ます。車は花壇の近くに横付けされるので,車内の人たちにも楽しんでいただけるように,私たちは頑張って毎日小さい花を咲かせます。たくさんの人がこの家に来てくれて,お姑さんの介護の一部を手伝い,医療的なアドバイスをしてくれますが,一番頑張っているのは,やはりオカアサンでした。

 ある日,隣家の人が回覧板を手に持ち,門から入って来ました。鍵はかかっておらず,玄関までスムーズに入って行きます。隣家の人の大きな声が聴こえてきます。「おばんです。今年の旅行は,バスで花巻だって」。農協主催の旅行の企画があるようです。「ありゃあ,いいごと」「一緒に行がねえすか?」「だりゃ,寝ている人いたら出歩けないもの」「んだね」。隣家の人が帰った後,オカアサンは回覧板の花巻旅行のパンフレットをじっと見つめていました。

 またある日は,よそものが来て,ぶしつけに聞きます。「毎日の介護は大変ではないですか? ストレス解消,されていますか?」「大変っていっても親だから。楽しみは近所の人とのお茶っこ飲みと趣味をやることかな」「趣味は何を?」「花っことパッチワーク。家にいてできることばり,だね。だりゃ出歩けないもの」。庭でそれを聞いていた私は,暑さになんて負けていられない,そう思いました。朝にいただいたお水はお湯のようになり蒸れてきていましたが,力を振り絞り,ギラギラ輝く太陽に向かって胸を張ってみました。

つづく

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