医学界新聞

連載

2012.06.04

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第223回

「医療債務」という名の陥穽(1)

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2978号よりつづく

 20年以上前の昔の話であるが,ハーバード系の医療施設に研究留学したばかりのころ,医療債務の取り立て会社から,「お前は病院に対する支払いを滞納しているからけしからん。早く払え」とする内容の手紙を受け取り続けたことがあった。

取り立て会社からの催促状

 取り立て会社によると,産まれたばかりの娘が救急外来を受診した際の医療費が未払いだというのだが,そもそも救急外来を受診した理由は主治医を受診した際に実施した採血検査で血小板の値が異常に低く出たことにあった。「採血時の手際が悪くて血液を凝固させたせいとは思うが念のため再検査を受けてほしい」と,電話で主治医に指示されたのである。しかし,連絡があったのが夕刻であったため,一見したところ何の異常もなくぴんぴんしている娘を,夜間の救急外来に連れて行くことになったのだった。

 妻と私は,「すぐに採血してもらって結果が出たら帰ればよい」と軽く考えて受診したのだが,まさか「一見したところ何の異常もなかった」ことがたたって,6時間余に及ぶ受診になるとは夢にも思っていなかった。米国の救急外来は重症度・緊急性で受診の優先順位を決める「トリアージ」で運営されているため,何の緊急性もない「念のための検査」で訪れた私たちは優先度が著しく低いと判定されて,延々と待たされ続けたのである。

 待たされた挙げ句の再検査結果はもちろん正常。無事帰宅となって「これで一件落着」と浅はかにも思い込んだのであるが,ひと月ほどして,取り立て会社から督促状が送りつけられてきたので私は慌てた。というのも,米国で暮らすに当たって「個人信用」は非常に重要であり,債務取り立て会社から取り立てを受ける事態は,「信用を失う早道」となりかねないことを了解していたからである。

 「すぐ」に病院と連絡を取って「保険会社を通じて支払いは済んでいる」ことを確認,その場は解決したのであるが,驚いたことに,ひと月ほどすると取り立て会社がまた同じ内容の督促状を送りつけてきた。再度,債務が存在しないことを病院に確認したものの,その後も,ほぼひと月毎に督促状が送り続けられてきたので私は閉口した。

 何度も督促状を受け取る間に気がついたのは,(1)督促状は必ずピンク色の用紙に印刷されている,(2)配達されるのは決まって金曜日の午後,と......

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