砂糖規制運動(李啓充)
連載
2012.05.21
〔連載〕続 アメリカ医療の光と影 第222回
砂糖規制運動
李 啓充 医師/作家(在ボストン)(2976号よりつづく)
他の先進国と比べて公衆衛生分野が大きく立ち後れてきた米国にあって,例外的に先進的な実績を積み上げてきた領域が「たばこ規制」である。1960年代の包装への「有害表示義務付け」に始まって,乗り物・レストラン等公共の場での喫煙禁止や課税強化(註1)など,さまざまな施策が実施されてきた。その結果,60年代半ばには4割を超えていた喫煙率が漸減,2010年にはついに2割を下回るまでの劇的な効果を上げてきた。
一方,アルコールについても,「禁酒法」という歴史上の大失敗を経たものの,現在もそれなりの規制がなされている。特に,年齢制限は厳しく,どう頑張って若作りしても絶対に未成年に見えるはずのない私でさえも,野球場でビールを購入するたびに年齢確認のための身分証提示を求められるほどなのである(身分証を持ち歩くのを忘れた場合,絶対に売ってもらえない)。
ことほどさように,たばこ・アルコールについては,「健康に有害である」という理由でさまざまな規制が加えられてきたのであるが,現在,米国において,「健康に有害であることが明白であるのに『野放し』にされている」として,規制強化を求める運動が起こされているのが「砂糖」である。
規制正当化の4条件
バボールらは,アルコール規制が正当化される根拠として,以下の4つを挙げている(註2)。
1)Unavoidability(社会全体に蔓延し,「避ける」ことが難しい)
2)Toxicity(毒性)
3)Potential of abuse(依存症の危険)
4)Negative impacts on society(社会に対し害を為す)
であるが,ラスティッグらは,今年2月,「砂糖も,この4条件をすべて満たすから,規制されてしかるべきである」と主張する論文を発表,強い関心を集めた(註3)。
まずunavoidabilityであるが,砂糖の摂取源が果実や蜂蜜などに限られていた昔と違って,現在,多くの加工食品に甘味料が添加され,摂取を「避ける」ことは著しく難しくなっている。特に,蔗糖に代わる甘味料として,「高果糖コーンシロップ(high fructose corn syrup)」の使用が急増,新たな供給源となっている。
次にtoxicityであるが,砂糖はこれまで,ややもすると「empty calories(栄養価はゼロに近いのに高カロリー)」として扱われ,「カロリー過剰」の危険のみが論じられてきた。しかし,最近は,高血圧・脂質異常症・肝障害等,メタボリック・シンドロームに伴うほとんどすべての病態が砂糖の過剰摂取によってもたらされることが示され,「その慢性毒性はアルコールと変わらない」とする認識が強まるようになっている。
さらに,potential of abuse についても,
*砂糖を摂取すると,脳内のドーパミン濃度が増え,いわゆる「報酬系」が活性化されるのは麻薬と変わらない,
*機能的画像解析によると,糖分の多い食品を摂取させた後活性化される脳の領域は,麻薬で活性化される領域と酷似する,
*肥満者も薬剤依存症患者も,脳内ドーパミン受容体が減少しているのは共通であり,ドーパミンを多量に放出させる物質の摂取を「渇望」する状況が調っている,
*糖分を多く含む食品が脳内のエンドルフィン分泌を促すのは麻薬と変わらない,
……等の知見が集積,砂糖が,他の依存性物質と変わらない効果を脳に及ぼすことが示唆されている。さらに言うと,アルコールや麻薬の依存症で「耐性」が形成されるのと同様,「甘味依存症」でも,「もっと食べないと満足できない」という病態が進行しうるのである。
たばこ・アルコールの次は砂糖?
最後に「社会に与える害」であるが,米国ではメタボリック・シンドローム関連に毎年1500億ドルの医療費が投じられているだけでなく,米軍志願者の4分の3が肥満および関連の理由で入隊を拒絶されると言われ,砂糖が及ぼす健康被害は国家の「安全保障」を脅かすまでになっている。
砂糖規制論者は,政府が定める「安全食品リスト」から砂糖を除外するだけでなく,たばこやアルコールの例に倣って,(1)甘味料使用に対する課税,(2)(自販機で砂糖入りソーダを売らない等の)流通規制,(3)(未成年者にソーダを売らない等の)年齢制限等の施策を即刻実施すべしと主張しているのであるが,ソーダ業界等が猛反対しているのは言うまでもない(註4)。
米国で始まった嫌煙運動は,その後世界中に影響を及ぼすようになったが,砂糖についても,たばこと同様の厳しい規制が実現されたとしても不思議ではない。やがて,野球場で身分証明書を持っていないと,ビールはもとよりソーダも売ってもらえないような時代がやってくるのだろうか?
(つづく)
註1:課税強化の結果,現在,ほとんどの州で1箱の価格が5ドルを上回るようになっている。また,税率が高い州ほど価格も高く,ニューヨーク州では1箱10ドルを超えている。
註2:Babor T, et al. Alcohol : No ordinary commodity : Research and public policy. Oxford univ press ; 2010.
註3:Lustig RH, et al. Public heatlh : The toxic truth about sugar. Nature. 2012 ; 482(7383) : 27-9.
註4:世論に配慮した業界は,学校内でのソーダ販売について自主的に「撤退」したものの,代わりに売られるようになったジュース・スポーツ飲料類に砂糖が入っていることは変わらず,砂糖規制の目的は達成されていない。
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