MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
2012.05.21
Medical Library 書評・新刊案内
幻聴妄想かるた
解説冊子+CD『市原悦子の読み札音声』+DVD『幻聴妄想かるたが生まれた場所』付
ハーモニー(就労継続支援B型事業所) 編著
《評 者》原田 誠一(原田メンタルクリニック・東京認知行動療法研究所)
懐かしさ,そしてほろ苦さを感じた理由
本書は当事者の皆さんが,(1)自分の幻聴妄想体験を「かるた」の読み札,絵札という形で表現し,(2)解説冊子で生育歴,治療やハーモニー(=今回の企画の主体となったリハビリ施設)への感想,かるたへの想いなどを率直に綴り,(3)DVDにも出演して読者へのメッセージを発信するという,誠に独創的で先駆的な内容となっている。さらには,女優・市原悦子さんが読み札を語る素敵なCDもついていて,ユニークな魅力満載の快著と感じ入りました。本書を楽しみ味わう中で評者は新鮮な懐かしさを満喫するとともに,一精神科医として複雑なほろ苦さも体験しました。以下,その内実を記して本書の紹介とさせていただきます。
まずは「新鮮な懐かしさ」から。四半世紀にわたって精神科医をやってきた評者にとって,かるたで表現されている内容自体は馴染み深いもので,しみじみ「懐かしさ」を感じました。一方の「新鮮さ」は,(1)かるたという形式で幻聴妄想体験が言語的・絵画的に生き生きと表現されていて,(2)解説冊子とDVDで当事者の皆さんが堂々と想いのたけを語る様子に感銘を受け,(3)市原悦子さんの見事な朗読を通して,皆さんの心象風景が髣髴としてくる経験に驚嘆したことによります。加えて,診療で心理教育を行う際にかるたを早速使ってみたところ,良い手応えがみられたことも新鮮な体験でした。
次に,「一精神科医として味わった複雑なほろ苦さ」に触れます。当事者の皆さんは,本書で意図的・無意識的に精神医療の問題点を鋭く指摘しておられる。例えば,(1)皆さんはこぞって「自分の体験を理解してもらえた」喜びを語っているが,このことは「精神科医が当事者の体験を十分把握・理解して尊重し,相手にしっかり伝える」という,精神療法の基本だが肝心要の部分が不十分な現状を示しているかもしれない,(2)DVDの映像から錐体外路症状などの薬物療法の副作用が伺えて,かるたで表現されている内容が診察場面で語られると「クスリが増える」結果につながりかねない実態がありそうだ,(3)治療者側から当事者の方に伝えられた(と語られている)病態の説明内容に,不適切なものがある(例:脳梗塞と説明されて即入院),(4)病院の居住性の悪さが切実に語られている(例:「病院食が,ものすごくまずくてね。まずくて,まずくて」「病院のなかでは休養にならなかった」)があります。ここでは,現在の精神医療における精神療法・薬物療法・心理教育・入院環境の問題点が明瞭に表現されているわけです。こうした問題提起は,精神医療にかかわっている評者にとって他人事でない切実な課題であり,複雑なほろ苦さを体験しました。
せっかくの機会ですので,少々気になった点も記させていただきます。例えば「レストランで うんこの話がしたくてしょうがなくなる」は,幻聴妄想とは異なる体験(強迫衝動)かもしれません。またクスリの副作用が,かるたの内容に一部関与している可能性も否定できない気がします。改訂の折があれば,身近な精神科医と一緒に見直してみると良いでしょう。
本書の出来栄えがあまりに素晴らしいので,私たち精神科医の「つぶやき本音かるた」も作って小沢昭一さんに朗読していただけたらなどと評者は夢想しました。世間のニーズのない愚かな冗談企画ですが,精神科医だけはかなりの人が愛読・愛聴するような気がします。
かるた92枚+解説冊子120頁+CD+DVD 定価2,415円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01485-4
野村 総一郎 編
野村 総一郎,中村 純,青木 省三,朝田 隆,水野 雅文 シリーズ編集
《評 者》山口 登(聖マリアンナ医大教授・精神医学)
うつ病診療のノウハウをエキスパートたちがわかりやすく解説
精神科臨床の現場で「そこが知りたい」と思うテーマがある。そのテーマについてその道のエキスパートたちが診療の真髄を遺憾なく述べてくれると本当に助かる。多くの精神科医療者が精神科臨床の現場で抱く疑問の一つに「うつ病診療」がある。「うつ病診療」について,教科書やガイドラインには書ききれない診療のノウハウをエキスパートたちがわかりやすく解説しているのがこの本だ。
「うつ病は,真面目で几帳面な人が罹りやすい」「静養させ,励まさない,抗うつ薬の服用で治る」というのが,教科書的であり,従来のうつ病の臨床であった。もちろん,うつ病は簡単な病因論や治療論で説明できる疾患ではなく,また必ず治癒する病気として考えられていたわけではないが,統合失調症に比べ,比較的短期間に治療可能な疾患として考えられてきた。しかし,現時点において,うつ病は多様化し,臨床的に複雑さを増し,第一線の臨床家を悩ませ,戸惑わせていることが多い。「うつ病は変わったのか。そして,その背景に何があるのか」「どこまでが性格か,その人の生き方なのか,どこからうつ病なのか,あるいは別の問題(疾患)か」など疑問・関心を抱く臨床家は多いことと思う。
本書では,多様化し,かつ複雑化したうつ病の諸問題を取り上げ,教科書やガイドラインには載っていない診療のノウハウがわかりやすく解説されている。問題は,疾患概念,診断,治療と多岐にわたる。うつ病の状態像の変化,診断基準の問題,年代による変化,種々の精神疾患との関連などにおいて生物学的および社会・文化的考察が必要となる。本書では,具体的な問題として,「現代型うつ病」「双極スペクトラム」「非定型症状に対する治療」「生活習慣の中のうつ病」「老年期のうつ病」「発達障害からみたうつ病」「統合失調症に併発したうつ病」などが取り上げられ,記載されている。執筆者はこの分野のエキスパートの中から厳選され,診療上の実体験や客観的エビデンスを踏まえた上で,各人がそれぞれの持論を展開している。「患者を一人の人間としてどのように多面的に診ていくべきか」「他疾患の影響(合併)はないか」「治療者は安易に薬物投与に依存し過ぎてはいないか,非薬物療法的介入は無いのか」など執筆者たちも日々悩み,工夫を重ねていることがうかがえる。これらのテーマに疑問・関心を抱いた読者には非常に興味深く,一緒に考えながらそして楽しみながら読み進めることができるであろう。
本書は,エキスパートたちの持論をヒントにして,読者が今後のうつ病診療のあり方を再考し,そして発展させていくのに大いに活用できるものと考える。日常の診療で悩んでいる医療者,さらにはエキスパートをめざす医師たちの一助となるものと思う。
B5・頁192 定価6,090円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01423-6
《精神科臨床エキスパート》
認知症診療の実践テクニック
患者・家族にどう向き合うか
朝田 隆 編
野村 総一郎,中村 純,青木 省三,朝田 隆,水野 雅文 シリーズ編集
《評 者》小阪 憲司(メディカルケアコート・クリニック院長)
実際の診療ですぐに役立つ智恵の源が得られる実践書
本書は「精神科臨床エキスパートシリーズ」の一冊である。このシリーズは,「精神科臨床の現場で最も知識・情報が必要とされているテーマについて,その道のエキスパートに診療の真髄を惜しみなく披露していただき,……明日からすぐに臨床の役に立つ書籍シリーズ」を目指して企画されたものであり,本書は認知症のエキスパートである朝田隆教授により編集されたもので,彼は認知症の「患者さんとそのご家族にどのように対応すればよいのか」を示し,「『今ここで』役立つ智恵の源になることを目指した」と記している。
本書は全6章から構成されており,第1章「認知症の予防策はあるか? ――危険・防御因子と予防介入の実例紹介」(山田達夫)では,認知症の危険因子や防御因子を概説した後,山田らの予防研究である安心院プロジェクトを紹介し,その成果が示されている。第2章「薬物療法の実際」(水上勝義)では,認知機能障害の治療薬としてのコリンエステラーゼ阻害薬であるドネぺジル塩酸塩,ガランタミン,リバスチグミンやNMDA受容体拮抗薬であるメマンチンを解説し,さらにBPSDへの治療薬としてのコリンエステラーゼ阻害薬,NMDA受容体拮抗薬,漢方薬,抗精神病薬,抗うつ薬などが自らの経験に基づいて紹介されている。第3章「もの忘れ外来における認知症患者とのコミュニケーション」(藤本直規,ほか)では,外来診療や患者・家族交流会やデイサービスでのコミュニケーションの仕方について藤本らが実践している内容を紹介しつつコミュニケーションの重要性が強調されている。第4章「非アルツハイマー型の認知症とは?」(横田修,ほか)では,レビー小体型認知症と前頭側頭葉変性症に焦点を当て,最近の知見も含めて詳しく紹介されている。第5章「介護者のこころをケアする」(松本一生)では,介護者の心の変化を詳しく解説し,介護者をいかに支えるかが豊富な経験に基づいて解説されている。第6章「生活上の障害への対処法――家族へのアドバイスを中心に」(朝田隆)では,認知症の生活機能障害に焦点を当て,それへの具体的な対応について専門医の立場から具体的なアドバイスが紹介されている。
認知症の診療においては,正確に診断し適切な治療をすることがもちろん大切であるが,患者やその介護者を支えることも重要である。認知症の家族会に参加して痛感することは,担当医への不満が多いことである。患者のみならず家族の話を聞いてくれないという不満がいかに多いことか。日常の診療では介護者である家族を支えることが非常に大切であるが,担当医にその認識が乏しいことが多い。本書は,一部を除いて,認知症の診療に必要である患者・介護者への具体的な対応を学ぶには必見の書である。編者の意図である「実際の診療ですぐに役立つ智恵の源」が得られる実践書といえよう。
B5・頁196 定価6,090円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01422-9
中村 純 編
野村 総一郎,中村 純,青木 省三,朝田 隆,水野 雅文 シリーズ編集
《評 者》神庭 重信(九大大学院教授・精神病態医学)
幅広い層の精神科医が読んで得るところの大きい一冊
新規の抗精神病薬が出そろった観がある。通称として,第2世代とも非定型とも呼ばれるこれらの薬剤は,従来の抗精神病薬と比べて,パーキンソン症候群,ジストニア,遅発性ジスキネジアが出にくいことは確かである。これは,統合失調症の治療が,チーム医療となり,病院から地域へと広がり,患者さんの社会復帰を実現させていく上で,極めて好都合なことであったと思う。
しかしながら一方で,東アジア6か国における統合失調症患者の処方調査(2001年7月時点)によれば,向精神薬数,抗精神病薬の処方量ともに,日本が断トツ1位である。多剤・大量療法の問題がマスメディアによる辛辣な糾弾を受け,厚生労働省から「向精神薬等の処方せん確認の徹底等について」と題された課長通知(2010年9月)が出されるに至っている。2013年度から始まる地域医療計画で実施される医療連携の中でも,抗精神病薬の単剤化率が病院機能を測る指標として言及されている。すでに睡眠薬の併用数が3剤を超えると診療報酬が減額されることが決まったと聞く。このような“外圧”を受けて医療を変えざるを得ない状況に至ったことは,精神医学に身を置くものとして,不名誉なことである。
昨今,精神療法の習得が精神科研修の中で重要視されているが,同様に臨床精神薬理学の基礎知識と技術の習得も,卒前,卒後の教育を通じて,さらに徹底される必要がある。いかに良い薬が誕生し,治療ガイドラインが作られてきても,治療が技であることは昔も今も変わらない。薬物を知り尽くし,自家薬籠中の薬とし,しかも服薬の心理を理解し,アドヒアランスを維持することは並大抵の技量ではないと思う。
本書は,基礎から最新の応用にわたり実践的な情報からなり,新規抗精神病薬を適正かつ縦横に使いこなすための格好の資料ともなっている。新規抗精神病薬を薬剤ごとに取り上げて,その特徴をつぶさに紹介した箇所が3分の1を占めている。これは類書にない内容であり,臨床精神薬理学を専門として治療経験を豊富に持っている中村純教授ならではの編集であろう。薬剤の添付文書から重要な記述が転載されており,薬剤ごとに知っておかなければならない注意事項を喚起してくれる。新規抗精神病薬には気分の安定化作用も認められているが,これらの効果についても説明されており,「完全マスター」というタイトルにふさわしい内容を備えている。
新規抗精神病薬は,さまざまな状態に応用されるスタンダードな薬剤となっている。幅広い層の臨床医が読んで,得るところの大きい一冊である。
B5・頁240 定価6,090円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01487-8
樋口 輝彦,市川 宏伸,神庭 重信,朝田 隆,中込 和幸 編
《評 者》佐藤 光源(東北大名誉教授・精神医学)
精神疾患治療の手引きとして推奨できる実践書
「今日の治療指針」は日常診療の実用書として既に定評があり,毎年,項目と執筆者を替えて改訂されている。しかし精神疾患のページ数と項目は限られていて,日ごろ出合う精神疾患の治療指針としてはかなり制約がある。
本書は,それを克服した「今日の治療指針」の精神疾患版で,一般診療に向けた具体的な治療指針が網羅されている。全23章341項目で構成され,第一線で活躍中の300人を超えるエキスパートが執筆している。薬物療法と心理社会療法を組み合わせて症状を改善し, 社会的機能を高めるところに精神疾患治療の特徴があるが,それを従来の「今日の治療指針」と同じスタイルで編集したことは画期的といえる。
近年,うつ病や認知症が右肩上がりに増加したこともあって,精神疾患の患者数は320万人(2008年)を超えている。このため,社会保障審議会は精神疾患を「社会を挙げて取り組むべき疾患」と位置付け,糖尿病や癌など4疾病に精神疾患を加えて5疾病5事業とし,前年度から国の医療計画に反映させることが決まったところである。また,精神疾患の長期転帰を改善できる早期介入や回復した人の社会的自立を促すために,精神疾患の正しい理解の普及啓発が急がれており,疾患概念と治療指針をわかりやすくまとめた本書の登場はまことに時宜にかなっている。
なぜ,本書の企画が可能になったのだろうか。それは,診断学や病因・病態の解明が進み,疾患概念が見直され,薬物選択アルゴリズムの普及,心理社会療法の進歩,治療ガイドラインの充実など,近年の精神医学の長足の進歩にほかならない。本書はそうした最新の知見を踏まえながら,(1)症候,主訴からのアプローチ,(2)精神疾患の治療指針(統合失調症,気分障害,神経症性障害,パーソナリティ障害,認知症,心身症など15項目と身体合併症の治療),(3)精神科面接,診断と検査,精神科治療法,精神科救急,精神科リハビリテーションの解説,(4)自殺予防,予防と早期介入など21のトピックスで構成されている。
エキスパートが「私はこう治療している」とした治療指針には,薬物処方例はもちろん,心理社会療法,患者・家族への説明のポイントが記載されていて,精神疾患に特化した「今日の治療指針」を特徴付けている。また,治療指針に先だって,疾患概念,病因・病態,診断のポイントが明解にまとめられている。
精神疾患の保険病名は国際疾病分類(ICD-10)の「精神および行動の障害」に準拠しているが,病因・病態を除外した疾病分類なので,病態に則した治療指針に結び付きにくい。本書は,そうした日常診療の場で治療方針を立てるのに便利である。
ただし保険診療に限ってみると,エキスパートの処方例に保険適応外の処方が身体疾患に比べて多い傾向があり,疾患によってはすべて保険適応外の場合もある。保険適応病名の見直しにかかわる問題であるが,薬物選択の際に留意しておく必要がある。
今後さらに改訂を重ねていくのであろうが,本書はその初版である。一般診療における精神疾患治療の手引きとして推奨できる実践書であり,広く活用されるに違いない。
A5・頁1012 定価14,700円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01380-2
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