医学界新聞

連載

2012.05.07

在宅医療モノ語り

第26話
語り手:使い手に合わせて仕事します メジャーさん

鶴岡優子
(つるかめ診療所)


前回からつづく

 在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりであるが,往診鞄に特別な関心を持ち全国の医療機関を訪ね歩いている。往診鞄の中を覗き道具を見つめていると,道具(モノ)も何かを語っているようだ。今回の主役は「メジャー」さん。さあ,何と語っているのだろうか?


桜とスロープと私の接点
桜満開の日,玄関前の階段にスロープが設置されました。車いすのお母さんを息子さんが花見に連れ出します。栄光の架け橋の上で笑顔がはじけます。私のようなメジャーが働いた日を想像しました。

 「脂肪を消費しやすくする」「カラダは変えられる」。そんな魅力的なナレーションが耳に残りました。俳優の香川照之さんが出ていたあのテレビコマーシャルです。人間ドックの腹囲の計測で、がんばって凹ませたお腹に,メジャーを当てられるあの名場面。「普通にしててください」。そんなこと言われても,ついがんばってしまう気持ち,わかる人も多かったのではないでしょうか? 私たちの業界でも話題になりました。メジャーな業界ではないですよ。メジャー業界です。

 病院の外来診察室でも,私たちの出番が多くなった時期がありました。「メタボ」という言葉が日常会話に浸透していった頃です。血圧を測定し,採血検査の結果も出て,診察になります。「はい,ちょっとお腹周りを失礼しますね」みたいな調子で私たちが登場するのです。腹囲が立派すぎて,私を持った計測者の腕が回りこめるかしらと心配になる方もいらっしゃいました。日々の食事や活動の内容を根掘り葉掘り聞かれ,「なぬ? 運動していない? じゃあ,ウォーキングなんかはいかがですか?」までがよくあるコースでした。

 ザイタクではどうでしょうか? 使い方は職種によって多少の違いがあるようです。医師の往診鞄に入っている私は滅多に出番がありません。先週は腹囲の計測がありましたが,それはメタボでなく,腹水のモニタリング。過去には上肢長,下肢長,最大の上腕周径,膝上10㎝の大腿周径なども測ったことがありますが,あれは『身体障害者診断書・意見書』の作成のためだったとか。書類作成といえば,介護認定審査会で使われる『主治医意見書』にもよくかかわることがあります。意見書には身長と体重を記載する欄があります。体重はすでに計測されていることも多いのですが,身長は結構あいまいなのです。「若い頃は160cm」とか,ベッドに横たわる姿から「どちらかいえば小柄」程度しかわからないことも。そんなときには私たちが役立ちます。

 ケアマネジャーさんの中には私たちの愛用者が多いようです。「このお部屋にベッドが入るかしら?」「廊下で車いすは使える?」「トイレや台所に入っていける?」「玄関の上がり框の高さはどのくらい?」「手すりの高さは?」「杖の長さは?」……。それぞれを数字で把握しメモして,必要なモノや適切なサービスを利用者や家族と一緒にプランニングします。また,訪問看護師さんの鞄にも私たちは入っています。例えば,褥瘡があれば大きさを計測。もちろんハードな定規もいいですが,私たちのほうがコンパクトで応用が利くのだとか。

 ちなみに医師同士の会話で「メジャー」の単語が出たら,抗精神病薬のことを指すこともあるのでご注意ください。大学生同士であれば主専攻科目,野球の話であればメジャーリーグ,音楽の話では長音階。メジャーにはいろんな意味があるようですが,私の基本は「測り」です。

 新緑のまぶしい季節。ぜひザイタクから外に出掛けてみましょう。無理強いはできません。まず最初に患者さんやご家族の希望と不安を測ります。気持ちのギャップが埋められたら,次に段差や溝,階段にスロープをかけたり,移動を手伝ってもらうヘルパーさんを頼んだりと,ハードとソフトで工夫します。介護保険のサービスを利用するためにも、初夏の日差しを浴びるためにも,さまざまなモノサシが必要となるのです。お互いの栄光の架け橋のために。

つづく