医学界新聞

連載

2012.06.04

在宅医療モノ語り

第27話
語り手:あなたの枕にも変身します タオルさん

鶴岡優子
(つるかめ診療所)


前回からつづく

 在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりであるが,往診鞄に特別な関心を持ち全国の医療機関を訪ね歩いている。往診鞄の中を覗き道具を見つめていると,道具(モノ)も何かを語っているようだ。今回の主役は「タオル」さん。さあ,何と語っているのだろうか?


天寿の紅白タオル
大正3年生まれの大三さんは97歳で天寿を全うされました。訪問診療を始めて3か月,介護保険申請から1か月,見事な人生の幕引きでした。大三さんからは多くの学びと,紅白まんじゅうならぬ,紅白タオルをいただきました。

 枕といえば,あなたはお気に入りのモノをお使いですか? 赤ちゃんの時代から,何回寝床についたかわからない大人でも,いまだに枕が合っていない,しっくりこないという方は多いですね。たとえ一時期いい感じのフィット感でも,使い込むうちにへたってくるし,自分に合う枕を維持するのは大変なコト。人生の3分の1とか4分の1とか長時間使うモノで,かつ消耗品とあれば,相棒を探すのは簡単ではありません。合わない枕は肩こりや不眠の原因になるとか。私自身も枕さんの高さ調節のために借りだされることがあります。私は何かのご縁でこの家に来たタオルです。大きさ違いの3枚でひとつの箱にセットされ,この家にたどり着きました。

 在宅ケア業界ではさまざまな場面で私の同業者が登場します。往診鞄に入っていることもありますが,アレは医療者個人のモノがほとんど。患者さんのケアで使うものは,患者さんの家のモノをお借りすることが多いようです。患者さんのベッド周りでもたくさん目につきます。特に枕周り,掛布団の首周りでよく発見されます。食事やおやつのときに,胸の前でエプロンみたいに使うタオルやお口の周りを拭くタオル,体を拭くタオル,オシモ専用のタオル。だいたい何に使うタオルかはルールがあるようですね。食器拭き用とテーブル拭き用の布巾を分ける,それと同じような感覚です。

 血液検査はザイタクでもよく行われる検査のひとつです。患者さんはベッドの上で寝たまま,「ちょっと採血させてくださいねえ」と声をかけられます。万が一の話ですが,血液でシーツまで汚すことがあっては大変です。念のため汚れてもいいと許されたタオルを腕の下に敷かせてもらいます。もしものときも,洗濯はシーツより私のほうが楽です。採血のときの私の利用法は,下に敷くだけではありません。くるくるっと丸めて,腕の枕にすることもあります。腕を枕にする腕枕じゃなくて,肘がうまく伸ばせるように腕を置くための枕です。“肘枕”とでも言ったほうがいいでしょうか。

 採血の難しそうな血管の患者さんがいました。介護者のお嫁さんもよくわかっていて,「病院でも看護師さん泣かせだったからね。でも実際一番痛いのはおばあちゃんだし,ずいぶん泣いたわよね。血管が細くて逃げるらしいですよお」。そんな前置きをされてしまうと困ったな。なんだかプレッシャーだなあ。これは採血する医療者の心の声。お嫁さんは手際よく私を丸めて肘枕を作ってくれます。うわあ,馴れているなあ。医療者が駆血帯を巻いて,血管を探り始めると,「そうだ,暖めますか? 病院でもよくやっていましたよ」。お嫁さんは別のタオルを持って台所に行きました。あーん,今まさに刺すところだったんだけどなあ。せっかくだから待つしかないな。これも声にならない心の声。患者さんからいったん駆血帯が外されます。お嫁さんは電子レンジを使っているようです。チン! ホットタオルができあがりました。なりゆきに任せ,腕は温められます。敷布団,枕,ホット掛布団,オールタオルで準備オッケイです。さあて,そろそろ本番いこうかな。今度は別の心の声も加わります。さっさとやっとくれ。さらに別の声も。お手並み拝見だわ。初夏の湿気った風の中をいろいろな心の声が交錯しています。

つづく


鶴岡優子氏
1993年順大医学部卒。旭中央病院を経て,95年自治医大地域医療学に入局。96年藤沢町民病院,2001年米国ケース・ウエスタン・リザーブ大家庭医療学を経て,08年よりつるかめ診療所(栃木県下野市)で極めて小さな在宅医療を展開。エコとダイエットの両立をめざし訪問診療には自転車を愛用。自治医大非常勤講師。日本内科学会認定総合内科専門医。