医学界新聞

2012.04.09

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


産婦人科ベッドサイドマニュアル 第6版

青野 敏博,苛原 稔 編

《評 者》吉村 泰典(慶大教授・産婦人科学)

心憎い配慮で,病態の包括的理解と実践的医療の問題解決能力の陶冶に資する良書

 われわれが専攻する産婦人科学は,生殖医学,周産期医学,婦人科腫瘍学,さらには女性のプライマリ・ケアのそれぞれの専門分化が推奨されるほどその範囲は広く,女性の生涯を通じてその健康に奉仕する女性医学としての性格を有するようになってきている。どの学問においても分化と統合は常に必要であり,教育においては方法論的に産科学そして婦人科学として器官別に細分化して論ずるよりは,産婦人科学は女性の生態学,病態学として大きくとらえられるべきである。

 医師は日々の臨床において,症例から多くのことを学ぶ。臨床医は症例から学ぶだけではなく,その診療の基盤となる科学的エビデンスに注目し,臨床に当たらなければならない。日常診療においてもいずれの領域であっても高いエビデンスに基づいた診療が要求され,治療の標準化が叫ばれ,診療の指針となるガイドライン作りが盛んに行われるようになってきている。すでに日本産科婦人科学会においても,「診療ガイドライン」が『産科編2011』『婦人科外来編2011』それに『ホルモン補充療法ガイドライン2009』として刊行されている。日進月歩する産婦人科医療においては,患者の予後改善に寄与する可能性のある新知見が見いだされ,それに伴う新技術も陸続と開発されていることより,これらガイドラインは3年ごとに改訂されることになっている。

 このたび,徳島大学前学長・青野敏博先生,同大学院産科婦人科分野教授・苛原稔先生により,『産婦人科ベッドサイドマニュアル第6版』が上梓された。両先生のご編集の下,徳島大学医学部産科婦人科学教室の先生方の総力を結集して編纂されている。本書は1991年に初版が発刊され,以来21年にわたり産婦人科学の代表的な診療マニュアルとして揺るぎない評価を受けている。今回の改訂においては,内容の大幅な見直しによる項目の改廃,新しい検査法や治療法など,さまざまな診療ガイドラインに準拠する形で,2006年度版を改稿したものである。

 本マニュアルは外来診療時や病棟のベッドサイドで直ちに利用できるようにコンパクトにまとめられている。内容も文章の羅列による教科書的な記述を避け,極めて明快に論述されており,また適応や管理のアルゴリズムがフローチャートで記されていることも特徴である。治療に使用する薬剤は実地臨床に役立つように商品名も記載されており,心憎い配慮が読み取れる。各分野の病態の包括的理解を容易にし,かつ医療の実践に向けての問題解決能力の陶冶に資するよう意を尽くされている。本書はまさにこのような趣意で草されたもので,類書を見ない。

 初期研修医はもちろん,産婦人科専攻医,実地医家の先生方のほか,助産師や産婦人科看護師の方々にも,clinical expertiseを高める意味でぜひとも本書の活用を祈ってやまない。

B6変・頁592 定価6,930円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01064-1


WHOをゆく
感染症との闘いを超えて

尾身 茂 著

《評 者》高久 史麿(日本医学会長)

本書が,多くの医学生,若い医師の人生の指針となることを期待する

 医学書院から,尾身茂教授が刊行された『WHOをゆく――感染症との闘いを超えて』の書評を依頼された。

 尾身教授は自治医科大学の1期生である。新設の医科大学の1期生には開拓精神の旺盛な元気な学生が多かったが,自治医科大学の1期生も例外ではなかった。自治医科大学の場合,卒業生は各県に戻り,離島・へき地の医療に従事するという,世界に例を見ない新しい試みであったから,特に威勢のいい1期生が多かったと思う。

 私は開学時から10年間教授として学生を教えたので,多くの1期生のことを憶えているが,尾身教授についてはご本人には失礼であるが,あまり記憶に残っていない。恐らく尾身教授が学外活動にもっぱらエネルギーを注いで,私の授業やゼミにあまり顔を出されなかったからであろう。

 しかしWHOに行き,マニラに勤務されるようになってからの尾身教授の活躍には,目を見張るものがあった。本書『WHOをゆく』に詳しく書かれているように,アジア西太平洋地区のポリオの根絶は,尾身教授の努力なくしては成り立たなかったと言っても決して過言ではない。その活躍のせいもあって,尾身教授はWHOの西太平洋地区の事務局長になられた。私は自治医科大学の学長になってから毎年6年生に最終講義を行い,卒業生の国内外の活動について紹介しているが,その際必ず尾身教授がWHOの西太平洋地区の事務局長として活躍しておられることを話した。医学生の中には国際医療協力に興味を持つ者が多いが,自治医科大学の学生の中にも義務年限終了後,国際医療に貢献する事を希望している者が少なくない。私が知っている限りでも,現在UNICEFのソマリア支援センターで働いている11期生の国井修医師などがその良い例である。尾身教授は国際医療で活躍する医師のロールモデルであった。本書では,尾身教授が事務局長になられた後に起こったSARS制圧対策,鳥インフルエンザ対策についても詳しく述べられている。

 また,本書で尾身教授はWHOにおけるご自身の活動報告のほかに,「リーダーシップ論」,「日本の医療と社会を考える」「健康と文明」についてのご自身の見解を述べられ,最後に「若者へのメッセージ」でもって締めくくられている。私は本書が,多くの医学生,若い医師によって読まれ,彼・彼女らの人生の指針となることを強く期待している。

A5・頁176 定価2,940円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01427-4


総合診療・感染症科マニュアル

八重樫 牧人,岩田 健太郎 監修
亀田総合病院 編

《評 者》川島 篤志(市立福知山市民病院総合内科医長)

コンパクトな中に内容の詰まった心強いマニュアル

 「総合診療・感染症科,えっ? こんな科あるの?」

 日本の医療界ではあり得る発言かもしれない。ただ,外来などでの診断アプローチや,医療を行う上での“総合診療”的なマインド,“感染症”(発熱)診療は,常に臨床医の周りにあるべきものである。亀田総合病院と環境は異なると思うが,地方都市でみられるような医療崩壊の解決策には総合診療が大きな鍵になることを,医療行政や病院幹部などを含め多くの人が気付き始めている。

 地域基幹病院での総合内科医(Hospitalist)として勤務を続ける自分自身は,総合内科の一つの軸(もしくはSubspecialty)として,感染症診療は必須だと思っており,今回まさにドンピシャの本が出たものだと思い,読み始めた。

 「序」を読み始めた途端,いきなりワクワクしてきた。「米国標準+α」という表現に加えて,「日本で実践するために知らなければいけない」ことに本の存在意義をおいている監修の八重樫先生の気持ちが伝わってくる。

 目次を見ると,各臓器別の疾患論に入る前の項目に圧倒される。「患者ケアの目標設定」や「屋根瓦式・チーム医療」などでは,普段言いにくいこと・気付きにくいことが,岩田・八重樫節で熱く語られている。さまざまな場や状況で患者さんを診ることが求められるジェネラリストにとっては必読の,外来診療/在宅診療や高齢者医療・疼痛緩和などの原則論が続く。

 終盤の「ヘルスメンテナンス(健康増進と予防)」「女性/男性の健康」などの項目を,“亀田”のもう1つの顔である家庭医療の先生方がまとめあげられていることも特筆すべき事項である。病院勤務医が忘れてしまう可能性のある項目が,漏れなく記載されている。この序盤・終盤で全ページの3分の1弱を占めているが,ここには全臨床医に伝えたいメッセージが満載である。

 疾患の部分に関しては,どの部分を厚く,どの部分を薄くするか,悩まれたのではないかと思う。主要臓器疾患を外すわけにはいかないが,深過ぎては紙面が足らない。必須な部分を厳選し,アルゴリズムや図表を整理,工夫してまとめている。また総合診療の軸になり得る感染症診療やリウマチ・膠原病(“極上の亀田ブランド”?)が厚く(写真も多彩),しかも「米国標準+α」を基に記載されているのが心強い。また入院診療で必ず遭遇する皮膚・精神の分野もコンパクトに記載されており,診療の幅が膨らみそうである。

 概念的なことは,Clinical pearlsのような箇条書きであり理解しやすい。「オッカムのカミソリ」には大笑いしたのでぜひ探して欲しい(自分の人生を振り返ってみて,ようやく真実に気付いた)。

 欠点も少し挙げておくと,実践的なマニュアル本は各個人でさらにつくりあげていくものだが,メモを書き足すスペースが少ない印象がある。ただ,逆にこれだけの内容が詰まったマニュアルを持ち歩けるサイズにしていることは執筆者や監修者に敬意を表したい。

 多数のマニュアル所持者の存在は,「患者さんの全体像を助けたい」と思うジェネラル・マインド(序より抜粋)をめざす医師が多数いることを意味している。純粋医学的項目はもちろんだが,マニュアルの序盤・終盤から,「こう書いてあるのですが……」と若手から示される状況は指導医にとって,ある意味脅威(驚異)かもしれない。総合診療を志す医師だけでなく,臓器別専門医を含めてすべての医療従事者に必携・必読の本になることを期待している。

三五変・頁464 定価2,625円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00661-3


めまいの診かた・考えかた

二木 隆 著

《評 者》北原 糺(大阪労災病院耳鼻咽喉科部長)

めまい診療にかかわるすべての方に勧める1冊

 めまい診療に関するテキストは今までにもたくさん出版されていますが,内容は患者さん向け,研修医向け,専門医向けと別々に企画されているものが多く,膨大な内容を網羅するため分冊の形態を取らざるを得ないか,1冊にまとめられたとしてもページ数が多くなり分厚くならざるを得ない傾向がありました。

 ところが,このたび医学書院から出版された『めまいの診かた・考えかた』は,初期研修医,若手耳鼻咽喉科医,めまい非専門の耳鼻咽喉科医,内科医,他科医,さらにはめまい専門医にとっても充実した内容の1冊であり,このような幅広いニーズに対応できるテキストはほかに例を見ません。しかも,現場のコメディカルスタッフにも学習しやすく書かれており,それでいて150ページ程度に簡潔にまとめられているので,持ち運びしやすく誰もが必要時に参照することができて便利です。

 「第1章 図解:めまい診療」には,めまい患者への基本的な救急対応の仕方が解説されていて,めまいを内科救急で診る必要がある初期研修医,これからめまいを勉強する若手耳鼻咽喉科医が診察と治療を勉強するのに役立ちます。「第2章 めまいの基礎講義」には,めまい患者の病理・病態を考える上で必要不可欠な基礎知識が解説されていて,これからめまいを勉強する若手耳鼻咽喉科医,めまいのことを今さら人に聞けないめまい非専門の耳鼻咽喉科医が,めまい平衡の基礎知識を充実させる上で有用です。「第3章 重要なめまいの診かた・考えかた」には,めまい患者の鑑別診断,確定診断に必要な専門知識が解説されていて,めまい専門医にとっても日ごろ行っているめまい診断の道筋を整理し直す上で役立つレベルの高い内容です。また,次の時代を担う新しいめまい治療法のヒントが隠されているかも知れません。「第4章 症例から学ぶさまざまなめまい」には,著者がめまい診療最前線で取り扱いに難渋した症例を中心に呈示されていて,広くめまい患者を日常的に診療している内科医や他科医にとって便利な内容です。その他,めまいに関する歴史的な逸話が豊富に盛り込まれたコラムも楽しめます。

 著者は,私が生まれた1966年に京都大学の耳鼻咽喉科めまい平衡グループの門をたたかれている大先輩で,のちに東京大学に移られてからも多くのめまい患者を手掛けられ,また多くのめまい専門医を育てられました。著者のめまい診療とめまい教育に関する経験から得られた叡智が,この1冊に凝縮されていると言えるのではないでしょうか。

B5・頁178 定価4,725円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01124-2


問題解決型救急初期診療 第2版

田中 和豊 著

《評 者》志賀 隆(東京ベイ・浦安市川医療センター救急部長)

救急診療・当直に必携の書

 本書は,救急の現場の最前線で働く医師たちへぜひお薦めしたい本である。通常,救急の参考書・マニュアル本は,複数の著者が執筆することが多い。本書は,日本と米国において外科と内科の臨床の最前線で研修をされ,さらに日本有数の教育病院である聖路加国際病院,国立国際医療センター,済生会福岡総合病院にて指導医として数多くの研修医を指導してこられた田中和豊先生によって執筆されている。そのため,通常はセクショナリズムに陥りやすい内科や外科の救急も連続性をもって記載されている。一貫して現場で役立つ本であることが意識されており,忙しい医師が求める事項が簡潔に記載されている。

 本書を開くと,はじめに救急診療におけるプラクティカルな基本戦略が記されている。サッカーに例えられた救急医としての診療姿勢は実にわかりやすい。さらに,Oslerの格言から始まり,救急の限られた時間の中で問診と身体所見をどのようにして有効にとるか著者の知恵が凝縮されて記述されている。これは救急診療に初めて臨む研修医にとって非常によい導入である。

 各論に移ると,救急でよくみる主訴や問題についてプラクティカルに対応できるようにフローチャートが使用されている。また,処方などの実際の対応も日本の薬剤や分量になっていてすぐに応用することができるので,外国のマニュアル本と比べると非常に使いやすい。救急では緊急手技や縫合などの基本的外科手技が必須であるが,本書では多彩なイラストがあり,救急で必須の手技が非常にわかりやすく記載されている。さらに,第2版になって耳鼻科・眼科などのいわゆるマイナー領域の対応もわかりやすく記載されており,忙しい現場で働く救急部の医師がすぐに参照できるようになっている。

 各論を読み終えた読者には,どのように臨床医として勉強すべきかという10箇条のうれしい付録もついている。また,変化する医療を取り巻く状況に対応できるように,法的事項,医学倫理,医療過誤などについて著者の解説とわれわれのするべき取り組みが記されている。

 以上より,本書はまず救急診療の初学者-中堅の医師が現場で使い,さらに深みをもって成長してからは後輩の指導にも生かすことのできる素晴らしい1冊である。

B6変・頁608 定価5,040円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01391-8


medicina増刊号 2011年11月号(Vol.48 No.11)
内科 疾患インストラクションガイド
何をどう説明するか

『medicina』編集委員会 編
松村 真司 編集協力

《評 者》北原 光夫(農林中央金庫健康管理室室長)

うまくオーガナイズされた『medicina』増刊号

 『medicina』2011年増刊号として,『内科 疾患インストラクションガイド――何をどう説明するか』が発刊された。

 『内科 疾患インストラクションガイド』(以下,ガイド)は2つのセクションに分かれており,初めのセクションは「患者にどう説明するか」とする4つの論文から成り立っており,次のセクションにはよく遭遇する内科的疾患が131,そのほかの疾患24と幅広く網羅されている。

 「患者にどう説明するか」として書かれた4編の論文は,読み応えのあるものとなっている。われわれ医療に携わる者にとって,コミュニケーションスキルの重要さは最近とみに高まっている。わずかなコミュニケーションのつまずきで大きな問題へと発展することを見ることもまれではない。また,ヘルス・リテラシーを考慮せずに,常に同じ調子の説明を行っても理解度に開きが出てしまうことも当然である。患者側からの信頼を得るためのセクションである。

 続いて疾患のセクションに焦点を当ててみると,一定のフォーマットにしたがって記載されているのに気が付く。

 フォーマットによる構成は,「どのような病気でしょうか」「どのような検査を受けるのでしょうか」「どのような治療がありますか」「日常生活ではどのような注意が必要ですか」「急変した場合どうしたらよいでしょうか」の5項目から成っていて,まさに患者と患者家族が特に知りたいエッセンスが含まれている。さらに一口メモ的なメッセージがところどころに散りばめられている。これには予防的なメモも含まれておりユニークなセクションである。

 内科の教科書に比べ,構成が当然異なるが,患者あるいは患者家族への対応という面を基本としたこのガイドは,『medicina』の読者,特に病院で診療に関わる医師にとっては有用である。また,医師がどのような説明を患者に行うかを知っておくべき看護師の目線に合うように平明に書かれているのも良いと思う。患者を紹介する実地医家が病院医と連携していく上でも使用しやすいガイドとなっている。

 うまくオーガナイズされた増刊号である。

B5・頁672 定価7,560円(税5%込)医学書院


ティアニー先生のベスト・パール

ローレンス・ティアニー 著
松村 正巳 訳

《評 者》徳田 安春(筑波大大学院教授/筑波大病院水戸地域医療教育センター・水戸協同病院総合診療科)

長年の指導医としての経験から得られた貴重な叡智

 研修医や医学生の間で圧倒的な人気を誇るティアニー氏は,医学教育における「エリック・クラプトン」のような存在といってよい。病院や出版社が主催するケース・カンファレンスでは,申し込みが殺到し,人気アーティスト・コンサート並みのwaiting listを形成している。

 ケース・カンファに登場するティアニー氏は,70年代の米国総合内科全盛時代における卒後教育を担当した「オールド・スクール(old school)」系の代表的指導医。NIHから「全米ベスト指導医」として賞賛。サンフランシスコ・エリアでの教え子には,Robert Wachter, Scott Flanders, Sanjay Saint, Gurpreet Dhaliwalなど,現在の米国を代表する総合内科医が並ぶ。これらの内弟子は,ティアニー氏が深くかかわったClinical Problem-Solving(NEJM)のシリーズを引き継いで診断困難症例への推論をわかりやすく解説している。中国などでもケース・カンファを展開しており,The World Encyclopedia of Medicineとの異名も持つ。

 さて,本書であるが,ベスト・パールを収載したとのこと。これまで何度か聞いたパールも出ているが,初耳のものも多い。ティアニー氏のパールは,長年の指導医としての経験から得られたものであり,大変貴重な叡智である。個々のパールにおいて,引用文献は当然不要であり,ティアニー氏が述べているということがエビデンスとなることが周知の事実となっている。ティアニー氏のパールで育った弟子たちが世界有数の指導医となっていることが,氏のパールの効果を示すエビデンスである。ただし,ティアニー氏の人気の秘密はパールにとどまらない。バード・ウオッチング,鉄道,相撲,ロック,ジャズなどの幅広い趣味を持つ。ラーメンやビールが好きな庶民的食嗜好。そんなキャラクターがファンを増やしているのは間違いない。

 「オールド・スクール」系の指導医が少なくなり,内科系の救急・外来・入院・集中治療の分業が激しくなった現在の米国医療シーンでは,オールラウンドな総合内科指導医は貴重な存在である。本書を繰り返し読み,ティアニー氏をロールモデルとして,日本の若い医師・医学生の中から優れた総合内科医をめざす人々が続出し「うねり」となれば,将来の総合内科医の質において日米逆転の可能性もあるとみるのは評者だけではないだろう。

A5・頁146 定価2,625円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01465-6


心の診療100ケース
プライマリ・ケアで押さえたい精神医学的キーポイント
100 Cases in Psychiatry

飯島 克巳 監訳/訳
Barry Wright, Subodh Dave, Nisha Dogra, P John Rees 編集

《評 者》尾藤 誠司(東京医療センター総合内科)

プライマリ・ケアの現場で遭遇するケースへの行動指針を提示

 本書は,『内科診断100ケース』や『GP100ケース』などと同様のスタイル,すなわち,1ページの具体的なケースプレゼンテーションとクエスチョン,そして,その裏にアンサーとしての解説が記載されているスタイルで書かれている。前述の2冊が実に勉強になり,役に立つ本だったため,本書も楽しみながら読み始めた。

 このようなCase,Question & Answer型の図書は,初期研修医が読む場合と,初期研修を終えて体系的な知識や技能が身についている臨床医が読む場合では,役立ち方が幾分違うであろう。正直,初期研修医にとっては,ややアドバンスな内容になっている。しかしながら,カンファレンスの模擬事例などで使用し,指導医と共に議論をすることで応用力を養うことができる。

 既にパニック障害や認知症など病態や疾患に関する基礎知識のある人間にとっては,現場での生きた知識や問題解決能力を高めるための格好の素材である。何よりも,どこから読んでもいい手軽さと,一つ一つがショート・ストーリーなので,成書に比べて読んでいてはるかに楽しい。

 加えて,本書に特徴的な部分は,おそらく本書を最も役立てられる医師は,精神科医よりはむしろプライマリ・ケア医や,病院に勤務する内科医であろう,ということである。例えば,本書には「この子が死んでくれたら,って考えてしまうんです」とか,「妻が,浮気をしています」「特別な親密さと配慮を求める患者」といったケースに関するプレゼンテーションがある。このようなケースに遭遇することは,プライマリ・ケアの現場では実に頻繁にあるが,なかなか体系的な成書には書かれていない。そのため,私も含めこのような問題についてはどうしても場当たり的な対応で日々やり過ごしていることが多い。もちろんこれらのようなケースはまさにケースバイケースで対応する必要がある特性を持っているが,対応の原則も踏まえながら,実際の行動指針を提示してくれているところは心強い。

 一方で,医療を取りまく社会との関連を大きく加味せざるを得ない問題点を大きく取り扱っているため,英国オリジナル出版物の訳本であることによる制限は存在する。わが国での医療制度や法律,もしくは人の持つ価値観などに照らし合わせた上で,応用しながら現場に還元していくことが望ましい。そのような制限を踏まえても,プライマリ・ケア現場でのメンタルケアに関して類似の和書はほとんど存在せず,重宝する一冊である。

B5変・頁256 定価4,830円(税5%込)MEDSI
http://www.medsi.co.jp/


トラベル・アンド・トロピカル・メディシン・マニュアル
The Travel and Tropical Medicine Manual, 4th Edition

岩田 健太郎,土井 朝子 監訳
Elaine C. Jong, Christopher Sanford 編集

《評 者》青木 眞(サクラ精機株式会社学術顧問)

プライマリケア領域の医療従事者に必須のアイテム

 各地を旅行しながら生計を立てる身であるにもかかわらず,旅行医学・熱帯医学については専門医試験の準備以外には興味を持っていなかった者としては,今回の書評依頼はまたとない学びの機会となった。

 本書は,後半(Part3以降)こそ途上国で罹患する下痢症や発熱疾患に関する総説で「感染症屋」として,ある程度なじみのある概念であったが,前半(Part1&2)の「旅行前のアドバイス」「特定の旅行者に対するアドバイス」に述べられている内容は全く初めてといってもよい概念の連続で驚くばかりであった。以下,本書の紹介を兼ねて印象に残った部分を紹介してみる。

●「都市医学」という概念(ジャングルの毒蛇も怖いが都会の大気汚染や犯罪も怖い:p19)
●水を飲んでも安全にする方法(p9)。地域によってはペットボトルと水道水の水質は同じ!(p125),比較的低温の60℃でも長時間煮れば微生物は殺せる(p128)。塩素・ヨウ素などのハロゲンは細菌の消毒には有効だが,ウイルスや原虫には効果が落ちる(p139)。
●飛行機:健常者でも巡航高度8000フィート(2438 m)では,動脈血酸素分圧は地上の103 mmHgから69 mmHgまで下がる!!(幸い,赤血球の酸素飽和度はそのS字曲線のために落ちませんが……)それにもかかわらず,酸素ボンベは危険物として,慢性閉塞性肺疾患(COPD)の患者さんが手続きなしにボンベを自分の客席に持ち込むことは禁止されている。
●B型肝炎ワクチン接種は,通常のスケジュール(0,1,6か月)に間に合わない場合には(0,1,2か月+12か月)もあり(p70)。
●マラリアの罹患リスクを定量化すると,サハラ以南のアフリカでは207,東南アジア11.5(これほど罹患リスクが違うとは知らなかった……!(p85)。
●時差(Jetlag)は夜型の人よりも朝型の人に出やすい(p155)。
●高山病を起こすような高度では細胞性免疫が低下するのでHIV感染症では注意。また低酸素により角膜は肥厚するので角膜切開術(LASIK)を受けた人は注意(p186)。海抜が上がると血糖測定装置は低めの値を出すので注意(p309)。
●潜水医学の章には歯圧外傷という概念の紹介。ダイビングなどにより「歯スクイズ」という病態が生じて歯冠,歯周囲膿瘍などの悪化を見ることがある。鼠径ヘルニアはダイビングの禁忌。

 あまり馴染みのないことに苦手意識を持っていた分野も正直あったが,知らないで自分の患者を長旅あるいは長期駐在に送り出すことはできないという情報が満載で,特に総合内科や家庭医といったプライマリ・ケア領域の医師に重要と思われる内容が多かった。詳細なことは必要なときに調べるとしても,最低限,何が問題となり得るか……といった基礎知識を本書で得ておくことは極めて有用と感じた。

 サイズも手ごろで,旅行医学・熱帯医学の専門家ではないプライマリ・ケア領域の医療従事者に必須のアイテムとしてお勧めする。

A5変・頁800 定価8,400円(税5%込)MEDSI
http://www.medsi.co.jp/

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