フランス編(水野篤)
連載
2012.04.09
臨床研修ええとこどり!!
around the world
研修病院見学ルポ[番外編]
水野 篤(聖路加国際病院 循環器内科)
『研修病院見学ルポ』(「週刊医学界新聞」連載,2009年5月-10年4月)での日本の研修病院見学に加え,かねてから行いたかった世界の病院見学。「世界の中での日本を知りたい」という思いを胸に,若造でしかわからない何かを求めて旅に出た。相も変わらず一部の研修病院についての主観的な報告だが,各国での初期研修の実際や研修医のその後の進路を紹介し,日本にも生かせる「ええとこ」を見つけていけたらと思う。さらに熱い日本をめざして。
(全4回)
(2968号よりつづく)
【第3回 フランス編】
人口-6503万人(2011年)。人口密度は前2回の韓国・台湾に比してかなり低い119人/km2。
見学病院-Hôpital européen Georges-Pompidou(814床),Institut cardiovasculaire paris sud(300床)
欧州からまずフランスを第3回として取り上げる。欧州の国と言えば,まずフランスを思い浮かべる人も多いのではないだろうか。ワイン・フランス料理といった食文化や,長い歴史を感じさせる趣のある建築物もあるため,まさに欧州を代表する国と言えるだろう。今回はフランスの臨床研修を紹介します。
フランスでは,Hôpital européen Georges-Pompidouと,私が尊敬する医師が在籍しているInstitut cardiovasculaire paris sudを見学した。パリ近郊は比較的英語での生活が可能であったが,やはりパリを離れると英語が通じない環境が多かった。
フランスの医学教育
フランスでは,高校卒業時に大学入学資格を得るための"バカロレア"という統一国家試験があり,希望する大学の定員と自分のバカロレアの成績がマッチした場合に入学することができる。
医学部は基本的には日本同様,6年制の医学教育課程であり,PCEM(Premier cycle d'études médicales)という2年間の生化学や化学などの基礎科学を学ぶ課程と,その後のDCEM(Deuxième cycle d'études médicales)という4年間の生理学などの基礎医学や臨床医学を学ぶ課程に分けられる。
PCEMでは1年次の終了時に試験があり,それに合格しなければ2年生に進級できない。この試験は厳しく,また留年も1回しか許されず,学生に努力を強いるものであることから,医学生の質の担保には適しているかもしれない。DCEM 4年次(いわゆる医学部6年)の終わりには,ECN(Epreuves classantes nationales)という国が実施する試験を受け,自分の専門とする診療科と臨床研修を行う病院に関するマッチングを行う。マッチングは成績順に行われるが,そのほかに地域と病院のネームバリュー,そして希望する専門科の3つが重要な要素となっているようだ。
臨床研修の歩き方
パリ近郊の大規模病院に,良い成績を収めたモチベーションの高い医師が集まることが多く,このような中央化はどの国にも同様の部分があると感じられた。大都市は,医療面以外の日常生活での魅力も大きいのだろう。ただフランスにおいては,南部の地中海沿岸など温暖な地域があり,そちらを希望する医師も多い。1年目研修医は,月4-5回程度の当直を行うとのことで,勤務体系は日本と大差ないと考えられた。
フランスの特徴として,専門とする診療科の選択時に,「一般医」と「専門医」が別のコースとなっていることが挙げられる。卒後研修では,3年間のトレーニングを行う一般医と,4-5年間(例えば循環器であれば5年間)のトレーニングを行う専門医のコースに分かれるようである。専門医のトレーニング期間は見直しの話もいろいろあるようで,見学した病院の上級医はもう少し延長させる方向で進めていると語っていた。今後も卒後医学教育に関する変更があるかもしれない。
日常の症例カンファレンスは各診療科で開催され,研修医教育の内容は日本と大きな差を感じなかった。筆者が確認した限りでは,前回(2968号)の台湾のような臨床研修中の国際雑誌への投稿といったdutyはなく,臨床研究は各研修病院で個々のスタッフのもとで行っているようである。
なお,フランスの医学教育システムは標準化されており,例えば卒後1年目の医師が行う研修内容はどの病院もほぼ同じとのことである。
キャリアの選び方
研修病院などのキャリアの選択は,基本的に成績順で決定される。キャリアとして研究職を選ぶ医師は,教育機関の多いパリ近郊に残る者が多いとのことだが,どの地域でも一定の報酬が約束されているため,研修の満足度はどこでも比較的高いようだ。ただ,選択権は成績順であるので,やはり良い成績を収められるよう努力する医師が多いという面もあるのだろう。
病院のアメニティ
さすが芸術の国フランス。病院の外観はかっこいい(写真左)。内部は病院の築年数とともに古くはなっていくが,欧米特有のゆったりとした時間の流れが感じられる(筆者私見)。見学した病院のフードコートや外来は充実し,きれいであった。
Hôpital européen Georges-Pompidouの入口。全面ガラス張りでおしゃれな外装。さすがフランスである。 | 院内のオープンカフェ。医師がくつろいでいる姿も散見された。 |
教育ツール
教育については,フランス語が公用語であるため,基本的にはフランス語での勉強が中心となっている。もちろん病院内の使用言語はフランス語。英語での医学の勉強は各個人に依存しているようだ。教育ツールとして,Powerpointなどのスライドを用いて研修医教育を行うのは日本と同様であるが,日本のような研修医向けの月刊誌はなかった。『Le livre de l'interne』というフランスの出版社が発行する内科の教科書を用いたり,米国の出版社の教科書も用いたりするが,主としてはやはり国際雑誌のreviewを読んで学ぶことが多い。それが国際標準の勉強法なのだろう。
フランスでは,かかりつけ医としての一般医制度を2005年より導入しており,基本的には一般医が最初に患者の診療を行う。そのため,症状ベースでの診断は一般医の研修課程で学び,各科の専門研修は疾患別で学ぶスタイルだと感じた。日本は医師全員が,"初期研修医"というGeneral physicianの教育を受けることから,横断的な勉強に役立つ書籍や雑誌が多数出版されているのではないだろうか。
フランス医療の現場
前述したが,初診患者は基本的にまず一般医が診察する。いわゆるかかりつけ医だ。しかし2つの例外があり,産婦人科と眼科は専門医に直接診てもらうことが通例である。もう1つの例外は,追加の医療費を支払えば最初から直接専門医にかかることができるということ。これは「自由選択の費用」という医療費となっており,明快なコスト負担システムである。どこの病院でも一律の医療費という日本の保険制度が,医師のモチベーションを下げる1つの要因になっている可能性も指摘されているので,医療システムとしては学ぶべきところがあるだろう。
フランスの医師からのメッセージ
「日本の先生方は勤勉ですので,これからも頑張ってください!!」
特徴歴史のある医療に加え,時代のニーズに合わせて医療制度のみならず医師教育制度の変更を国レベルで実施している医療国。医学教育に関しては,卒前教育の課程で非常に厳しい関門を設定することで優秀な人材を輩出している。また社会保障制度として,かかりつけ医と専門医のすみ分けまで国がある程度決めており,患者側にも選択権があるというバランスは絶妙なのかもしれない。 |
日本への思い医学生・医師に厳しい条件を課す医学教育に加え,医療制度でも現在の社会構造に合わせた社会保障の改革が,日本でも必要だと強く認識した。フランスの医師は「自由」という印象を持ったが,医師養成課程のなかで勝ち抜いて得た自由であり,日本の医師も独自のスタイルを持ちながら頑張りたいと再認識した。 |
(つづく)
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