医学界新聞

対談・座談会

2012.04.02

対談

“診断”から“治療”の時代へ
皮膚疾患診療のこれからを展望する

塩原 哲夫氏(杏林大学教授・皮膚科学)
宮地 良樹氏(京都大学大学院教授・皮膚科学)


 “If it's wet, dry it. If it's dry, wet it. If neither of these works, use steroids.

 宮地良樹氏が1980年代初頭,米国留学中に手にした『The Official M.D. Handbook』(New American Library)に記載されていた“皮膚科の原則”の一節だ。こうしたイメージが持たれるほど,当時の皮膚疾患診療では治療法が限られ,その一方で診断学が過度に重視されていたという。そうした時代を経て,生物学的製剤をはじめ新たな治療法が飛躍的に増加した現在の状況を,塩原哲夫氏は“治療の時代”の到来と位置付ける。

 本対談では,両氏が編集を務めた『今日の皮膚疾患治療指針(第4版)』(医学書院)の発行に当たり,これから求められる皮膚疾患診療の在り方を展望した。


宮地 皮膚疾患は,症状を目で見ることができ,病理診断も比較的容易であることから,従来診断学が先行する形で発達してきました。

塩原 私が研修医のころは治療の選択肢が限られていて,処方される外用薬は5種類あれば十分でした。それなのにカンファレンスの時間の大半が診断に費やされているのを見るにつけ,こんな詳細な診断が必要なのだろうかと,複雑な思いを抱いたのを覚えています。

宮地 確かに,腫瘍は手術,感染症はそれぞれに応じた抗菌薬の投与,炎症性疾患はステロイド薬の投与,というように治療は単純化されていましたね。

 皮膚疾患の治療学がなかなか発展してこなかった背景として,一つには目に見える症状をまずは抑えなければ患者さんの理解が得られないという面があります。そのため,何を置いてもステロイド外用薬を投与するという方針がとられがちだったのかもしれません。

塩原 現在でもそういった目先の劇的な効果にとらわれて,外用薬ではなくステロイド内服薬を安易に処方し,逆に難治化させてしまう例がみられます。炎症を速やかに抑えるためには最も効果的ではあるものの,急に中止すると著明なリバウンドを起こしますし,不規則に繰り返すとステロイド外用薬にもあまり反応しなくなってしまい,明らかに難治化します。これでは皮膚科医として問題があるのではないかと思っています。

宮地 治療学の発展が遅れたもう一つの背景には,診療に当たって指標となる数値(検査値)が少ないことが挙げられるのではないでしょうか。

塩原 そうかもしれません。先日,診察の際に皮膚の角層水分量を測定する装置を使用したのですが,「30年近く先生のところへ通っていますが,初めて科学的な装置を使いましたね」って患者さんに言われました(笑)。

宮地 逆に言うと,「われわれは器械も使わずに,目で画像診断している」という自負もありました。疾患が三次元かつカラーで見えるわけですから。ほかにも捻髪音を聞く,匂いを嗅いで感染の有無を見極めるなど,診察では五感を駆使しますよね。

塩原 ええ。私も特に触ることを重視しています。触ることで,皮膚の乾燥の度合いや硬さがよくわかります。

宮地 患者さんに触れることは,患者さんとの信頼関係の構築にもつながるように思います。

塩原 皮膚疾患は他人の好奇の目にさらされることも多く,患者さんも日常生活でつらい思いをしがちです。そういった意味でも,数値ばかりにとらわれず疾患部位をしっかり触って皮膚の状態を診断することが不可欠です。

宮地 そうですね。その上で,患者さんにとって一番重要なのは治るかどうかです。

塩原 近年新たな治療法の開発が進み,「診断の時代」から「治療の時代」に急速に移行しつつあります。さらに現在はエビデンスに基づいて治療を考える時代ですから,患者さんに対しても根拠に基づいた説明が必要です。患者さんから「なぜこの治療をするのか」と尋ねられたときに,きちんと説明できるだけのエビデンスを持てるようになったことも,近年大きく様変わりした点と言えます。

生物学的製剤の光と影

宮地 新しい治療法のなかでエポックメイキングとなったのは生物学的製剤です。特に,関節症性乾癬や乾癬性紅皮症の患者さんにとって大きな福音であったと思います。

塩原 私自身はこれまで皮膚免疫学の研究に取り組んできただけに,いろいろな免疫反応に関与するTNFαを抑制することが本当に妥当なのか,確信を持てずにいます。そのため,生物学的製剤の使用は重症の患者さんに限るなど,非常に慎重に使用しているところです。

宮地 確かにTNFαはユビキタスなものですから,遮二無二抑えることには功罪があります。また別の意味でも,生物学的製剤の適用は慎重に検討されなければいけません。

 先日,全身の乾癬性紅皮症の重症患者さんが当院を受診されました。はじめは生物学的製剤の適用を検討したのですが,通常の治療を行ったところ1週間で治ってしまわれた。要するにそれまでまったく治療していなかったわけです。そういう方もいるので,「PASIスコアが高くて重症であれば,生物学的製剤を投与する」と短絡的に考えるのではなく,段階的に治療を選択すべきだと痛感しました

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