医学界新聞

寄稿

2012.02.20

寄稿

オーストラリアにおける一般看護師の役割と教育体制

小山幸子(フリンダース医療センター)


 私は,2007年に南オーストラリア州のフリンダース医療センター(Flinders Medical Centre;FMC)に就職し,オーストラリア(以下,豪)の看護師として働き始めました。日本で働いていたころに「医師の役割」と信じて疑うことがなかった,侵襲性が高く,高度な判断能力を求められる処置を,臨床の一般看護師が堂々と行うさまを目の当たりにし,驚きと戸惑いを隠せませんでした。同時に,豪の看護師免許を保持する以上,皆と同様に侵襲的な処置を実践しなければいけない恐怖や責任の重圧から,目まいがするような感覚に襲われたことを覚えています。

 FMCの一般看護師が行う,侵襲性が高い処置(胸部外科・循環器内科の混合病棟の場合)を下記に例示します。

*経皮的冠動脈形成術(PCI)後に患者の大腿動脈に挿入されたシースの抜去。
*開胸手術後等で留置された中心静脈カテーテル,胸腔ドレーンチューブ,心外膜下ペーシングワイヤーの抜去。
*患者の急変時,医師の不在下において看護師の判断により,手動式除細動の施行や体外式ペーシング,または心臓開胸術後に留置された心外膜下ペーシングワイヤーからのペーシングを施行。また,昇圧薬や抗不整脈薬などの特殊薬を包括指示内で看護師が投与。

豪における看護師の役割拡大の経緯と現状

 国際的にみると,欧米諸国では,高度医療技術の発展や医師の労働条件改善に伴う医師不足などが看護師の役割拡大の契機となったようです1)

 豪において最初に役割拡大を進めたのは,医師不在のへき地での医療を担う看護師でした。これが,農村部や都心部での看護師の役割拡大に大きく影響したと言われています。また,1980年に看護教育が完全に大学に移行し,博士号を持つ看護師が増えたことや,看護研究機関の設立などにより臨床研究が発展しました。これにより,「根拠あるケア」を提供する試みが採り入れられたことも,豪の看護師の役割拡大に貢献したとされます1-2)

 2001年から04年にかけては,慢性疾患患者の増大に対応し,国の経済的負担を減らすため,プライマリ・ケア分野における看護師の役割拡大が豪政府の政策として行われました3)。また,本年からは,医療従事者の少ない地域での看護師の役割拡大と強化を目的としたpractice nurse incentive program4)が始まりました。

ケアとキュア,両方の視点で

 就職当初,豪の看護師の役割に恐怖や責任の重さを感じ先行き不安に陥った私ですが,高度実践を可能とする労働環境に身を置き,職場からの教育的サポートを受けつつ知識を補い経験を積むごとに,「恐怖」が「自信」に,「責任の重さ」が「やりがい」に変化していきました。

 役割拡大により,看護師の職場満足度向上,医師の負担軽減,患者ケアの質向上など,さまざまな利点が研究により証明されています5-6)。私が一番強く感じるのは,看護師の役割拡大による「患者への直接ケアの質向上」です。例えば急性心筋梗塞後の患者を管理するCCUでは,看護師の不整脈読解能力が向上し早期除細動が可能となった結果,患者の死亡率が大幅に下がっています1)。CCUに限らず,看護師が役割拡大に際して医学的知識を増やし経験を積むことで,状況判断能力やマネジメント力が向上し,患者のアウトカムの向上に貢献するのだと思います。

 「看護師の役割拡大に伴い,看護の中核にある“ケアリング”が失われる」と心配される方も少なからずいるのではないでしょうか。しかし,役割拡大が進んでも,看護特有のケアリングは失われず存在していると,豪の実践を通じて感じています。

 例えば,侵襲性の高い処置を行うには,十分な医学的知識によって患者の状況を判別することが必要ですが,それらは患者をより深く知ることに通じ,看護ケアに還元できます。また,医師が病棟に滞在する短い時間に慌ただしく処置をするのではなく,患者と看護師がお互いに時間を調整し,余裕を持って処置を行える,というメリットもあります。実際,患者への直接ケアが増えることによって,以前より患者の側にいる時間が増えていることに気づきます。患者や家族から病状説明を求められた際,医学的知識に基づき,看護師がかみ砕いて病状を説明することにより,患者や家族との信頼関係を強めているように思えます。

 就職して5年たった今では,少し傲慢かもしれませんが,「ケアとキュアの両方の視点を持ち,継続的にベッドサイドでかかわる看護師だからこそ,高度な実践を安全に遂行することができる」と強く感じています。

一般看護師の実践範囲をどのように決めるか

 豪においてはこれまで,看護師の実践範囲に関する取り決めは各州や雇用主に委ねられていましたが,2004年から07年にかけ,国として体系化する作業が行われました。Australian Nursing and Midwifery Council(ANMC)という認証機関が主体になり,専門的知識・経験と遂行能力を持つ看護師による安全な看護を提供することを目的にフレームワークが開発されました。その中で,ガイドラインやフローチャートなど看護師の意思決定プロセスを明確化するためのツールが作られました7)。時代の流れとともに変化し続ける医療ニーズや看護師の役割に柔軟に対応できるよう(換言すれば,規定により実践の範囲が厳格に制限されることがないよう),フレームワークはあくまでも原理原則ベースであり,実際は組織の受け入れ能力や個人の知識・経験・遂行能力に委ねられるように定められています。

 看護師の実践範囲を決めるフローチャート(nursing practice decision flowchart)の一部をに抜粋します。この意思決定プロセスを見ると,「既存の裁量権内(scope of practice)」においても,いくつかの要件がすべてクリアできなければ実践に移せないことがわかります。

 看護師の実践範囲を決めるフローチャート(ANMC) の概略

 一方,「既存の裁量権外」で看護実践を行う際は,上記とは異なるプロセスで決定します。私の所属する病棟を例に取ると,急変時の速やかな薬剤投与の必要性と病棟看護師の知識や遂行能力の高さを感じていたシニア薬剤師が,病院管理者や医師に看護師の裁量権拡大を持ちかけたことがあります。会議を設け議論を交わした上で,「十分な教育とトレーニングによって遂行能力を身につけた看護師」という条件付きで,患者急変時(医師不在下),包括指示内での看護師判断による昇圧薬や抗不整脈薬などの特殊薬投与が可能になりました。図中の要件をすべてクリアしたことで,既存範囲を超えた実践が可能になったのです。

 このフローチャートの興味深い点は,たとえ看護師による実践が無理であろうと,他職種に実践を委ねつつ「連携による継続ケア」を行いながら,将来的に実践可能となる方法を摸索するようにガイドされていることです。

卒後の教育体制

 看護師の役割を拡大する際に,「卒後の継続教育」は欠かせません。豪の看護師免許登録制度はこれまで各州に委ねられていましたが,2010年から国家単位の制度に統合されました。同時に,1年間に20時間の継続教育を受けることが免許更新の条件として義務付けられました8)

 私が勤務するFMCを例に,臨床看護師にどのような継続教育の機会が与えられているのかを記します。

1)病棟内教育(in-service)
 週末を除きほぼ毎日,午前と午後のスタッフが重なる時間に30分ほどの教育を受けることができます。新規導入薬剤や医療機器,臨床上の疑問などに関するレクチャーを受けます。

2)毎年の認証評価(annual accreditation)
 FMCには,看護師・助産師の教育や研究のサポートを行う独立部門(Centre for Nursing & Midwifery Education& Research;CNMER9))があり,認証評価を提供しています。認証評価は主にeラーニングにより行われます。学習後に簡易テストを受けるのですが,毎年同じ項目を勉強しているにもかかわらず,翌年には学んだ内容を少なからず忘れていることに私はいつも驚かされ,継続教育の重要性を実感します。

 また,CNMERのeラーニングを利用して,配属病棟に関連する資料(例えば,胸痛マネジメントや緊急開胸術の手順が学べるビデオ映像)をオンライン上に随時アップデートすることが可能であり,空いている時間に専門的知識を補充することができます。

3)院内教育
 CNMERは,病院や各病棟の専門性を生かした独自の教育を,FMCで働くスタッフに無料で提供しています。数時間や数日などの短期から1-2年の長期まで,多岐にわたるコースが準備されています(隣接するフリンダース大学とパートナーシップを結んでおり,CNMERが提供する継続教育を受けることによって大学の数単位を取得できるようにもなっています)。

 例えば私が所属する胸部外科・循環器内科の混合病棟では,3か月間の心電図コースを終了すると, 2年間の心臓看護のコースを受けることができます。講義を受けつつ,病棟で実際に患者を受け持つことで,高度実践が可能となる知識と経験を得ることができます。論文執筆や症例発表,口頭試験前の復習を通して,深い知識を得ることができます。充実した院内教育体制があれば看護師の役割拡大に結びつくことを,身をもって感じました。

4)大学教育
 大学は継続教育として多様なコースを開放しています。私が感心するのは,専門分野に関する科目を体系的に履修することができる「コースワーク」の充実です。臨床看護課程のコースワークでは,専門性を深めるために入学時にある程度の臨床経験が要求されます。コースでは理論的学習だけではなく臨床実習が課せられるなど実践的であり,知識と技術をともに高める機会が提供されています。

 専門分野に特化したコースワークには半年(certificate),1年(diploma),2年(master)と異なる学位が用意されており,ほとんどのコースで長期履修が可能です。またやる気があり入学基準さえ満たせば興味ある科目を選んで受講することも可能です。大学が提供するeラーニング教育も充実していますし,豪には学びたいときに自分の仕事や家族などの都合に合うスタイルで勉強できる,素晴らしい教育体制が整っていると感じます。

 現在日本では,侵襲性が高く高度な判断能力が必要とされる特定の医行為が実施可能になる「特定看護師(仮称)」の導入に向けて調整を進めるとともに,一般看護師による医行為範囲の見直しや拡大を検証する取り組みが進んでいるようです。欧米諸国では,1990年代に一般看護師の役割拡大について活発に議論されています。それから十数年が過ぎ,日本の一般看護師の役割について再考する時が来ました。日本では「医行為」とみなされる侵襲的な処置が,豪では一般看護師によってずいぶん前から実践されているわけですが,「豪もひと昔前は血圧や酸素飽和度を測定することさえ医師の仕事であり,看護師には許されなかった」と同僚から聞きます。

 看護師の役割拡大に当たって,豪の概念と方法を文化・社会的背景の違う日本にそのまま取り入れることは無理だとは思います。しかしながら,ひと足先に一般看護師の役割拡大が行われた豪で,看護師の大きな可能性と潜在能力を感じる私としては,日本の特性を生かした看護師の役割拡大が実現することを期待するばかりです。

参考文献/URL
1) Harris D.et al. The expanded role of the critical care nurse: a review of the current position. Aust Crit Care. 2002;15(4):133-7.
2)Percival EC,et al.Nurses in Australia: their role today and tomorrow. Med J Aust. 1996;164(9):520-1.
3)Elizabeth Senio.How general practice nurse view their expanding their role.Aust J Adv Nurs.2008;26(1):8-15.
4)Australian government/department of human service , Practice Nurse Incentive Program(PNIP)
5)Carver J. The perceptions of registered nurses on role expansion.Intensive Crit Care Nurs. 1998;14(2):82-90.
6)Rushforth H, et al.Implications of nursing role expansion for professional practice.Br J Nurs.1999;8(22):1507-13.
7)ANMC national framework for the development of decision-making tools for nursing and midwifery practice
8)Nursing and Midwifery Board of Australia
9)Center for Nursing & Midwifery Education &Research


小山幸子氏
1994年倉敷中央看護専門学校卒。94-2004年倉敷中央病院に勤務。語学留学を経て,06年フリンダース大看護学部(豪アデレード)に編入。07年に豪の看護師免許取得。同年フリンダース医療センターに就職し,現在に至る。2011年フリンダース大看護学部国際災害看護コースに入学。今年は同学部のHonors専門研究コースに入学予定。

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