柱と柱をつないで支えます 長押さん(鶴岡優子)
連載
2012.01.16
在宅医療モノ語り
【第22話】
語り手:柱と柱をつないで支えます 長押(なげし)さん
鶴岡優子
(つるかめ診療所)
(前回からつづく)
在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりであるが,往診鞄に特別な関心を持ち全国の医療機関を訪ね歩いている。往診鞄の中を覗き道具を見つめていると,道具(モノ)も何かを語っているようだ。今回の主役は「長押」さん。さあ,何と語っているのだろうか?
長押さんの夏の思い出 8年前の初夏,栃木で撮った写真です。孝行息子さんが,栄養のボトルを吊り下げるために,長押の上に農作業用の棒を渡してくれました。外では明け方から干したかんぴょうが白いすだれになっていました。 |
私はある診療所のオフィスにある長押(なげし)です。柱と柱の間の天井近くに渡してある木材で,よく何かを引っ掛けられる存在です。この部屋も以前は和室だったそうですが,畳を板の間にして壁には漆喰が塗られ,洋室風になりました。診療所といっても外来診療がないので,患者さんやそのご家族がここを訪れることは少ないようです。この部屋は多職種連携のための小さな会議や物品薬品の在庫管理のために使われ,普段は私もハンガーを掛けられる程度の働きです。たまに小学生や医学生が勉強に来ることがありますが,そのときはこの部屋もショールームに昇格するので,私は張り切って働きます。
所長先生も張り切って説明します。「確かにザイタクは患者さんにとってはホームだけど,医者にとってはアウェイ。現地で使えそうなモノを使わせていただく」。素直な学生さんはうなずきます。「在宅医療で急に点滴をしようとなったとき,このボトルを引っ掛けられる所を一生懸命に探すんですよ」。優しい学生さんはまたうなずきます。「例えば,こんな所,いいよね。フックがなければ,こうして作ることもできます」。所長はクリーニング店でもらったワイヤーハンガーを大道芸人のように折り曲げます。そして誇らしげに私に引っ掛けて,本物の点滴などをぶら下げてみせます。学生さんも今度は全員がうなずいてくれました。
実際のザイタクで長押はどうなっているのか,ですか? 長押の活用法は,そのお宅によって違います。既製品を使ったり,手作りのひと工夫をしたり,「えー! そんな使い方があったのか」と感心しています。点滴の吊り下げだけではありません。経管栄養のボトルもあるし,カレンダーなど,いろいろなモノを吊り下げます。下げるだけではありません。長押の上の天井までのわずかな面を使って,額に入った表彰状,子どもの絵や孫の写真などが飾られています。仏壇の近くではご先祖さまの写真も多いですよね。家族と家の歴史を毎日感じながら生活されているのです。
なにかと応用の利くところが私の自慢ですが,ここで強調しておきたいことが2つあります。まずひとつは,私のような長押がいなくても在宅ケアは成立すること。当たり前ですが,和室でなくてもいいのです。ヒトが住むところであれば,在宅ケアは存在します。もうひとつは,私のメインの仕事は吊り下げ業務ではないこと。実は私,頼りなく見えるかもしれませんが,家の中心である柱を支えているのです。私だけでなく,壁さん,床さん,屋根さん,皆さん揃ってはじめて家として成り立つのです。柱を支えるのが長押,長押を支えるのが柱。支え合っているのです。床の表面を畳から洋風の板の間にされただけでは崩れない,和風の支え合いがあるのです。ある意味,これも多職種連携なのです。
(つづく)
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