抗リン脂質抗体症侯群の診断と治療(高田和生)
連載
2011.12.05
もう膠原病は怖くない!
臨床医が知っておくべき膠原病診療のポイント
◆その7◆
抗リン脂質抗体症侯群の診断と治療
高田和生(東京医科歯科大学 医歯学融合教育支援センター 准教授)
(2952号よりつづく)
膠原病は希少疾患ですが,病態はさまざまな臓器におよび,多くの患者で鑑別疾患に挙がります。また,内科でありながらその症候は特殊で,多くは実際の診療を通してでなければとらえにくいものです。本連載では,膠原病を疑ったとき,膠原病患者を診るとき,臨床医が知っておくべきポイントを紹介し,膠原病専門診療施設での実習・研修でしか得られない学習機会を紙面で提供します。
今回は,抗リン脂質抗体症候群(Antiphospholipid syndrome: APS)の診療におけるポイントを学びます。
(!)抗リン脂質抗体陽性患者のすべてが抗リン脂質抗体症候群を発症するわけではない
抗リン脂質抗体は一般成人の1-5%に検出されますが,その80-90%は一過性で病的意義はありません。一方,陽性である状態が持続する場合は,保持者における血栓症や妊娠合併症(妊娠高血圧症候群,不育症・流産)の危険度を高め,他の危険因子も含めたそれぞれによる寄与危険度の総和が閾値を超えた場合にAPSを発症します。
APS発症者をみると,50%が静脈血栓症,40%が動脈血栓症(全体の15%は静脈および動脈血栓症を合併),10-20%が流産を合併しています。また,動脈血栓症の90%は脳血管におけるものです。発症者は0.8%と稀ですが,微小血管血栓形成が短期間に多臓器に及ぶ,致死率の極めて高い劇症型APSを来す症例もあります。
(?)血小板減少はAPS分類基準に含まれる?
APS症例には,血栓症と妊娠合併症のほかにも分類基準(札幌基準のシドニー改変 2006,表)に含められていない(APSにそれほど特異的でない)複数の病態も多くみられます。それらには,網状皮斑(20%),血小板減少(22%),溶血性貧血(自己免疫性または微小血管障害性,7%),腎症,弁膜症,そしてさまざまな神経病態などが含まれます。
表 抗リン脂質抗体症候群の分類基準(札幌基準のシドニー改変 2006) | |
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臨床所見の1項目以上が存在し,かつ検査項目のうち1項目以上が12週の間隔を空けて2回以上証明されるとき,抗リン脂質抗体症候群と分類する。 |
(!)APS症例の40%はSLEを合併している
APSには,他の全身性自己免疫疾患に合併する場合(続発性)とそうでない場合(原発性)があります。そして,全体の47%を占める続発性APSの80%は全身性エリテマトーデス(SLE)に合併するものです。
(!)Wassermann反応と抗カルジオリピン抗体検査は,同じ抗原に対する親和性抗体の有無をみている
生物学的偽陽性とは,梅毒の診断に用いられるWassermann反応における偽陽性のことです。同反応は牛の心臓から抽出したリン脂質(cardiolipin)に対する親和性を持つ抗体(つまり,抗リン脂質抗体)の有無を見るもので,20世紀初頭に梅毒患者の同定に用いられ始めました。その後,同反応陽性者には,梅毒患者(真陽性群),梅毒以外の感染症を患い一過性でその後陰性化する者(一過性偽陽性群),梅毒の症候がないが陽性所見が持続する者(持続性偽陽性),がいることが判明し,特に持続性偽陽性群には女性が多く,またSLE罹患率が高く,そして高頻度で血栓症を合併するという特徴がありました。つまり持続性偽陽性群をもたらす抗体がAPSに関連する抗リン脂質抗体です。そして,リン脂質親和性抗体の検査の感度を高めるためカルジオリピンを用いたELISA法が開発されました。それが,現在われわれが利用している抗カルジオリピン抗体検査です。
(!)APSに関連する抗リン脂質抗体は,直接ではなく,コファクターを介してリン脂質に結合する
APSに関連する抗リン脂質抗体は,カルジオリピンのほか,ヒトに存在する,ホスファチジルセリン,ホスファチジルグリセロール,ホスファチジルイノシトール,ホスファチジルエタノールアミン,ホスファチジルコリンなどのリン脂質に親和性を持ちます。また,APSに関連する抗リン脂質抗体(梅毒持続性偽陽性群が持つ抗体)は,真陽性群や一過性偽陽性群が持つ抗体のようにリン脂質に直接結合するのではなく,β2グリコプロテインI(β2GPI),プロトロンビン,トロンボモジュリン,アンチトロンビンIII,アネキシンVなどのリン脂質結合性血漿蛋白(コファクター)を介してリン脂質に結合します(β2GPIとプロトロンビンが主)。よって最近では,抗カルジオリピン抗体のコファクター依存性をみる検査も開発されてきました(抗カルジオリピン・β2GPI複合体抗体検査など)。
(?)ループスアンチコアグラントは,SLEがないAPS患者にはみられない?
1952年に,2人のSLE患者で,in vitroのリン脂質依存性凝固反応における凝固時間の延長が報告されました。SLE患者における「抗凝固因子」が原因だと考えられ,そのような凝固時間の延長は「ループスアンチコアグラント(LA)」活性と名付けられました。その後,LA活性はSLE患者以外でも見られ,高頻度で妊娠合併症や血栓症を来すと報告されました。
LA活性の機序は,凝固検査において抗リン脂質抗体が,ビタミンK依存性凝固因子のリン脂質への結合と競合するためだと考えられており,LA活性を持つ抗リン脂質抗体の85%以上は,β2GPIまたはプロトロンビンをコファクターとする抗体です[後者の評価には,現在研究用試薬(ホスファチジルセリン依存性抗プロトロンビン抗体検査・IgG ELISAキット)のみ存在しますが,後者の90%はLA活性陽性のため,LA活性検査にて同定され得ます]。なお,LA活性検査の詳細ステップについては文献1をご参照ください。
(?)APS全患者で,生物学的偽陽性,抗カルジオリピン抗体陽性,LA活性陽性所見がみられる?
ここまで,APSに関連する代表的な検査として,生物学的偽陽性,抗カルジオリピン抗体,抗カルジオリピン・β2GPI複合体抗体,LA活性,ホスファチジルセリン依存性抗プロトロンビン抗体検査を見てきましたが,それぞれの陽性例はオーバーラップしています(図)。また,特にLA活性陽性所見は血栓症の相対危険度が高いのが特徴ですが,LA活性検査は抗凝固療法の影響を受けるため,血栓症を来しAPSが疑われる症例においては,治療開始前の限られた時間に検査を行う必要があります。ただ,既に治療中の患者においても,プロトロンビンをコファクターとする抗体によるLA活性については,前述したホスファチジルセリン依存性抗プロトロンビン抗体検査にて評価可能です。
図 抗リン脂質抗体症侯群患者にみられる抗体/検査所見のオーバーラップ(北大・渥美達也氏のデータおよび助言に基づき作成) |
一方,抗カルジオリピン抗体については,前述の一過性偽陽性群と識別するために、陽性所見の持続性の確認が必要です(分類基準では12週間以上としている)。また,血栓症の相対危険度は同抗体の力価と正の相関があり,低力価の場合は病的意義が低く,分類基準でも中等度以上の力価または健常人の99パーセンタイル以上と定義されています。
(?)アスピリンには,APSの一次予防としての強いエビデンスがある?
APSによる血栓症の二次予防は,基本的に生涯にわたる抗凝固療法です。一方,抗体陽性で血栓症の既往のない場合の一次予防は,それ以外の血栓形成危険因子や冠動脈疾患危険因子の除去が主体になります。抗血小板療法は,APSの一次予防としての強いエビデンスはありません。APSによる流産に対する二次予防は抗血小板療法および抗凝固療法の併用が主です。
(つづく)
文献
1)渥美達也.血栓止血の臨床 研修医のために――抗リン脂質抗体症候群の診断.日本血栓止血学会誌.2008;19(3):329-32.
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