ワーク・ライフ・バランス(6)(ゴードン・ノエル,大滝純司,松村真司)
連載
2011.12.05
ノエル先生と考える日本の医学教育
【第20回】 ワーク・ライフ・バランス(6)
ゴードン・ノエル(オレゴン健康科学大学 内科教授)
大滝純司(東京医科大学 医学教育学講座教授) 松村真司(松村医院院長) |
(2952号よりつづく)
わが国の医学教育は大きな転換期を迎えています。医療安全への関心が高まり,プライマリ・ケアを主体とした教育に注目が集まる一方で,よりよい医療に向けて試行錯誤が続いている状況です。
本連載では,各国の医学教育に造詣が深く,また日本の医学教育のさまざまな問題について関心を持たれているゴードン・ノエル先生と,マクロの問題からミクロの問題まで,医学教育にまつわるさまざまな課題を取り上げていきます。
前回までのあらすじ:多様なワーク・ライフ・バランスを可能にした米国。その背景には,社会環境の変化に対応するため,キャリアの多様性の確保が必要という時代の要請があった。
大滝 昇進速度を遅くすることが通常のキャリアの選択肢の一つになると,多数の医師が早くキャリアを積むことを避ける,言い換えれば,楽なほうに流れるのではないかと心配になります。
スキルと報酬が規定する米国医師のキャリア
ノエル 米国では,昇進が遅い医学部教員がいてもそれは彼らが働いていないからだとは見なさず,希望するキャリアを選んでいると認識しています。昇進に関して,米国の医師が何に重きを置くかはさまざまです。
研修病院の多くは,職位に応じて医師の給与が決まるわけではなく,給与のほとんどは実際の診療業務に対して支払われます(臨床教育に割いた時間に手当てを別に支払う施設もあります)。また,主に研究に取り組む医師の給与の大部分は,彼らの研究費のなかから支払われています。
一般的な例を挙げて説明しましょう。診療と臨床教育を主な業務とする医学部教員の昇進の基準は,その2つの業務の評価が中心となり,臨床研究や教育プログラムの構築といった“アカデミック”な業務の業績はわずかに考慮されるだけです。こうした教員は「クリニシャン・エデュケーター(臨床指導教員)」としてキャリアを積むのであり,研究には重点を置いていません。手技が中心の診療科(外科,麻酔科,放射線科,皮膚科など)の臨床指導教員は,診療のみでかなりの額の給与を請求でき,教員としての職位を問わず,手技の少ない小児科医や内科医,あるいは研究中心の医師よりもはるかに高額の給与を得ています。
研究職の教員の場合,給与は通常,研究費から支払われるため,教員としての職位が重要となります。というのは要求できる給与の額は,職位で決まるからです。研究職では,論文数という昇進基準を満たしやすいため,昇進速度は比較的速くなっています。一方,多くの医学部は研究より臨床に重点を置く研修病院を数か所持ちますが,そこに所属する教員の昇進はやや遅くなります。なぜなら,教員たちは昇進に必要とされる臨床以外の活動,つまり大学での教職や学究的な活動にあまり時間を割いていないからです。
医学部の多くは,診療と教育の両者に取り組む医師のキャリアを奨励しています。そのなかで,異なった昇進の在り方が生み出されています。患者にとってあまり意味をなさない研究や,知の探究にわずかしか貢献しない研究,その教員にとって行う甲斐のない研究を彼らに要求したりはしません。医師のキャリアはそのスキルや報酬をどのように生み出すかに見合ったものになっています。
キャリアパスの増加がさまざまな雇用形態を生んだ
大滝 多様な雇用形態やキャリアパスを可能にするには,雇用する側が提供するキャリアパスと求められる能力や勤務内容を,できるだけ具体的に明示する必要があると思います。異なる雇用形態の医師や職員の間で摩擦が生じないようにするためにも,雇用条件をわかりやすく公開することが大切です。特別扱いをするのではなく,正式な雇用形態を多様にするということですね。
ノエル 全くもってその通りです。
現代の医学部は巨大組織です。専門医療に重点を置き,米国の医療保険制度によりきちんと医療費が補償されています。NIHやその他の連邦や財団の研究助成により何百万ドルもの研究費を受け,そこから自身の給与をも賄う大勢の研究員が働いています。
一世代,約30年前までは,教員の昇進と給与はアカデミックな業務のみに重きが置かれていました。しかし,学生や研修医の指導・監督業務への要求が高まるにつれ,臨床指導教員の増員が求められるようになりました。そうした指導医の給与の多くは,患者の診療費から賄われています。私が教員としてのキャリアを積み始めたころ,昇進の道は一つしかなく,研究の生産性だけで評価されていました。今日では研究職としての昇進の道もあれば,臨床指導教員のキャリアパスもあり,地域の関連研修病院の学外教員という第三の道もあります。
この30年の間に,多くの医学部が,医学の幅広い領域の臨床と教育に必要な人材を,過去のシステムではもはや集められないと認識するようになりました。加えて,医学生・研修医の半数は女性であり,彼女たちが産前産後の休暇(大体3-6か月)を取得したりフルタイムより労働時間を減らした場合,昇進速度を緩める道が必要であることを受け入れるようになりました。こうした変化はいくつかの医学部では早くから行われていたことですが,今では多くの大学に広がっています。
“バランス”のかたちはさまざま
松村 今までと異なるキャリアパスを選択する医師の側に求められるものは何でしょうか。従来の雇用形態と同様に,担当する領域での基本的な能力や仕事に対する責任感と適応能力は必須のように思います。
ノエル ええ。女性でも男性でも,フルタイム,パートタイムのいずれでも,求められる特性は全く同等です。
短時間勤務を選択している人にとって「ワーク・ライフ・バランス」のコンセプトとは,より多くの時間を仕事以外に費やすことではないでしょうか。例えば親として子どもと一緒に時間を過ごすことや家族の介護,中には演奏活動や途上国での医療ボランティア,本の執筆活動など,他の興味の対象を追求することです。
フルタイムでもパートタイムでも,キャリアの過程で難しい問題に直面しますが,時間の使い方はパートタイム勤務の教員のほうがより複雑かもしれません。なぜなら,時間をまるまる医学部や研修病院などのどれか一つに絞って費やしているわけではないからです。仕事と家庭のバランスの問題は,フルタイム,パートタイムの教員ともに生じています。親でもある教員は,仕事と同時に家事や子育てもこなさなくてはなりません。今後の研究費を確保するために高度な研究成果が求められる教員でも,同じように研究活動と診療のバランスを取りながら仕事をしていることは珍しくありません。
医療システムも勤務体制に合わせ変化
松村 さまざまな雇用形態で勤務する医師を受け入れて活用するには,職場の組織やシステムに求められる要素もあるでしょう。例えば,勤務交代時の引き継ぎの仕方や,カルテの記録法など,業務の連携の標準化をこれまで以上に推進することが重要になると思います。このような領域は,日本よりも米国が優れているように思います。
ノエル 私の教員としての最初のポジションは,1975年のコロンビア大学での教育業務も求められる臨床医でした。給与のほとんどは,研修病院で,レジデントのころからの同僚と二人で診療することで得ていました。外来と病棟をほぼ同じ時間数,二人で分担し,それぞれの受け持ち患者を診ていました。平日の午前・午後と土曜午前に入院患者の回診を行い,土曜午後と日曜は一週間ごとに交代で働きました。診療記録は手書きで,それまでの研修で求められてきたように,引き継ぎができるよう内容を徹底させていました。年に約3か月はアテンディングとして研修医による入院患者の診療を指導していました(臨床指導は個人の診療とは別になっていました)。
その後,こうした勤務体制は大学病院ではあまり一般的ではなくなりました。多くの研修病院が,今では電子カルテを使っていますし,通常は年1回1か月の長期休暇や他の業務のため,医師がお互いの患者をカバーすることがずっと増えました。他の業務とは,研修医の指導などですが,これは長時間を要する仕事です。私が研修医のころは,二人の指導医が毎日2時間私たちと一緒に回診を行うだけで,彼らは患者にその費用を請求することもなく,カルテも入院時に数行記入するのみでした。今では多くの病院で,入院患者に対する指導医の回診を毎日6-8時間かけて行っています。指導医は,長く詳細な診療記録を付けることになっていて,以前より多くの入院患者を毎日受け入れています。入院期間はより短く,集中的な治療を施しますが,治療のあらゆる側面に指導医は責任を負っていて,電子カルテに目を通すのにかなりの時間を割いています。
研修医の夜間当直は減っており,その代わり「引き継ぎ」の時間が前より増えています。研修プログラムの多くが,当直の研修医に患者の現況を知らせて夜間に何が起こるか予測できるよう,電子カルテの活用法を開発する必要に迫られました。
オレゴン健康科学大学の研修医は,研修修了後は研修病院ではない民間医療機関に移る人が多いようです。現在の内科医では,かつての私のように病院と診療所の両方で診療する人はまれです。ホスピタリストである内科医は,外科医と臓器別専門医の患者のケアの大半を病院のみで担当します。整形外科医は高齢の大腿骨頸部骨折患者の心不全や糖尿病,抗凝固療法などを管理したがりませんからね(笑)。外科手術や周術期ケアだけ外科医が管理し,その他のすべてのケアはホスピタリストが引き受けています。
(つづく)
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