共感的・全人的な医療実践のために(宮田靖志)
寄稿
2011.12.05
【寄稿】
[物語能力を培う試み]
共感的・全人的な医療実践のために
宮田靖志(北海道大学病院・地域医療指導医支援センター/卒後臨床研修センター副センター長・特任准教授)
【関連記事もご参照ください】
・物語能力をどう育てるか(斎藤清二)
・二つの視点から診察を振り返ってみよう
なぜ,物語能力が必要なのか
臨床に携わる医療者の業務はますます多忙を極め,現場では,あまりにも専門細分化されすぎた医療や,極端なテクノロジー偏重の医療が散見されるようにもなってきた。このような状況下では,患者の人生・生活と病体験の関連,治療における患者・医師関係の重要性について,医療者がじっくり振り返ることが困難になっていると言われる。その結果,患者の個別性や価値観が顧みられず,科学的根拠を過度に優先する医療ばかりが行われているとの批判が,医療者に向けられることがある。
一方で医学生には,学年を経るにつれヒューマニティや患者への共感能力が低下していき,高学年になると医療の科学的側面ばかりに関心が向くようになる傾向があると言われる。実際に,それを裏付ける医学教育研究がいくつか発表されている1)。このため近年,医学生の人間的要素に関する教育の重要性が指摘されるようになり,患者との関係性を重視すること,患者をひとりの人間として丸ごと理解すること,共感をもって医療実践に当たること,常に自分の医療実践を謙虚に振り返ること,などを涵養する医学教育の取り組みが始まっている2)。
患者に寄り添うケアを行うために必要な考え方とは
ナラティブ・メディスン,ナラティブ・ベイスト・メディスンと同様の概念は,さまざまな言葉で紹介されてきている。もともと“patient-centered medicine”という概念が1969年にBalintによって提示され,1980年代後半にStewartらがこれをさらに発展させてきた。そして,1990年代に入り,医師中心,患者中心を越えた第3の枠組みとして,relationship-centered care, mindful practiceという概念が提示された。
Relationship-centered care3,4)とは,さまざまな「関係」を中心にヘルスケアを構築するという考え方で,「関係」にかかわる人の個性を取り入れること,感情が重要な要素となること,相互作用の中で「関係」が生じていくこと,「関係」の形成と維持が倫理的に重要であること,という4つの原則が示されている。
一方mindful practice5)では,早急な判断をせず,未知のものへの好奇心を保ち,謙虚な心構えでいること,また,自分自身の心の動きを見据え,柔軟な思考過程でバイアスも認識しつつ,共感的な医療実践を行うこと,などが強調されている。これらの姿勢を備えて臨床実践を行うことで,ケアの質が向上するとされる。
物語能力を育てるさまざまな試み
近年,医療コミュニケーション教育が活発に行われるようになっているが,単なるコミュニケーション能力にとどまらず,物語能力を育てるような教育も,少しずつ試みられ始めている。筆者が数年前から行っている卒前教育における物語能力涵養の試みとして,以下の2つを紹介する。
◆ライフストーリー聴取
患者のベッドサイド,あるいは自宅で,1-2時間かけてじっくりと患者の話を聴き,それを書き留め,ひとつのストーリーとしてまとめ上げる。病歴だけではなく,これまでの人生そのものを聴取してまとめるようにする。
人生や,過去の経験についてインタビューすることで,患者のアイデンティティや生活世界,患者を取りまく家族,知人,ローカルな文化や社会を理解できる。すると,患者の持つ病いの意味もおのずと理解できるようになる。また,眼前の患者の人生の連続性が実感でき,一人の人間として患者を診られるようになる。
物語は,語り手と聞き手の相互行為によって生み出される。語り手が“語る”ことで内容が創られるが,語り手と聞き手との関係性によって,語られ方も異なってくる。患者のライフストーリーは,患者と聴取者の協同産物であるとも言える。
ある医学生が臨床実習中に行ったライフストーリー聴取では,閉塞性動脈硬化症で両下肢を切断され何年も社会的入院を続けている寝たきりの老人の語りから,担当医やその他の医療者も全く知らなかった患者と家族の物語,患者の苦悩や人生の物語が浮かび上がってきた。この物語は担当医も初めて耳にするもので,学生だけではなく,患者にかかわってきた医療者の想いをも,大きく変えることになった。
臨床実習前の学生に対しては,...
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