二つの視点から診察を振り返ってみよう
寄稿
2011.12.05
【物語能力を培う試み】
二つの視点から診察を振り返ってみよう
【関連記事もご参照ください】
・物語能力をどう育てるか(斎藤清二)
・[寄稿]共感的・全人的な医療実践のために(宮田靖志)
"学生が私の話を,メモ帳に汚い字で必死に書いてるのがおもしろい。後で読めるのかな?"
"テレビでやっていたお薬のこと,金色の光がサーッと眼の前に降りてきたこと,漏れなく先生にお伝えしなくちゃ"
"学生さんの眉が完全に八の字になっている。あんまり困っているから,思わず手伝ってしまった"
上記のさまざまな"つぶやき"は,学生が,自身の診察した患者の心の声を想像しながら書いたものである。
富山大総合診療部では,医学生教育の一環として「二つの視点からの物語作成」を行ってきた。学生は,臨床実習中の外来での体験を基に,(1)学生自身の視点,(2)患者の視点から,それぞれ短い小説を執筆する。形式は自由だが,後日,実習グループ内で発表の機会を設け,皆でディスカッションを行う。
この実習はNM教育のトレーニング法の一つ,「パラレル・チャート」の考え方などを参考に構成されている(寄稿参照)。北啓一朗氏(総合診療部准教授)は,実習のねらいについて「さまざまな視点から自己の経験を振り返ることで,自分を見つめ直し,患者への共感や理解を高める契機にしたい」と語る。
皆で体験を共有し,さまざまな視点から振り返る
今回,実習を体験してもらったのは総合診療部をローテート中の,医学部5年生4人のグループ。学生たちは事前に「病いの背景には複数の物語(筋書き)が存在し,臨床は患者・医師双方の物語をすり合わせる場となる」「患者の物語を丸ごと把握することが,正しい診断や適切な治療に結び付く」(図1)など,医療に物語的視点を取り入れる意義についてレクチャーを受けている。
図1 患者の生死を分けた担当医の「話を聞く力」 『ハイ・コンセプト――「新しいこと」を考え出す人の時代』(三笠書房)より。米国炭疽菌テロ事件(2001年)の際の事例。 |
学生の一人が発表したのが,図2の「方言の強い患者さん」という小説だ。発表後には「方言がわからなくて困った経験があり,共感できた」という意見や,富山出身の学生から「入院患者さんに富山弁で話しかけて,親しみを持ってもらえるようにしている」といった声があがり,和やかな雰囲気でディスカッションが進む。北氏,同席した斎藤氏も「わからないことをきちんと聞こうとする姿勢が大切」「方言を大切に扱おうとするところに好感が持てる」とコメント。できるだけよいところを見つけ,ポジティブな雰囲気で物語を共有することも重要ポイントなのだ。
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図2 学生の書いた小説「方言の強い患者さん」(抜粋,一部改変) |
小説の内容が現実的かどうか,という点は追求しないが,そうすることでより自由かつ安全に,学生が自身の体験や思いを表現できるという。
多様な視点を持つことが臨床で生きてくる
この実習は,2007年度から,延べ200人あまりの学生を対象に行われてきた。診察時の失敗や焦りを作文のテーマにする学生は多くいたが,患者に対して恐縮するあまり,自罰的な感情すら抱える例が散見されたとのこと。そうした学生へのフォローを行う必要性が明らかになる一方,患者との温かい交流の物語を共有することが,学生の自信となり,臨床に向かう態度を変えるきっかけにもなることがわかったという。
「複数の視点から患者の物語を想像できるようになれば,鑑別診断の推論過程でも大いに役立つ。また,患者の話を真摯に聞き,隠された背景まで考える姿勢を身につけることが,日常診療でのコミュニケーションや病棟でのケアの質向上に直結する」と語る北氏。
今回実習を受けた学生は,どう感じただろうか。尋ねてみると,「他のメンバーの発表を聞いて,新しい視点に気付くことができた。患者さんとの関係をこれからどう結んでいくか,考えるきっかけになった」「事実は一つでも,人によってとらえ方は違い,どれが正解とも言えない。真実は複数あるのかも,と感じた」などと答えが返ってきた。「二つの視点からの物語作成」実習は,物語能力を育てる端緒として,意義あるものと言えそうだ。
北啓一朗氏(前列右)と斎藤氏,実習に参加した学生の皆さん(後列) |
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