医学界新聞

寄稿

2011.12.05

特集

物語能力をどう育てるか
医学教育にナラティブ・メディスンの視点を取り入れる

斎藤清二氏(富山大学保健管理センター教授)


 病いの背景を探るため,対話を通して「患者の物語(ナラティブ)」を紡ぎ出し,全人的な診療を行う――。医療に「物語的な視点」を取り入れる流れが,近年強まっている。患者との信頼関係や,医師のプロフェッショナリズムなど,科学的な正しさだけでは解けない問いの鍵になる概念として「物語」が注目されているのだ。

 では,物語的な視点を養うには,どのような教育を行えばよいのだろうか。このほど刊行された『ナラティブ・メディスン――物語能力が医療を変える』(医学書院)には,米国におけるナラティブ・メディスン(物語医療学)の動向と教育実践の豊富な事例が紹介され,「物語能力」を育てるヒントが多数示されている。本紙では,同書の訳者の一人である斎藤清二氏に話を聞くとともに,本邦で行われている,物語能力を培う試みを紹介する。

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教育に焦点を当てた"ナラティブ・メディスン"

――語りや傾聴など,物語的な方法論の医療への導入が,盛んに試みられています。「物語に基づいた医療(ナラティブ・ベイスト・メディスン:NBM)」という言葉も,よく耳にするようになりました。

斎藤 NBMは1990年代後半に英国で生まれた概念で,欧米では「科学的根拠に基づいた医療(エビデンス・ベイスト・メディスン:EBM)」と対比され,その偏重を補完するものとして浸透していった面があります。一方日本では,NBMとEBMは「車の両輪」に例えられることが多く,"患者中心の医療"のためにともに必要な考え方として,普及が進んでいると感じています。

――"ナラティブ・メディスン(NM)"は,NBMに比べるとあまり耳慣れない概念です。こちらは,どのようにして生まれてきたのでしょうか。

斎藤 米国でも,英国より少し遅れて,医療において物語を重視しようという動きが独自に起こりました。その筆頭が,リタ・シャロン教授(コロンビア大)で,彼女が人文学的な考え方をベースに,2000年ごろから同大で開始したのが"Narrative Medicine Project"です。その後,NMの方法論の集大成と言える『Narrative Medicine:Honoring the Stories of Illness』(Oxford University Press)が2006年に刊行され,今回私たちが全訳しました。

――NBMとは,どのような点が異なるのでしょうか。

斎藤 シャロンはNMを「物語能力(narrative competence)を通じて実践される医療」と簡潔に定義しています。「物語能力」を,医療を行う上で基本となる能力と考え,それを育てることに主眼を置いているのです。NBMと異なる点は,特に教育に焦点を当てていることでしょうか。そうすることでしっかりとした方法論が生まれ,従来の医学教育理論にも,乗せやすくなっていると思います。

散りばめられた情報を1つの物語に構成する力

――では,「物語能力」とはどんな能力なのでしょうか。

斎藤 端的に言うと,患者の物語を「認識(acknowledge)」し,「吸収(absorb)」して,「解釈(interpret)」すること,そして訳者のひとり,岸本寛史先生(京大病院)の良訳で,物語に「心を動かされて(be moved by),行動する」,つまり患者のために何かをする関係を作っていくための能力です。この一連の流れを遂行できることが,物語能力と言えるのだと思います。

 まずは入り口として,患者の語りから,その背景にある物語を見いだせなければならないのですが,面白いのは,シャロンが"listen to the story"ではなく"listen for the story"という表現を用いていることです。ただ話を聴くのではなく,もっと耳を澄ませて「物語を探す」ような姿勢で臨むことが求められているのです。

――話をうまく聞き出す技術が必要ということですか。

斎藤 正確にはそれだけではありません。...

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