医学界新聞

2011.09.05

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


イレウスチューブ 第2版
基本と操作テクニック

白日 高歩 監修
上泉 洋 著

《評 者》神山 俊哉(北大大学院准教授/消化器外科・一般外科学)

優れた臨床医による,患者さん本位のノウハウをわかりやすく図解

 旧北海道大学医学部第一外科講座,現北海道大学大学院消化器外科・一般外科学講座の1年先輩である上泉洋先生により『イレウスチューブ――基本と操作テクニック』の第2版が出版されました。内容は,本文は第1章から第18章におよび,途中にTeaTimeとして上泉先生の豊富な臨床経験によるエピソードや,医師臨床研修制度への意見なども述べられています。

 上泉先生は,教室に入局後,岩見沢市立総合病院をはじめとして北海道内の基幹病院で活躍され,その臨床医としての能力は非常に高く評価されています。この著書はその優れた臨床医としての経験から生まれた多くのノウハウを盛り込んだ一冊です。

 「先導子バルーン型イレウスチューブの開発の経緯・使用経験」の章では,初心者の医師が最初につまずく,胃内でのとぐろ,たわみを解消するための工夫を,図示しながらわかりやすく解説しています。この章に引き続く,「X線透視下挿入法の実際」では,鼻腔からの挿入法,ガイドワイヤーの操作法,先端がKerckring皺襞などに引っ掛かった場合のトラブルシューティングが図解されています。これらのことは,日常,イレウス管を挿入する際に,困っていた点ではありますが,実際にはこのような点は,術者自身がイレウス管を挿入する際に,失敗を繰り返しながら身につけ感覚的にしか理解していなかった点です。今回,こうして図解と文章で解説していただくと,そんなに多くの経験を必要とせず,研修医でも,理論的にそのコツを理解でき,苦労することなく挿入できるようになると思います。特にこれらの解説が,単にテクニックに終わらず,常に患者さん本位で,その苦痛を少なくすることを視点にして書かれている点が優れています。

 今回の第2版では,経鼻内視鏡下での挿入法が詳細に記載されています。最近では,経鼻内視鏡が行われる施設が多くなってきていることから,この方法を応用できるようになれば,患者さんへの苦痛軽減だけでなく,医師にとっても,挿入時のイライラの解消となることは間違いなさそうです。

 イレウスチューブは,欧米ではあまり評価されていないのが現状ですが,実際の診療では,イレウス管での減圧により,開腹手術を受けずに済んだ症例も多く経験してきています。この書で学んだことを生かして,イレウスチューブが広く臨床の場で使用されるようになり,いずれはインターナショナルにも受け入れられることを祈っております。

B5・頁144 定価5,250円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01176-1


一般臨床医のための
メンタルな患者の診かた・手堅い初期治療

児玉 知之 著

《評 者》小路 直(東海大八王子病院講師・泌尿器科)

精神科疾患に対応する一般臨床医の情報源として

 専門外の医師が慣れない他科領域の疾患を診療する際,不安を持つことが多い。特に,本書が対象としている精神科や,私の専門である泌尿器科など,専門性の高いとされる領域は敬遠されやすく,他科の医師から相談を受けることが多い。

 しかし,医師不足が問題となっている現在,総合診療医や開業医が精神科疾患への対応を迫られる状況が生じている。厚生労働省が「かかりつけ医推進事業」を掲げ,日本医師会が「最新の医療情報を熟知して,必要なときには専門医を紹介できる,地域医療,保健,福祉を担う総合的な能力を有する医師」をめざして,総合医・総合診療医認定制度をつくり,生涯教育制度の充実を図ろうとしている中,総合診療医や開業医が精神科疾患を診療する際のプライマリ・ケアのためのガイドブックとして,本書の意義は高い。

 本書の著者である児玉知之医師は,私が聖路加国際病院で研修をして以来の親友であり,盟友である。研修医時代に,上手な点滴挿入方法から始まり,患者への対応,先輩医師とのコミュニケーションの取り方など,杯を交わしながら泥臭く語り合った日々が懐かしい。最近では,児玉医師が幹事を務める聖路加国際病院の同期会で,総合診療医や開業医と専門医との懸け橋になるような情報源の必要性について共有し,私も泌尿器科のプライマリ・ケアに関する書籍の出版を間近に控えている。どの疾患をどの時点で,専門医に適切に依頼できるかは,極めて重要であり,これからの一般臨床医には不可欠な知識と考える。

 本書を開くと,理論と情熱を持った児玉医師らしいまなざしで,私にわかりやすく教えてくれているかのようである。私は,精神科疾患に対応する一般臨床医が,本書を「まず参考にする情報源」とされることをお勧めしたい。

B5・頁200 定価3,675円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01215-7


成人の高機能広汎性発達障害とアスペルガー症候群
社会に生きる彼らの精神行動特性

広沢 正孝 著

《評 者》中根 晃(日本自閉症スペクトラム学会会長)

高機能広汎性発達障害の行動特性や精神症状の特徴について論及

 だいぶ前から成人のメンタルクリニックで大人の発達障害が多くなったという話を耳にするようになった。児童期の発達障害の臨床に従事している精神科医は,心の理論,執行機能などの認知特性の考えを援用して思春期に達した発達障害の病理をとらえ,その延長としての成人期の発達障害の臨床像を思い描こうとしていた。これに対し,成人期になって統合失調症なり人格障害などが疑われて成人中心のクリニックを訪れる発達障害の患者について論及したのが本書である。

 子どもは中学生の年齢になると自分自身を意識するようになる。この意識が年齢とともに明確になり,確固とした自己感(sense of self)に達する。正常な知的水準にあり,ある程度の社会生活が可能な高機能広汎性発達障害の人たちは,社会への適応に向けてたゆみなき努力をしており,それは障害というより特殊な発達の道筋(発達的マイノリティ)をたどりながら発達してきたものと著者は述べている。一般の人は対象を物質的存在としてとらえて体系化していく志向性と,それを社会的な環境の中で特化しようとする共感を持って把握しようとする志向性の両者によって,自己と対象との距離が適切に保たれ,体験された対象に自分固有の意味が与えられる。

 他方,著者によれば,高機能広汎性発達障害の人は周囲の事象を体系化し,あるいは分類化することで理解しようとする志向性が特徴的で,物質的存在としてとらえる視点を土台にした世界を展開させながら,社会の枠の中で生きていこうとしている。彼らは社会的な存在として周囲の事象を共感的に把握する志向性を欠いているので,著者はこの種の自己感の発達に乏しい自己を「PDD型自己イメージ」と名付けている。

 実際の臨床ではその形と程度は事例によって相当な開きがあるが,体系化と共感という2つの動因が互いに影響を与えながら,一つの局を構成して,社会の中での自己ができていく。診療場面で直面するのは,それぞれが機能不全を来した形としての症状であるとしている。

 さらに著者は高機能広汎性発達障害の人の職場での行動特性として,人の気持ちを読めない人に見える,場の空気を読めない人のように見える,など10項目を挙げ,それが職場の人にどのような印象を与えるか,それに関連する精神行動特性,などの注釈を加え,結婚生活を中心に家庭での精神行動特性として,愛情がない,冷たい人に感じられる,一人で生きている,一緒にいても虚しい,などを挙げている。加えて,精神科外来での高機能広汎性発達障害の精神症状の特徴を記した章には臨床医の診療に有用な情報が記載されている。

B5・頁192 定価3,570円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01100-6


パーキンソン病治療ガイドライン2011

日本神経学会 監修
「パーキンソン病治療ガイドライン」作成委員会 編

《評 者》澁谷 統寿(新古賀病院・脳神経内科)

改訂により,臨床現場での使いやすさが一段と向上

 医療には事実と論理に基づく科学性と,経験や伝承に基づく非科学性が混在しており結果を予想できないことが多く,医師の経験則がいくら豊富であっても必ずしも患者にとって良い結果をもたらすとは限らない。

 経験的に最も尊重されていることは,患者さんと真面目に向き合って対話し,いかに信頼関係を築くかである。臨床医は専門性(自律性)の立場から,一人一人の患者の選択すべき道を示し,臨床現場ではどのような場面に遭遇しても適切に判断し対処できる能力を養っておくことが必須である。その過程で根拠に基づく治療ガイドラインの利用は医療の質の標準化(均一化)に有用であり,その普及は社会における医療の在り方を問い直すものである。

 『パーキンソン病治療ガイドライン2011』は「抗パーキンソン病薬と手術療法の有効性と安全性」と「クリニカル・クエスチョン」の2編構成となっている。前者は2001年以降のエビデンスを踏まえ,薬剤や手術療法の有効性,安全性,臨床使用での注意事項や今後の検討課題についてガイドライン作成委員会の現在の考えが簡潔明瞭に記載されている。

 「クリニカル・クエスチョン」は9年前に作られた治療ガイドライン2002と比べるとその作成プロセスが格段に進歩していて読みやすい構成で素晴らしい出来上がりである。これは改訂作業に当たりライブラリアンの協力と医療情報学の専門家の意見を参考に,ガイドライン作成上の課題が体系的に整理されたことによる。パーキンソン病は慢性進行性の疾患であり予後への影響因子も多様で,患者のQOLと10年後,15年後の長期予後を見据えた治療が求められる。また,治療薬による副作用やさまざまな合併症,運動症状,自律神経障害や精神症状への対応も必要である。

 これらの想定される臨床上の疑問に対してエビデンスとともに作成委員の臨床経験を適切に取り込み,Minds推奨グレード(おすすめ度)として明確に回答し,その背景と解説,臨床に用いる際の注意点が適切に示されている。第三者からの評価(EUを中心としたAppraisal of Guidelines for Research & Evaluation ; AGREEの評価法)やさまざまな視点からのオープンな議論によっても高く評価される書である。

 この治療ガイドラインは神経内科医を対象として作られたものであるが,内科医や研修医にとっても理解しやすい内容で,臨床現場での使い勝手の良し悪しの視点からも,ユーザーとしての各医師にとって使いやすく,患者アウトカムの改善に寄与するであろう。治療ガイドラインは“Starting Point for Discussion”として本来は医師の意思決定を「支援する(assist)」役割を担っている。しかし,治療ガイドラインが社会的に広く認識された今日では医療訴訟の判断基準として利用される可能性も高くなっている。本書の活用は臨床医のdefective medicineへの懸念を払拭して医療の質の向上に役立つものであり,多くの臨床医が本ガイドラインを適切に利用することを期待している。

B5・頁220 定価5,460円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01229-4