医学界新聞

連載

2011.07.11

それで大丈夫?
ERに潜む落とし穴

【第16回】

整形外科:肘内障

志賀隆
(Instructor, Harvard Medical School/MGH救急部)


前回よりつづく

 わが国の救急医学はめざましい発展を遂げてきました。しかし,まだ完全な状態には至っていません。救急車の受け入れの問題や受診行動の変容,病院勤務医の減少などからERで働く救急医が注目されています。また,臨床研修とともに救急部における臨床教育の必要性も認識されています。一見初期研修医が独立して診療可能にもみえる夜間外来にも患者の安全を脅かすさまざまな落とし穴があります。本連載では,奥深いERで注意すべき症例を紹介します。


 いよいよ夏。「夏場は外傷が増えるよなぁ。きっと気温の上昇と外傷件数の相関を示す論文もあるんだろうな」と考えていたあなたの次の患者は,「転んでから,腕を動かさない」との主訴。「Fat pad signについてはこの間勉強したから,肘なら大丈夫だな」。

■Case

 2歳の女児が,夕方20 cmの高さの椅子から転落(母親は直接目撃していない)し,その後肘を痛がって動かさないことから,母親と救急受診。体温36.8℃,脈拍110/分,SpO2 99%(RA)。患児はおとなしいが,母と意思疎通を普通に行える。肘周囲に関節腫脹はなく,鎖骨から手関節周囲まで明らかな外傷はなし。頭部外傷なし。椎体の圧痛なし。歩行可能。

 「念のため,X線検査を行おう!」とあなたは考えた。

■Question

Q1 Fat pad signとは何か?
A 通常骨に付着しているものだが,骨折があると骨周囲の腫脹により,骨から離れる。

 肘関節のX線画像を読むときには,圧痛のある部位や診察上疑われる部位(撓骨頭骨折など)を中心に骨の輪郭を追っていき,線に断絶があるかどうかを確認する。多くの場合,明らかな腫脹があれば骨折線を見つけることは難しくはない。

 しかし,撓骨頭骨折・上腕骨顆上骨折の場合は骨折線が必ずしもみられるわけではない。このような場合にはFat pad signが重要となる(図1)。Anterior fat padは通常でも確認できるが,Posterior fat padは骨折や炎症で液体貯留が起こり,骨に付着している脂肪層がはがれて初めて確認できる。

図1 Fat pad signのX線画像

 上記以外にも,上腕骨小頭の位置を確認するAnterior humeral lineや,撓骨頭の脱臼の有無を確認する際に使うRadiocapitellar lineも読影上有用である。

Q2 小児のX線の読影において気を付けることは何か?
A 年齢を経るにつれ骨化が進むため,正常X線の画像が異なること。

 年齢に伴う骨化については,CRITOEと覚えるとよい。Capitellum(上腕骨小頭):1歳,Radius(撓骨頭):3歳, Internal epicondyle(上腕骨内顆):5歳,Trochlea(上腕骨滑車):7歳,Olecranon(肘頭):9歳,External Epicondyle(上腕骨外顆):11歳,となる。X線画像において,正常と異常を見極める力を身につけるためには,紛らわしい正常X線画像が掲載されている『Atlas of Normal Roentgen Variants That May Simulate Disease』(Elsevier)を参照するとよい。肘内障の典型的な病歴で診察上発赤腫脹などを認めない場合には,X線は必ずしも必要ない。

 この患児では,X線画像にて明らかな骨傷やFat pad signは認められなかった。「打撲か? 捻挫か?」と思っていたところ,指導医に「肘内障かもねぇ」と指摘される。「でも先生,引っ張ったという病歴はないですよ?」

Q3 肘内障のよくある受傷機転は?
A 「親と歩いていて,腕を引っ張った」など。

 肘内障のよくある受傷機転は「親と歩いていて腕を引っ張った」というものだが,この典型的な病歴は実際には50%程度という報告がある1-3)。他の受傷機転は「肘をついた」「腕を捻った」などである1)

 患児はその後,腫脹や発赤などがないため,保護者にしっかりと説明した後に整復を行うことになった。「ところで先生,どうやって整復するか知ってる?」と指導医。「回外法ですよね?」「それだけじゃないんだよねぇ……」

Q4 整復にはどのような方法があるか?
A 回外・屈曲法(図2)と回内法(図3)

図2 回外・屈曲法

図3 回内法

 回外・屈曲法,回内法いずれの場合もオペレーターの片手を撓骨頭に置き,もう片方の手で回内あるいは回外・屈曲を行う。整復がうまくいった場合には,整復した感触が手に伝わるとともに「ぷちっ」という小さな音がする。「回内法のほうが成功率が高い」という報告もある(Pediatrics. 1998[PMID:9651462])が,両方の方法に習熟していることが望ましい。

 整復後15分程度たたなければ通常のように腕を使えないこともあるので,整復後一度部屋を離れ,戻って効果を確認してもよいだろう。1回目の整復でうまくいかない場合には,同じ方法をもう一度繰り返すか,別の方法を試してみる。3回目が必要と思われる場合には,X線検査による確認も必要となる。

■Disposition

 本症例では,回内法にて無事に整復され,患側の腕を問題なく使用するようになったため,帰宅となった。

■Further reading

1)Macias CG, et al. A comparison of supination/flexion to hyperpronation in the reduction of radial head subluxations. Pediatrics. 1998; 102(1): e10.
↑回内法と回外・屈曲法を比較した論文。
2)Schunk JE. Radial head subluxation: epidemiology and treatment of 87 episodes. Ann Emerg Med. 1990; 19(9): 1019-23.
↑文献3とともに,肘内障の受傷機転について検討した論文。必ずしも「引っ張った」という典型的な病歴だけではない。
3)Sacchetti A, et al. Nonclassic history in children with radial head subluxations. J Emerg Med. 1990; 8(2): 151-3.

Watch Out

 腫脹・発赤などがあり,肘内障として典型例でない場合には整復を試みないこと。また,「腕を引っ張った」という典型的な病歴がないという理由だけで肘内障の可能性を否定しないこと。典型例でない場合も多く見られる。

つづく

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