FAQ 熱中症の注意点(山口順子)
寄稿
2011.07.18
【FAQ】
患者や医療者のFAQ(Frequently Asked Questions;頻繁に尋ねられる質問)に,その領域のエキスパートが答えます。
今回のテーマ
熱中症の注意点
【今回の回答者】山口順子(日本大学医学部救急医学系救急集中治療医学分野)
近年,地球温暖化と関連し熱波による熱中症の健康被害が各国で報告されており,わが国でも,熱中症患者は増加の一途をたどっています。
昨年は記録的猛暑となりましたが,気象庁長期予報では今年も平年より気温が高く,再び暑い夏になると予想されています。また,東日本大震災による電力不足から電力需要が増加した際には,東北・関東地方では計画停電が実施される可能性も否定できず,熱中症の増加が心配されます。体温調節機構が破綻した重症熱中症患者の死亡率は極めて高く,生存しても重篤な中枢神経障害を残すことがあります。
そこで今回は,熱中症の現状と,熱中症の重症化予防のポイントを挙げたいと思います。
■FAQ1
熱中症になりやすい気象条件や場所を教えてください。また熱中症になりやすいのはどのような人ですか?
熱中症に注意が必要な環境とは
『熱中症環境保健マニュアル』(環境省)によると,高温の日数が多い年や気温の高い日は熱中症の発生が増加し,真夏日(最高気温が30℃以上の日)や熱帯夜(夜間最低気温が25℃以上の日)の日数が多い年ほど,死亡者数が増加しています。しかし高温でなくとも,熱中症の発生は梅雨の合間に突然気温が上昇した日や梅雨明け直後にも多くなっています。すなわち,身体が暑さに慣れていないときにも熱中症が起こりやすいことを念頭に置く必要があります。
人体と環境間の熱収支は伝導,輻射,対流,蒸発の過程に依存しており,気温だけでなく,気流,湿度,物体表面温度(輻射熱)といった環境条件が重なることで,温熱環境が作り出されます。
熱中症予防の指標にはWBGT(Wet-bulb Globe Temperature:湿球黒球温度)があり,環境省ではWBGTの実況値や予測WBGT値を暑さ指数としてホームページ上で提供しています。「高温多湿」「風が弱い」「輻射源(熱を発生するもの)がある」,といった環境では身体から外気への熱放散が減少し,汗の蒸発も不十分で熱中症が発生しやすくなります。具体的には工事現場,運動場,体育館や一般家庭の風呂場などです。
従来,熱中症の多くは高温環境下での労働や野外運動活動で発生していました。しかし近年では,高齢者を中心に日常生活中の室内発生が増加していることは注目すべき点です。地球温暖化とヒートアイランド現象による高温化で,熱中症の発生場所は野外にとどまらなくなりました。
体温調節機能が低下している高齢者は熱中症のリスクが高く,小児では体温調節機能が未発達であることに加えて,晴天時は地面に近いほど気温が高くなるため注意が必要です。最近はスポーツを楽しむ成人も増加していますが,飲酒後や下痢,発熱などで脱水状態があれば熱中症に陥りやすくなることにも注意してください。
Answer…高温だけではなく,気流がない,湿度が高い,物体表面温度(輻射熱)の高いことが熱中症になりやすい条件となります。また発生場所は野外にとどまらず室内でも多く見られます。体温調節機能が不十分な小児や高齢者では,特に注意が必要です。
■FAQ2
熱中症の重症度をどのように評価しますか? また,どうしたら熱中症を早期に発見できるのでしょうか?
重症度の評価と予測因子
増加の一途をたどる熱中症は今や老若男女問わず誰でも発症します。また屋外だけでなく室内発症も多く,もはやどこでも起きる疾患ととらえるべきです。熱中症は発症直後から早期の対応が患者予後を左右します。熱中症発生予防と適切な治療を行うためには,救急医療関係者はもちろん非専門医やスポーツ・教育・労働・介護分野などの関係者が明確に疾患概念を理解することが不可欠です。初期段階において症状の重症度を正しくとらえ対応することが必要ですが,わが国では熱中症の分類や用語が多岐にわたるため理解が困難となっています。
日本神経救急学会は,熱中症の重症度を病態と治療の観点からI度(現場での応急処置で対応できる軽症),II度(病院への搬送を必要とする中等症),III度(入院して集中治療の必要性のある重症)に分類する新分類(表)を提唱しています。
表 日本神経救急学会の提唱する新分類 | ||||||||||||||||
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初期診断の際に暑熱暴露があり,他疾患が除外診断され,なお深部体温が高熱を示した場合,熱中症を疑います。その上で(1)脳機能障害,(2)肝・腎機能障害,(3)血液凝固障害[播種性血管内凝固(DIC)]の三徴候に着目し,このうち1つでも存在すればIII度とします。暑熱ストレスへの小脳の感受性が高いことが知られていることから,脳機能障害では意識障害に加え失行などの小脳症状も見逃さないよう注意します。意識障害とは,1-2分以上意識のないものを指し,数秒間の意識消失で他に神経症状のない明らかな失神(I度に相当)とは区別します。III度は体温調整機能の破綻による多臓器障害であり,重篤な多臓器不全を生じて死に至る可能性が高く厳重な管理と治療を要しますので,II度とIII度の定義をしっかり理解することがIII度の見逃しや誤診を防ぎ,初期治療を決定するために有用です。II度とIII度の相違点は標的臓器(脳・肝臓・腎臓・血液凝固系)の障害の有無です。しかしII度であっても治療が遅れたり,間違った対応があれば重症化しIII度に移行することに留意が必要です。
暑熱環境にあり表に挙げた症状があれば熱中症を診断できますが,症状が典型的ではない場合もあります。高齢者では加齢により体全体の水分量が減少し,発汗機能や皮膚血管拡張反応の低下から体温調整が行われにくく,容易に脱水症状を来す危険があります。しかし初期は所見が乏しく,脱水に気付かないことが少なくありません。
増加する都市部高齢者熱中症患者の重症化予防の観点から,重症化の予測因子を明らかにするためにわれわれが行った東京消防庁管内で発生した熱中症傷病者の検討では,高齢者熱中症の重症度と頻脈は有意に相関することが明らかになりました。頻脈があれば熱中症重症化の危険因子として判断し,早期に医療機関へ搬送することが重要であると考えています。また,(1)何らかの疾患既往歴があること,(2)介護を要すること,(3)独居であること,の3点も熱中症重症化の危険因子です。低栄養や代謝機能低下により発熱反応が乏しい,あるいは内科疾患や精神疾患を治療中である場合には,投与されている消炎鎮痛薬などで発熱がマスクされている可能性もあります。愁訴を自覚しにくく,第三者に自覚症状を伝達できないこともある高齢者では,発熱はなくとも何となくおかしいといったことで介護者の方が異常に気付く場合があります。そのため,頻脈など熱中症の客観的な初期症状を適切に評価することで,早期医療機関への受診につなげていただければと思います。また,定期的な高齢者単独世帯への訪問巡回も有効と考えています。
Answer…日本神経救急学会が提唱する熱中症の新分類(表)で挙げられた症状から,重症度を評価します。特にIII度は多臓器不全による死亡例が多く見逃してはなりません。熱中症は室内発症も多く,典型的な症状を呈さない症例もあるので注意が必要です。
■もう一言
室内に温度計を設置すると視覚的に温度を認識できるため,暑さの自覚が難しく熱中症に陥りやすい小児や高齢者のいる世帯では有効と考えられます。重症熱中症は致死的病態で,早期発見が重要です。様子がおかしいと感じたら医療機関を受診するよう,患者・家族にご指導いただければと思います。
参考文献
1)東栄一,他:東京都における高齢者熱中症患者重症化の特徴と背景因子.日本臨床救急医学会雑誌.2009;12 (3):306-11.
2)Semenza JC, et al : Heat-related deaths during the July 1995 heat wave in Chicago. N Engl J Med. 1996 ; 335 (2) : 84-90.
3)板橋繁,他:高齢者の熱発反応低下.綜合臨牀.1998;47 (9):2451-4.
4)安岡正蔵,他:熱中症(暑熱障害)I~III度分類の提案 熱中症新分類の臨床的意義.救急医学.1999;23 (9):1119-23.
山口順子
2000年日大医学部卒。日大板橋病院救命救急センターでの研修を経て現職。「東京都における自然災害発生時の問題点-高齢者熱中症患者の特徴からの検討」「災害医学の社会的認知度をどう高めるか」「当院へ搬送されたIII度熱中症患者の特徴と熱中症性DICに対するトロンボモジュリンの使用経験」などをテーマにこれまで学会発表を行っている。
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